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裏:ゴミ屋敷博物館

・・・やべえことになった。
俺の、恥が、晒されることになってしまった。

・・・ありえねえ。
俺の、生きてきたすべてが、見世物になってしまったのだ。

・・・クソっ!!

なんで、何でこうなった?!
なんで、俺は死んでなお、恥をかかされている?!


「はい、整理券番号37番から40番までの方、お入りくださーい!お待たせしましたー!」

「ようやくだよ!」
「楽しみー!ってゆっかもうゴミだらけ!ウケるwww」
「どんだけこのおっさん残念だよ!!」
「よーく見たらさ、イケオジ…でもないか!ぎゃはは!!!」


ありえねえ、あり得ねえんだよ!!!!!!!!

ふ、ふざけんなああああああああああ!!!



俺は、吾味碁未男(ごみ ごみお)。
半年ほど前に突然死をした、享年48歳の男だ。

俺は親の残した家で、20年ほど一人暮らしをしていた。
子供の頃からずっと暮らしていた我が家は、最高に過ごしやすい場所だった。

子供の頃の思い出の詰まる、俺が一番愛した場所だった。
子供の頃から大切にしてきた、俺の宝物が溢れる場所だった。

この家は、俺が20年前に相続したものだ。

親父が死んで、母親が死んで、俺一人がこの家に残ったから、俺のものになった。

兄貴も弟たちも結婚して所帯を持っているから、この家は必要ないってね。
家を出て言った奴らに、この家の財産は分けなくてもいいだろうってね。
わーすかめんどくせえことを言う兄弟どもをねじ伏せて、無理やり相続したのさ。

俺は25年前に会社を辞めて以来、無職だったからさ。

親父の遺産を一人で受け取り、母親の遺産を一人で受け取り。
外に出るのもめんどくさかったから、派手な散財をせず、慎ましく引きこもって生きていたんだ。

兄弟はみんな好き勝手に生きていたから、それを笠に着せて、俺の生活には口を出させなかった。

自由奔放に、独身生活を満喫していた。
自由奔放に、好きなことだけして生きていた。
自由奔放に、嫌なことは一切やらずに過ごしていた。

年を取ったせいか、ずいぶん体に不具合が出るようになっちまってさ。

目もよく見えねえし、足ももたつくし、歯もどんどん抜けるしで参ってたんだなあ。
デリバリーばかり頼むようになっちゃって、どんどん栄養が偏っちゃってさあ。

気がつきゃ、死んじまってたってわけだ。

人ってのは、ホント死んじまったらなんもできねえのな。

毎日欠かさずチェックしていたパソコンはひらけねえし。
毎日欠かさず手に持っていたスマホはひらけねえし。
毎日欠かさず見ていたテレビのチャンネルは変えることができねえし。

くさくさしてたらさ、俺のこの屋敷を、潰すとかいう話が出やがったんだ。

俺が体調悪くしてんのにも気が付かずにへらへら生きてた兄弟どもがさ、偉そうに話し合ってんだよ。
俺の大惨事にも気が付かず、のうのうと暮らしてやがった兄弟どもがさ、淡々と日程組み始めたんだよ。

俺の生きたすべてが残るこの家を、処分するだと?!
俺の宝物しかないこの家を、潰して売り払うだと?!
俺の思い出のたっぷり詰まったこの家を、売り払って金に換えて山分けするだと?!

そんなの、許すわけ、ねえだろうが!!!!!!!!

人並みに結婚して幸せをつかんだ兄貴に弟たち。
お前ら、幸せなんだろ?

人並みに結婚できずに孤独に死んだ俺。
お前らと違って、俺は不幸なんだよ!

なんで俺が、お前らに財産を与えてやらなきゃいけないんだ!

俺の家に、勝手に入ることは許さん!!!
俺の家を、勝手に潰すことは許さん!


俺の家を、勝手に売ることは絶対に許さんからな!!!!!!!



倒壊した壁を勝手に処分されてしまった。
倒壊した思い出の柿の木を勝手に処分されてしまった。
玄関前に転がしておいた、俺の築き上げたごみオブジェの一部が勝手に処分されてしまった。

よくもやりやがったな!?
俺の家で、勝手なことをしやがって!!!
俺の家のものを、勝手に持ち出しやがって!!!

俺の家で好き勝手とか、絶対に許さんからな!!!


俺の怒髪天が神に届いたらしい。

家の前で仁王立ちになっていたら、おかしな力を発揮できることに気が付いた。
家の中で怒りを爆発させたら、おかしな現象を起こせることに気が付いた。

兄貴、兄嫁、弟、弟嫁、末弟、末弟嫁、甥っ子に姪っ子たち、不動産屋、ゴミ処理業者、近所のおっさんにクソババアども……。

家に近づく奴らを、とことん排除した。
家に入って俺の領域を荒らすやつに、徹底的にお仕置きをしてやった!!


