『銀の匙』の泉を求めて -中勘助先生の評伝のための基礎作業 (7) 独逸学協会学校
中先生と兄金一は仲の悪い兄弟でした。少年の日の中先生と14歳年長の兄の消息はさまざまな衣裳を纏って「銀の匙」に散りばめられています。気持ちの通い合うことのない兄の存在は生涯にわたって中先生を苦しめ、中先生の人生に絶え間なく暗い影を落し続けました。
金一が生れたのは中家が東京に出る前のことで、生地は岐阜の今尾です。これについては既述のとおりです。明治4年6月3日の生れですから、小学校入学は規定のとおりであれば満6歳の春の明治11年4月のことになります。入学した小学校はわかりません。
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中勘助先生は『銀の匙』の作者として知られる詩人です。「銀の匙」に描かれた幼少時から昭和17年にいたるまでの生涯を克明に描きます。
●中勘助先生の評伝に寄せる 『銀の匙』で知られる中勘助先生の人生と文学は数学における岡潔先生の姿ととてもよく似ています。評伝の執筆が望まれ…
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