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強引な仕事


「ごめん、ちょっと急ぎの仕事を頼まれてはくれないか。」

 年末の忙しいさなか、緊急の仕事が入った。
 なんでもエアコン取付会社がバックレてしまったそうで…このクソ寒い時期に温暖の手段がない、気の毒な家があるらしい。

 電話をしてきたのは、数年前に亡くなったお義父さんの仕事仲間兼友人だった秋野さんだった。困ったことが発生すると、すぐにうちに電話をかけて来ては面倒ごとを押し付ける……困った人である。
 細かい指定や指示をするくせに対価は少なく、しかも勝手な都合で金額を出し渋る事件が横行していた。

 長年一緒に仕事をしてきた、気を使う必要のない友人の息子という事で、粗雑な扱いをしてもいい人物として旦那を認識しているようだった。
 よくわからない思い込みが発生しているようで、恩着せがましく安い仕事を紹介しては仲介料をピンハネしていた。

「新築の家なんでしょう?とりあえずガスファンヒーターとか石油ストーブでしのいだ方がいいですよ。今急いで安いのを急ごしらえで取り付けても
「それがね、オール電化なんだよ。住まわれるのがご老人で、スイッチ一つでポンとやれないとダメだと言っていて。頼むよ、ついてればいいんだ、スリムダクトもいらないし小さいのでいいから。もうやるっていっちゃったんだよ、頼むね!」」

 勢いのある言葉を流すことができず、結局仕事を引き受けることになってしまったのだが。

「うーん、請求書の値段さあ、32900円ってキリが悪いから30000円にして!イイよね、お父さんだったらいつもおまけしてくれたよ!」
「父と僕は違うので……、今回だけですよ。」

 とにかくローコストで、部品や部材は一番安いものを用意してくれ、使わなくていいものはすべてなしで、余計なことは一切しなくていいと細かく言われて……、心底辟易してしまった。
 以降、秋野さんからの仕事はきっぱりとお断りする事を決意し……作業に取り掛からせていただいた。


「寒いのに、悪いねえ。年寄りは難しい事はできなくて…安くやってくれたんでしょう、ありがとね、助かりました。」

 やりにくいし安い仕事ではあったが、依頼主のおじいちゃんはとても温厚で人当たりのいい人だった。

「たくさん工賃出せなくてごめんね、あの、これもらい物だけど、良かったらミカン持ってって!」
「いいんですか!ありがとうございます!」

 やけに低姿勢なおじいちゃんの姿だけが、好印象だった。


 そんな出来事があったことをすっかり記憶の彼方に追いやって数年、取引先のメーカーから仕事の依頼が入った。

「ちょっと難しい物件なんだけど!!一回見に来てもらえないかなあ!!」

 現場に直行して驚いた。
 なんと、まさかの、5年前にうちが取り付けた、あの低コストごり押しエアコンとの再びの邂逅である。

 家主は変わっているようだ、人の良さそうなおじいちゃんの姿は…どこにもない。中古住宅として半年前に購入したとのこと、その際色々とリフォームを行ったらしい。

 記憶に残る間取りとずいぶんイメージが違うのが気になる、年末にごり押しされて無理やりつけた小さなエアコンの修理依頼……些か、イヤものすごく、不安が過る……。

「これねえ、設置が本当にいい加減で……こんな大きな部屋なのに2.2がついてんの!馬鹿だよねえ、誰が付けたんだか知らないけどさ!しかもこんな日の当たる、雨の降りこむ場所なのにスリムダクトなしでタイガーベースもなしでさあ…。しかも後付けの出窓が外機の上にみっちり増築してあって、そのせいでほら、取り出すこともできなくなっちゃってんの。適正サイズの外機が置けるスペースがないんだよ、ごめん、孫請けになっちゃうんだけど、やってもらえない?」

 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 数年前頼まれた際には、家を建てるのにお金を使い過ぎたからとにかく安く抑えたいと言っていた。
 こちらがどれだけ進言しても、エアコンのサイズはこれ、エアコンを置く場所はここ、余分なものはつけるなと口うるさく言われたというのに…何これ。

 エアコンをつける部屋はリビングの間仕切りを使うから6畳になると言っていたのに…間仕切りは取り払われて20畳になっている、これでは部屋は冷えないし暖まらない。出窓を増築するくらいなら……なぜもっといいエアコンを設置しなかったんだろう。

 やけに見目の良い大きな全面窓……、夏はずいぶん暑そうだし、冬はかなり冷え込みそうだ。恐らくエアコンは頑張りすぎてしまったのだろう、コンプレッサーが完全に壊れている。

 部品交換すれば動くのかもしれないが、部品を交換するためには外機を作業できる場所に移動させなければならない。しかし、家の外壁の中にきっちりとはまり込んでいる外機は取り出せそうにないし、銅管のすぐ横にまでせり出している出窓が邪魔になって切断する道具も入らない。