———これは、売ってはいけないってことなんですよ。

末弟の嫁が、オカルトめいたことを口走るようになった。

———お義兄さんが怒っているから、この家には入らない方がいい。
———お義兄さんは、この家を愛していたんです。
———お義兄さんの為に、この家を残してあげましょう。

いいことを言うじゃないか、俺は末弟の嫁を見直した。

———市から立ち退き指示が出てるんだ、呪い覚悟で撤去するしかない……。

驚いたことに、この俺の宝を破壊するために、市が動いていた。

こうなったら、市ごと呪い倒すしかない、そう思って俺は力を溜め始めたのだが。

———せめて、建物だけでも、移築してあげませんか。

願ってもない展開に、俺は喜びを隠せない。

———私、実はお金があるんです。
———私が全部お金を出しますから、やらせてもらえませんか。
———残った土地は売って、三等分したらいいんじゃないですか。

冴えない太った嫁だと思っていたが、実はかなりの切れ者だったらしい。
移築計画を一人で練り上げ、きっちり日程が組まれることになった。


業者による運び出しが始まり、少しでも粗末な扱いをしたら即呪い殺すつもりで見張っていたのだが。


丁寧で、細やかな、宝物を宝物としてキッチリ取り扱う、業者の姿に俺は感動、したのだ。

俺の屋敷の写真や動画を撮りまくり、宝物の全てが巨大な倉庫に収納されて行った。

俺の宝物はすべてナンバリングされて、丁寧に袋詰めされてゆく。
俺の宝物がすべて運び出された後、屋敷の移築が始まった。

屋根を剥がし、壁を取り。
木材を丁寧に解体し、窓を外し、ドアを運び出し。


「あとは、この土をあっちに持って行ったら終了ですね!」
「ええ、玄関にこの土で花壇を作ります、柿の木を植えないといけないんで。」

最後に、土を掘った時。

俺は、その土に魂この身を乗せて、新しい場所に移った。

俺は、この長年住んだ土地ではなく……家そのものに、取り憑く事を決めたのだ。


ずいぶん広い場所に、俺の屋敷が再び建ち始めた。

末弟の嫁は、ずいぶん気が利く嫁だった。

所々いたんで使い物にならない木材を補強するために、鉄骨で丈夫な枠組みを作ったのだ。また、きっちりと頭の悪い業者どもが俺の宝を再配置できるように、新たな通路を設けて導線を確保した。

…そうだ、俺はこういう展開を望んでいたんだ。

足の踏み場もない、宝物だらけの俺の城を、まじまじと外側から見物したかったんだ。
完成された宝の地層を、踏み荒らして確認するのではなく、踏み荒らさずに見物したかったのだ。

アクリル板で部屋を覆う事で、俺が長年かけて作り上げた俺の城の香りも逃げ出すことはない。

俺の、城が、永遠に、残る。
俺の、生きた印が、永遠に、ここに。
俺の、存在したすべてが、永遠に、この場所で。

至れり尽くせりの状況に、俺は満足、していたんだ。


「お義兄さんの功績を、この世界に公開してあげようと思うんです。」

孤独に収集してきた宝物は、きっと誰かの琴線に触れるはず。
ここにある品物は、どれもかけがえのない付加価値のある品物ばかり。

レアアイテムを秘蔵するだけでは、本当に宝の持ち腐れ。

宝物を認められて、俺は鼻が高く、なったんだ。


「こんなにお宝を溜め込んでくれたお義兄さんの事、世間に知ってもらいたいんです。」

お義兄さんが何を思って生きてきて、これほどの収集を収めることができたのか知らしめましょう。
お義兄さんがどれほど苦労して、これだけの宝を大切に保管してきたのか知らしめましょう。
お義兄さんがどんな人物で、どんな考えを持ち、どんな生き様だったのか知らしめるべきです。

俺という人間を、世界に誇りたいと思ってくれる、それがうれしかったんだ。


「ゴミ屋敷博物館、オープンできてよかったです。」

お義兄さん、喜んでくれてるかしら。
お義兄さん、たくさんの人たちに囲まれたら寂しくないよね。
お義兄さん、孤独に死んじゃったけど、今後はにぎやかに過ごせるよね。


俺の城が、大勢の愚民どもに持て囃される時が、来たのだと!!


