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24歳

「お母さん、お誕生日おめでとう!!」
「おめでとう」

 誕生日を迎えた朝、娘と息子がニコニコしながら私の元にやってきた。

「ハイどうも……」

 なんとなくだけど、私は誕生日おめでとうと言う、ならわしが苦手だったりする。若干テンション低く返事を返してしまうのは、テレのような、戸惑いのような…、微妙なニュアンスがムニュムニュと混じり合ったせいだったり……。

 うれしいという気持ちよりも、年を重ねた重圧のほうがのさばっているというか…、やったーという気持ちよりも、スルーされるのが当たり前の時代の記憶がこびり付いているというか…、喜ぶという気持ちよりも、はしゃぐ家族を観察してしまうというか…。なんとなく、年をとった本人であるというのに他人事と感じてしまうのだ。

「今日はケーキだね!!お父さんが仕事帰りに大きいケーキ買ってくるって張り切ってたよ!!」
「帰ったらカナッペ作る!!」

 誕生日を迎えた張本人よりも家族のほうが俄然張り切ってしまうという、恒例の展開よ……。人の誕生日に託けて、自分の食べたいケーキをわんさか買ってくるであろう食欲魔王の姿が目に浮かぶ。我が家でナンバーワンの巨体を誇る食欲の権化は、毎年毎年、チョコが嫌いな私のためにわざわざ二つもホールケーキを買ってくるという気の入れようだ。二年前に至ってはチーズケーキまで買ってきた。ショーケースの中のケーキを全部買ってきたのはいつのことだったかな…ちょっとしたケーキ屋がひらけそうなくらいテーブルの上にケーキが並んでさあ、うん、あれは壮観だった。私は三つしか食べられなかったけど。

「はは、それはどうも。じゃあ、夕飯を楽しみにしておこうかね、よぅし、今日は久々にワインあけるか!!!」

 せっかくなので、ウキウキ気分の子供達に便乗させていただくことにする。…テンションは上げられる時にあげておくに限るのだ!

 ずいぶん前にいただいたワインが冷やしっぱなしになっていたような気がする。ウーン、古くなってるかもしれないから、新鮮な酒も買ってこようか。カナッペにあう酒だったら日本酒よりもチューハイやカクテルが良いかな、最近禁酒騒ぎであまり飲めてないから新発売のフレーバーチェックもしてないし…よーし、今日は買い物帰りに酒屋寄っちゃお!!!

 酒の力も借りつつ、ぼんやりした頭の中にぴちぴちとした感情を満たしていく。…フフ、次々に浮かんでくる、陽気なシーン。良いぞ、この調子!!

 やらなきゃいけないやりたくないことはいずれ考えなければならないことであり、おそらくいつでも頭の中をぐるぐると巡るものだ。それに対してテンションが上がるようなことというのは実に偶発的であり、突如現れてあっという間に鮮度が落ちて行く。遭遇したら…満喫しておくに限るのだ!!!

「ねーねー、いくつになったの!!!」

 頭の中を二十代の頃お洒落な居酒屋で飲み放題めぐりをした映像でみっちみちにして鼻歌まで飛び出したあたりで、年がら年中能天気な娘がドーパミンパラダイスの私の脳内に乗り込んできた。完全に過去にトリップしていた感情が現代へと瞬間移動する。

 はて…私はいくつになるんだったかな?

 少々考え込まないと、いまいち自分の年齢がはっきりしない。自分の干支と重なる年はわりかし年齢を気にするんだけど、それ以外の11年間というのは、ホント気にしないというか、何というか…。

 自分の年齢が曖昧になり始めたのはいくつの頃だったか。

 あまり年齢って意識しなくても生きていけるんだよね。若い頃は、16歳未満は入場禁止とか18歳未満は閲覧禁止とか20歳越えないと酒は飲めないとか制約も多かったけど、成人してしまえばわりと細かい年齢制限ってのは見当たらなくて、そこまできっちりと年齢を把握していなくても何とかなってしまうのだ。

 入院して初めて今自分が何歳か気づくなんてこともあったなあ…。病院はきっちりと月齢まで書くからさ、ぎょっとしちゃったんだよね。出産のときとか、扁桃腺炎こじらせたときとか。37歳六ヶ月って、もう30代後半だったのか、しかもずいぶん後ろの方だぞってね、ああ、あの時私は若かった……。ええと、それで結局…今は何歳だったっけ?ええと今年は何年だったかな、まずはそこから考えないと……。

 24で結婚したのは覚えてるんだけどな。うちの家系は代々みんな24で結婚してて、お前もそうなるといわれ続けたもののまったくその片鱗もないまま23歳になってさ。拗らせすぎてもてないどころか完全にスルー要員になってしまい、人の恋愛ばかり世話を焼いて言い伝えなんてあるわけないだろただの偶然乙と鼻で笑ってたんだけど、いざ24歳になったらとんとん拍子で縁談が進んで…何というか、人生に仕組まれた運命というやつをひしひしと感じたことがですね。

「うん・・・そうだな、24だよ!!!」

「ちょwwwあたしが21なのにそんなわけないじゃん!!!三歳で生んだの?!」
「僕を生んだのは中学生の時・・・」

 24でぐるりと自分の世界が変わったので、そのときの印象が強く残っているらしい。どうもこう、24歳という年齢が、自分の中でチャプター化されているというか、ことあるごとに意識を飛ばしがちであるというか…もしかしたら何度もループしているのかもしれないぞ……。いかんいかん、朝っぱらから創作脳が炸裂しそうだ!!

「実年齢というのは肉体の年齢であって、実態である私の年齢は24なのです!!精神年齢という言葉をご存知ではないですかな!!私はまだまだ人という生命体を乗りこなすには若輩者であり、日々において一般的な人間が成すようなスムーズな言動をする才能に乏しく、まだまだ学び途中であり限りない可能性を秘めている年代に属しております!そもそもこの地球上は肉体の疲労年数を気にしすぎていますね、宇宙においてはたんぱく質の消耗を示す値としての時間という認識は実に曖昧なものとして捉えられており…」

「お母さんウケる!都合の悪い事に直面するとすぐに言訳にならない持論展開する!!ってゆっかお母さんがですます言葉を使う時はいつも適当なこと言ってごまかしてるじゃん!!難しそうなこと言ってるけど実は中身ないって知ってるんだからね?!もうね、このやり取りも20年だよ、いい加減全部バレバレなんですけど!!」
「かなりおもしろい!」

 ダメだ…私の肉体が老いて行く一方で、いつまでたっても幼いものの考え方しかできない一方で、適当にごまかそうとへらへらする一方で…子供達の肉体も精神もどんどん成熟していく!!

 おかしいなあ、何で私はずっとこんな調子なのだ、もしかして精神年齢というのは若返っていくものなのではあるまいか。私を生暖かい目で見つめる子供たちは、どう考えても私よりも年上の風格なんですけど…。

「もう…誕生日なんだからダメだししちゃダメ、ダメ!!うふん、今日は皆さんでお母さんのことをねぎらって下さいね、もう…老い先短いんだからさあ……ごほ、ごほ……」

「毎日2キロ歩いてる猛者が老い先短い?!そんな健康そうな咳き込み見たことないんですけど!!」
「長生きしてね」

 なお、この年の誕生日ケーキは、私の大好きな猫型ロボットのアイスケーキとチョコ生ケーキ、ジャンボシュークリームだったということです……。

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