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2021/8/10 始めちょろちょろ中ぱっぱっぴぃ〜

久しぶりにつくばに来ている。

相変わらず、つくばの夏は蝉の声がうるさい。木漏れ日が射し込む道を行けば、蝉の声が土砂降りのように鳴っている。

美味いものをたらふく食べて、温泉に入り、筑波山神社に参拝し、友人と会って色々な話をした。つまらないことを繰り返しているだけの毎日から一度離れて、時間を少しだけ贅沢に使ってみる。時間を少しだけ、仕事や生活と関係のないことに使ってみる。

公園、山道と神社、古い家並、細い路地、木漏れ日の射す道。こういう場所は、酸素がどんどん薄れてゆくような日常から一瞬脱出するための「息継ぎポイント」だったりする。そして、そういう場所が、つくばには沢山ある。


いま泊めてもらっている友人の家から徒歩30メートルのところにコインランドリーがある。中に入ってみると100円カラオケが併設されている。こんなの、田舎の寂れたゲームセンターでしか見たことない。誰が歌うんだ、こんなところで…。コインランドリーの広い部屋のなかに、ずっとミスチルとかスピッツのカラオケ音源が響いている。


はじめて松見公園の展望台に登った。つくば市を一望して、少し思うことは、つくばって具だくさんだな、ということ。ここにいた頃は、みんなが口々に「なにもない」と言っているのを聞いていて、「確かにそうかもな」とか思っていたけど、あるじゃんね。なにもない、なんて言ってるから、なにも見えてこないんじゃないか。

「あるんだから」ってこういうことか。





友人が僕を置いて一日どこかへ行ってしまったから、その日は文章を書いた。誰かのためじゃなくて、自分のために書いた。真面目なやつを二つくらい。毎回毎回「なんも書けた気がしないなぁ」と思っている。仙台を発つ前に書いたものをこないだ横浜の友人に渡したら、すぐに感想を送ってくれた。僕が書いてないこと、むしろ書くまいと避けていたことを、「あなたはこう言ってますけど」と前提していて、びっくりした。しかし、どのように読まれていても、それを読んでくれるというだけでありがたいことだ。そしてもちろん、作者の想定を思い切り外れた「読み」というのも、表現が作る一つの可能性だと思う。


明日は短歌をやっている友人と会って、スタジオで歌をうたう。僕は主にピアノで伴奏をやるんだけど、暴走したりつっかえたりしないかどうか不安だ。とりあえずのびのびやろう、と思う。久しぶりだから少し緊張するな。


明後日、仙台に帰る。つくばに来て思い出すことができた、自分の感性の粒粒をちゃんと持って帰りたい。

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