「うわー!!すごーい!!」

「こんな博物館、初めてだ!!」

「これは全国的に注目を集めるぞ!!」

「取材許可お願いします!!」

「テレビで特集組みたいんですけど!!」

「すみません、グッズ作りませんか!!」

「お兄さんの顔写真、もっとないです?」


いい気になっていたのは、一瞬だけ、だった。

……気が付けば、俺の城は。
……気が付いた時には、俺の生きざまは。


「げえ!!!何これ、あり得ねええええ!!」

「きったね!!こんなとこよく住めるな!!」

「キモい、キモイキモイキモイキモい!!」

「何これ、こうはなりたくない……。」
「ていうか、こんなのただの病気じゃん……。」

「犯罪者ウケるwww」
「ヘタレ乙www」

「メッチャブサイクじゃん、底辺かあ……。」
「ねえ、うちにあるごみ、捨てようね?こんな風になりたくないよ…」

「へたくそな歌だな、耳腐るわ。」
「マジむかつくな、何こいつ。」
「ド変態丸出し、あの世で真っ赤になってるぜきっと。」
「こんなの残したいと思った縁者、サイコパスじゃね?」
「すげえな、下がいると思うと、生きる気力がわいてくるわ……。」


あまりにもひどい、ド直球の悪口に、俺は。

……俺は。

もともと、他人など一切信用してなかった。
もともと、他人など全員死ねばいいと思っていた。

もともと、他人など俺を傷つけるだけの、存在に値しないクソばかりだったじゃないか。

俺は、何を勘違いしていたんだ。

他人が俺を絶賛すると思い込んでいたのはなぜだ。
他人が俺の功績をたたえると信じ込んでいたのはなぜだ。


「あいつもつまんねえ意地張らなきゃ恥かかずに済んだのになあ。」
「にーちゃん今頃フンがーってなってんじゃね?」
「昔から要領悪の意地汚い性格でさあ……。」

俺は、何を都合よく解釈していたんだ。

俺は、兄ちゃんや弟たちに、いつも仲間外れにされてたじゃないか。
俺は、兄ちゃんや弟たちから、いつだってバカにされてたじゃないか。

「恵子ちゃんエグイなあ、こういう儲け方、よくないよ!」
「え?私は、本当にただ…お義兄さんの事、知ってもらいたいって思って!!」

「ケイちゃん、なんか外国からオファー来てるって聞いたけど!俺行こうか?」
「そうですね、お義兄さんの幼少期を知るお義兄さんちょうなんなら、ぴったりだと思います、私は25年しか知らないし…」

「おい、ケイ!あの兄ちゃんの説明文のところに俺の事書くなよ!」
「だって、書いた方がお義兄さんのやさしさがわかると思ったの。」


死んでなお、俺は名声を得ることはないのか。
死んでなお、俺はこんな扱いなのか。

死んでなお、俺はバカなのか。

こんなはずじゃ、なかった。
こんなことになるなんて。


「ヤダ、これあたしの同級生!!」
「あいつマジキモかったんだよ……。」

「俺のゲームカセット!」
「なんであたしのリコーダーが?!」

「ヤダ、やだよ、ヤダヤダ、あたしの、ブルマ―!!」
「こいつイジメるとさあ、次の日ぜってー犬のくそがさあ……。」
「キモくて誰も近寄らなくて……。」

「あ、取材ですか?ええ、卒アルありますよ!」
「そうですねえ、こんなゴミを溜め込むとは…美化委員やってたんですけどね。」

「優しかったですよ、金に困ってたときいつもおごってくれたし。」
「親友でした、いつもキャンプに行くときは車を出してくれて。」
「結婚式、10万円も包んでくれてねえ……。」

「あ、僕彼と一緒に小説書いてたんです、全作品提供できますよ。」
「あ、俺彼と一緒に同人誌作ってたんです、ここには展示されてないけど、原稿ありますよ。そうですね、10万円で買い取ってくださいよ。」
「そうですね、ぜんぶ公開して良いと思いますよ、それ彼の本性です。ただモザイクかけないとマズいですね、いろんな意味で。」


・・・ゆるせねえ。

・・・死者の冒涜だ。


俺を、俺を馬鹿にしたやつら。

全員、呪い殺してやるうううウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!


ブブブブブブブワアアアアアアアアアアアアア!!!!!


俺の体から、どす黒い煙が、噴き出したあアアアアアアア!!!


『はい、そこまでです。いやー、よく育ったわー!大漁、大漁!!』


だーーーれーーーだーーーーーーーーーーーー!!!!


『あーあー、大暴走しちゃって、まあ。姐さんの見立て、確かだったなあ…。』


こぉろぉすぅーーーーーーーーーーーーーーー!!!!


『実に良い腐った心根、ぐふふ、こりゃあうまいぞ!!』


しぃーーーーーーーーーねー

・・・ごっくん。  



こちら昨日公開のお話と明日公開のお話と連動しております。


個人的に思うのは、自己肯定感はあった方が良いけれど、そこに他人下げが付随するとトンデモねえことになりがちってことですかね。


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