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『銀の匙』の泉を求めて -中勘助先生の評伝のための基礎作業 (82) 文科大学卒業

 8月25日は雨になりました。この日、小田原からまた鰹が送られてきました。新学期までまだ余裕があることですし、中先生は大阪からもどってから末子さんともども小田原に滞在していたのかもしれません。その中先生の手紙も届きましたが、なんだか不穏なことが書かれていたと尋常ならざる消息を安倍さんは書き留めています。中先生の手紙には「大阪須磨の凡山凡水の感懐をよするに足らぬ不平ばかり」が書かれていて、山田さんと北川さんのことはほとんど書かれていないというのでした。書きぶりなどもあまりにも乱雑で、どうかしたのではないかと案じられるほどだったというのですが、たしかに不可解です。翌々日27日の朝、中先生に手紙を書き始めましたが。書きたいとおもうことはあったように思うのに途中で気がすすまなくなってしまいました。

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1,146字
中勘助先生は『銀の匙』の作者として知られる詩人です。「銀の匙」に描かれた幼少時から昭和17年にいたるまでの生涯を克明に描きます。

●中勘助先生の評伝に寄せる 『銀の匙』で知られる中勘助先生の人生と文学は数学における岡潔先生の姿ととてもよく似ています。評伝の執筆が望まれ…

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