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『銀の匙』の泉を求めて -中勘助先生の評伝のための基礎作業 (4) 伯母さんの消息

 中先生が勘助と名づけられたのは父の幼名勘次郎から一字をとったのであろうと思われます。
「銀の匙」に登場し、主人公に無私の愛情を注ぎ続けた「伯母さん」のことを、中先生はこんなふうに紹介しています。

《・・・叔母さんが私を迷信的に可愛がる不思議な譯があつた。それは今若し生きてゐればつい一つ違ひであるはずの兄が生れると間もなく驚風でなくなつたのを叔母さんは、自分の子が死んでゆく様に嘆いて
 「生れかへつて來とくれよ、生れかへつて來とくれよ」
とおいおい泣いた。さうしたら其翌年私が生れたもので佛樣のお蔭で先の子が生れかへつて來たと思ひこみ無上に私を大事にしたのださうである。》(「銀の匙」、第二回)

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中勘助先生は『銀の匙』の作者として知られる詩人です。「銀の匙」に描かれた幼少時から昭和17年にいたるまでの生涯を克明に描きます。

●中勘助先生の評伝に寄せる 『銀の匙』で知られる中勘助先生の人生と文学は数学における岡潔先生の姿ととてもよく似ています。評伝の執筆が望まれ…

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