ガソリンスタンド、大人気!
只今の時刻、朝の六時…ちょっと過ぎ。
「ぐぬぬ…風が冷たい!さぶー!」
「ずいぶん寒くなった!」
日課のウォーキング&公園のラジオ体操に参加するべく、このところめっきり日の出が遅くなった幹線道路沿いの歩道を震えながら並んで進む、私と息子。
見上げる空はまだ鼠色をしているものの、端っこの方は幾層にも重なる雲に朝日が射しており、薄ピンク色になっている。ボチボチ見事な、朝焼けだ。
もう少ししたら、夜明け前の薄暗い道を歩いて公園に向かわねばならなくなる時期だなあ。そんなことを考えながら、ぼってぼってと無人の道を歩く。
「太陽が上がりきってないとこうも冷えるもんなんだねえ、お日様パワーおそるべしだな…もう一枚着てくればよかったよ、うーん」
「明日は着てこよう」
ぼそぼそとつぶやくたびに、口元に白いものが現れる。吐く息の白さに、本格的な冬の到来を感じる。ああ、今年は去年よりも寒くなるだろうか、久々に雪とか積もるんだろうか。…まあ、どれほど寒くなろうとも、公園までの朝の運動は続けてゆくと決めているわけだけれども。
「なんか眩しいなと思ったら、どの車のライトも点灯してるよ。あれえ、昨日もこんなんだったっけ?晴れてたから気にならなかったのかしら、今日はいくぶん曇りがちだし…」
「ついてなかった気がする」
朝焼け空の下、通い慣れた道を騒がしく歩いてゆく。
日曜日の早朝という事もあって車の数が少なく、やけに自分のだみ声が響いているような…、いつもよりも世界が静かに感じるのは気のせいではない。通常なら何台か給油しているガソリンスタンドも、今日はすっからかんだし。
「今日は…160円か。うーん、ボチボチ高いな、給油は明日以降にしようか…」
公園に向かう道沿いにはガソリンスタンドが2つあり、私は毎朝値段を確認することにしている。最近わりと値段の変動が激しくて、何も考えずに給油に行くとめちゃめちゃ高い値段で撃沈する事もあるため、早朝にチェックしてお安い時に入れるようにしていたりするのだ。
「向こう側は154円だよ」
混みあう片道三車線の幹線道路には、ガソリンスタンドが2軒、のぼり方面と下り方面に道を挟んで向かい合わせになってたっている。違う店舗だからか値段もまちまちで、どういう基準なんだかわからないけれど10円近く値段に差が出る日もボチボチあったりするのだなあ。
「うーん、6円の差かね。確かに向こう側は…車が入ってるぞ、こっちは一台もいないのに!うわ、早朝なのに勢いよく車が入って行ってる!!」
「…早く買いに行かないと売り切れるかも?」
さすがに売り切れるなんてことはないと思うけど、早めに行った方がイイかもしれない。
そんなことを思いつつ、公園に到着して、ラジオ体操をして、帰路につき……。
―――いらっしゃいませ!!
―――カードをお入れください!!!
154円のガソリンスタンド側の道を歩いていると、前方からやけに騒がしい声が聞こえてきた。
セルフスタンド特有の、カード受付の自動音声らしい。普段、交通量が多くて車の走行音でかき消されている音が鳴り響いているようだ……。
―――いらっしゃいませ!!
―――カードをお入れください!!!
―――いらっしゃいませ!!
―――カードをお入れください!!!
「うるさいね…」
なんだ、めちゃめちゃ賑わってんなあ。このあと入れに来ようかと思ったけど、並んでまで給油するほどじゃないか…。そんなことを思いつつ、スタンドの真横を歩く。
「まあ、混んでるから仕方がないんじゃない……」
一体何台待ちだよと、目を、音のする方に向けてみると。
―――いらっしゃいませ!!
―――カードをお入れください!!!
―――いらっしゃいませ!!
―――カードをお入れください!!!
―――いらっしゃいませ!!
―――カードをお入れください!!!
―――いらっしゃいませ!!
―――カードをお入れください!!!
けたたましい自動音声が、辺りに鳴り響いているけれども。
……ちょっと待て、車なんて一台もおりませんけど。
「壊れてるのかな?」
「はは、誤作動じゃない?寒くなったし、タッチパネルのセンサーが暴走してるとか。もしかしたら日が射してるから、反応しちゃってるのかもね。ああ、もしかしたら朝の動作チェック中の可能性も…」
……時刻は間もなく、7時。
すっかり、あたりは明るくなっている。
……そうだなあ、もう少し薄暗かったら、何かがはっきりと見えていたかもしれないぞ。
……そうだよね、確かに安いガソリン入れたくなるもんね。
……なるほどね、大人気には理由があるんだね。
……というか、あっちの世界でも車にはガソリンを入れなきゃいけないのか。
……なんだかなあ、世知辛いなあ、もう。
―――いらっしゃいませ!!
―――カードを……
極力ガソリンスタンド内に目を向けぬよう、気持ち早歩きで横を通ることにする。
視線をまっすぐ進行方向に向け視覚を前だけに集中させると、ちょうど渡るべき信号が青に変わった。
「あ、信号変わった!どうする?走る?!」
「走る!!!」
朝の忙しい時間帯の信号待ち二分は、わりともったいないもんね。
私と息子は、騒がしいガソリンスタンドには目もくれず、青い光の向こう側を目指して駆け出したのだった。
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