伸ばしたい気持ち、切りたい気持ち
髪を短くして……もう、随分、長い。
ドライヤーを使わなくなって、もう何年?
ヘアスプレーを使わなくなって、もう何年?
髪ゴムを使わなくなって、もう何年?
ショートヘアが通常装備になった今でも時々思い出す、長い髪だった頃の…感覚。
絡まる髪をなだめすかし、櫛を通した記憶。
まとまらない髪をねじ伏せ、ゴムでくくった記憶。
散らばる髪を、豪快にみつあみにした記憶。
私の髪は、太くて、真っ直ぐで、色素が薄くて、あっという間にパーマの落ちる、自己主張が強すぎる偏屈ものだった。
いつも、猫っ毛の洋子ちゃんにコシのある毛だねって羨ましがられて。
いつも、黒髪の眞由美ちゃんに透明感のある色だねって羨ましがられて。
いつも、頭に毛のない叔父さんに半分分けてくれって羨ましがられて。
長い髪の毛は……嫌いじゃなかった。
なんとなく時間をつぶせるのが、好きだった。
いろいろとアレンジするのが、楽しかった。
梳かすたびにつやつやになっていくのが、気持ち良かった。
できれば、また、伸ばしたい。
できれば、また、髪を縛りたい。
できれば、また、みつあみを編みたい。
でも……、髪を伸ばすことが、難しい。
短い髪の毛の楽さに慣れてしまうと、伸ばすのが難しくなるのだ。
伸びてうっとおしく目にかかる髪。
伸びて肩で自由気ままに跳ね上がる髪。
伸びて頭の大きさを二倍に膨張させる髪。
中途半端な長さを乗り越えなければ、縛れる長さにはたどり着かない。
長い髪の毛をゲットするのは…大変なのだ。
中途半端な長さを乗り越えても、縛り続けることは難しい。
洗うのも、乾かすのも、ブラッシングするのも、縛るのも、編むのも、体力が必要となる。
加齢に伴い、両手を上げて髪の世話をする事が負担になってくるのだ。
ちょっと念入りに櫛を入れただけで肩が凝り、ムリヤリみつあみをすれば指がつってしまうのだ。
洗うのも、乾かすのも、ブラッシングするのも、縛るのも、編むのも、コツが必要となる。
加齢に伴い、髪の毛そのものの根性が貧弱になってくるのだ。
ちょっとしたことで衰えた毛は切れて地に伏し、引っ張られた毛根はダメージを受け頭皮を赤く腫らすのだ。
長い髪の毛を維持するのは…大変なのである。
頭の上にお団子を乗っけている穏やかなおばあちゃんになりたいと長年願ってきたが、どうやら私は…その資格が得られなかったようだ。
私は、長髪の持ち主たるプロ根性を、この身に沁み込ませることが……できなかったのだ。
両手を上げ続けて長い毛を乾かしきることができる筋力を築き上げることができなかった。
両手を使ってキッチリ毛と頭皮を洗いあげる作業に真面目に取り組み続けることができなかった。
毛を慈しみ丁寧に櫛を通すやさしさが芽生えなかった。
毛を労わり地道にケアするマメさが備わらなかった。
「うーん、めんどくさ!!短くしちゃお!!」
この一言で片づけてきたしわ寄せが、今、ここで牙をむいているのだ……。
ああ、私は……なんという、愚かな事を。
手を抜く事に慣れてしまう恐ろしさを、今頃になって味わうことになろうとは。
両手を巧みに動かして髪を結いあげる集中力は、わりと習得することができたと思う。
今でも時折、暇を見つけては娘の長い髪をドレッドにして怒られているし……。
ああ、なんと私は…安易な気持ちで己の進むべき道を自らつぶしてしまったのか……。
悔やんでも悔やみきれない、毛を短くし続けてきた歴史、歴史いイイイイイ!!!
……間もなく、季節は…春。
冬になる前に根こそぎ切った髪が……、ずいぶん、伸びた。
そろそろ前髪のうっとおしさがピークだ。
髪の毛を乾かすのにタオルだけでは心許こころもとなくなるようになってきた。
最近寝癖が派手すぎて手に負えなくなっている。
いよいよニット帽がキツくなってきた。
切りに行くなら……、今だ。
……髪を伸ばすなら、もう、今回が最後のチャンスかもしれない。
今ならまだ、筋力を身につけることは、おそらく可能だ。
今なら間に合うはず、だがしかし。
切るのか、切らないのか。
伸ばすのか、伸ばさないのか。
答えの出せない私は、今日もボサボサの頭で、ウンウンうなりながら……。
愛用の帽子を、頭の上に乗せるのであった。
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