 出窓を破壊して取り出すか……壊れたエアコンをこのままにして、新たに外機を置く場所を設けるしかない。
 几帳面な家主なのか、家の周りの空間にはみっちりと物置が置かれていて、追加でエアコンの外機を置けるような場所がどこにもない、外機を置くとしたら二階のベランダの上…もしくは出窓の屋根の上?玄関の真横だと、銅管を少なくとも8メートルは延ばさなければならないから、やれないことはないが現実的ではない。
 庭の端は崖になっているからユニック車の稼働が不可能、危険箇所なので作業に時間もかかるし…これは…超難解物件!!

 この家の住人はエアコンの調子が悪くなったので近所の電気屋に修理依頼をしたらしい。しかし、小さな町の電気屋ではとても修理対応できないという事で別の電気屋に依頼を出し、そこもやりたくないという事でメーカーに修理依頼を出し…メーカーは下請けであるうちに仕事を依頼したという流れのようだ。何件業者が噛んでいるんだ、これは相当厄介だぞ…手数料がかさむし、うちがどれだけ安く見積もったとしてもかなりの値段になってしまう事必至!

「悪いんだけど、お願いできない?もうさあ、最初に取り付けた業者に全部弁償させようと思ってるんだけど、昔取り付けた電気屋、廃業してるみたいで!」
「ホント腹立つんですよ、お願いします、助けてもらえませんか!!」

 取り付けた業者が悪みたいな流れになっているわけですけれども…、お客様は目の前にいる電気屋が、その悪徳業者だとは思いもしないだろうな……。元凶となった秋野さんは2年前に老人ホームに入ってしまったから、責任を取らせることもできない。

「は、はは……ちょっと外を見てきて、それから考えますんで。……清水さん、相談したいことが。」
「?ハイハイ、じゃあちょっと失礼しますね。」

 メーカーさんを外に連れ出して、事のあらましを告げる。

「うわ…マジですか……。そんな事が……。」
「僕相当言ったんですよ、絶対に後で後悔するって。でも、どうしても3万円で押さえたいって強いご希望で。もう今更…無理ですよ。出窓を設計した人もひどいと思いますよ、こんなエアコンの外機を囲むような設計したら修理なんかできなくなることわかるでしょう。」

 エアコンは消耗品だ。一度取り付けたら永年使えるわけではない。だから本来であれば、修理ができるよう外機の周りにはスペースを開けるし、作業ができるような空間を残す。

 無理やりコストを抑えて設置したエアコン、増築時の無神経な設計、住人の知識の無さ…すべてがかみ合って、どうにもならない事態を招いてしまった。

 エアコンをとにかく安く取り付けたいって思う気持ちはわからないでもない。

 だが…如何せん、コスト削減し過ぎたのだ。
 削ってはいけないものを削り、のちの不安材料を生む道が生まれてしまったのだな。

 恐らくこの家の家主は、築浅で安い物件を買えたという事で、余った予算を使って見目をよくするためにリフォームをしたのだろう。だが、そのせいでエアコンの修理が不可能になる道が生まれてしまったのだ。

「出窓を取り壊すとなると100万はかかるそうですよ。あんな全面ガラス…なんで取り付けたんでしょうね。あれがなければまだどうにかなったものを……。」
「多分ね、修理を考えるくらいなら新しいエアコンを家電量販店で買って取り付けてもらうのが一番安いね。そこら辺のことを話してあげた方がいいんじゃないかな。今うちが受けちゃうと、工賃よりも中間マージンの方が高くなっちゃうから。」

 結局、うちでは仕事を受けないことにして、現場を立ち去った。

 後日たまたま近くを通りかかった際にさりげなく様子を伺ったら、玄関横に大きなエアコンの外機がぽつんと置かれていた。

 どこにも置き場がなくて、立派な玄関ドアの真横に置くしかなかったようだ。銅管がベランダの底に這わせてあり、裏側の部屋の方に続いている…無理してるなあ、きっと追加料金がかなりかかったと思われる。

「ここは難物件ベストスリーに入るね、殿堂入りだわ…。」
「いやあ……、また修理依頼来るかもねえ……。あれは長く持たない気がするよ、うん……。」

 エアコンを動かす季節になるたびに、ひやひやしていたりするのだが。

 今のところ、電話は、ない。
 今年もどうにか…、持ちこたえられそうかな?

 仕事納めは来週頭、どうか電話が鳴りませんように…。

 ぷ、ぷるるるるる………!

 こ の 、 電 話 番 号 は … … 。


という事で、何を隠そうエアコン屋です(*'ω'*)
みんな~、エアコンのフィルターはちゃんと掃除しようね!!


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