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肉まんパーティー

ずいぶん寒い日が続いたとある日、私は肉まんを作ることを決めて買い物に出た。

いやあ、昨日さ、肉まん特集やっててさ、急に食べたくなったっていうか。

娘を迎えに行った時に車の中で見てたテレビでね、非常にうまそうな肉まん見ちゃったんだよね。娘が久しぶりに肉まん食べたいってうるさいもんだからさあ。久々に肉まんパーティーしようって思い立ったっていうか。

我が家はわりとおかしな晩御飯でも平気な節があって、肉まんで晩御飯だったり、タコ焼きで晩御飯だったり、クレープで晩御飯だったり、焼きそばで晩御飯だったり、もちで晩御飯だったりパンで晩御飯だったり…頭の固い健康志向な人たちに叱られそうなメニューでも大喜びなんだよね。ずいぶん気楽で、こちらとしては大助かりな面もあったりして。

ええと、薄力粉にベーキングパウダー、スキムミルクも切れていたはずだ、ドライイーストも買っておこうかな、砂糖はこの前町内会で余ったやつわんさかもらったから買わなくてもいいな。ええと、豚ひき肉に玉ねぎ…どうしようかな、あんまんも作ろうか。いやいや牛筋まんも作りたいな、ちょっと待て、チーズまんもピザまんも作りたいな、そういえばマーボーまん作ったらうまかった、カルボナーラまんも作ってみたいと思ってたんだった、そうするとベーコンも欲しいぞ…あかん、きりがない!!!

ウォーキングをはりきり過ぎた私は、少々…いや、ずいぶん空腹で、正常な判断がしにくい状況に陥っている。まずいな、これでは買い物かごが溢れる未来しか見えない、よし、肉に集中しよう。豚ひき肉にネギ、玉ねぎ、タケノコに干しシイタケ…そうそう、ごま油切れてたんだ、買っとかないと。

どうにかレジ袋一枚分で買い物を済ませることができた私は、さっそくキッチンにこもって準備など。

まずは干ししいたけを水につけてレンジでチン。次に肉まんの、まんの部分をこしらえてと。私のレシピはね、ちょっと皮が甘いのが特徴なのさ。強力粉をちょっと入れてほんの少し丈夫な皮に仕上げるのがコツでしてね。材料を練り練り、一つにまとめてラップをかぶせ、レンジで発酵。次に肉部分に着手、材料を全部細かく刻んで、ねりねりするだけなんだけど…。

「うわ!!料理酒ないじゃん!!誰だ使った奴!!」

まさかの料理酒がすっからかんとか!!
・・・くそう、仕方がない、とっておきだったお土産の地酒開けるか!!!

うまい刺身買ってきてネギトロにして…つまみながらちびちび飲もうと思ってたのに!!

けしからん!まったくもってけしからん!!
開けたからには、鮮度の落ちる前に飲みつくさねばならぬではないか!!!

仕方ないなあ、肉まんで飲むか♡

肉まんじゃあ酒も進まないな、よしついでに酒のあても色々作るか♪
予定外の調理案件が発生してしまった、これは手早く作業をすすめねばなるまい。

ピー、ピピ―!!

レンジの発酵終了の音が鳴ったので、まあるく膨らんだ生地を八等分する。

それを丸めて、ちょっとベンチタイム。

この隙に蒸し器の用意。うちの蒸し器は三段になっていて、市販の肉まんなら一気に八個蒸すことができるんだけど、私の作る肉まんはいささか大きめなので一度に六個しか作ることができない。本日は残る二つは野菜とともに蒸されるシステムを採用。肉まんだけじゃ食欲魔人達の腹は膨らまないのでね!今日蒸す野菜は、ブロッコリー、アスパラ、人参、キャベツ、カボチャ…そうだ、ソーセージも蒸してやろ。手早く材料をカットして、でっかいボウルにまとめておく。ああそうだ、クッキングシートも切っておかねば。チョキチョキ。

ベンチタイムの終わった生地を麺棒でのして、分厚い餃子の皮状にしたら、肉を詰めて、クッキングシートの上にのせて蒸し器に並べる。火はつけないまま、そのまま15分発酵。その隙に日本酒に合うおつまみを選定選定―!!

ネギが一本余ったから、焼いてタレかけるか。
納豆と豆腐の小さいのがあるから混ぜて焼いた油揚げにのせたろ!
冷凍の枝豆あったな、ペペロンチーノにしよ!
チーズたらがあるな、レンジでチンしてサクサクにしたれ!
正月の餅が余ってたな、もちピザ作っとこうか、おそらく家族も喜んで食べるはず。
卵物がないなあ、だし巻焼こうか、そうだ明太パスタのソースがあるからあれ真ん中に入れて焼いちゃお。

おつまみってさあ、なんでこんなに考えるの楽しいんだろうね!
おつまみってさあ、なんでこんなに作るの楽しいんだろうね!

もうさ、私、居酒屋でもやろうかしらん♪

おつまみの準備をしてたらあっという間に15分だよ!

ぷくぷくと膨らんだ肉まんを確認し、蒸し器の乗ったコンロに火をつけ、タイマーを20分にセットする。

「ただいま。」

おつまみをせっせと作っていたら、息子が帰ってきた。

「肉まん?」
「そうだよ。もうじきできるからさ、宿題やっちゃいな?そしたら出来立てが食べられる!」

「はい。」

肉まんが完成し、テーブルに並べたところで娘と旦那が帰ってきた。
ちょうど息子も宿題が終わり、明日の準備も完了した模様。

「おお!!肉まんじゃん!!いただきまーす!!」
「ハフハフ!!ウマー!!ねえ、いくつ食べていいの!!全部食べるわ!!!」
「あつい。」

「ちょ!!手を洗え!!立って食うな!食卓準備中に場を荒らすんじゃない!!!」

娘と旦那が手を洗っている隙に、作ったおつまみを並べてゆく。息子は一口齧った肉まんを机の上に残し、おつまみ運びを手伝ってくれている。熱くて食べられないので、冷ます間手伝ってくれるらしい。さすがだ、しかし気を抜くと食う事に特化された爆食人種が奪いかねない、一刻も早く君は食卓に戻るべきだ。

「ねえねえ、ごはんないの!これじゃ足りないよ!!」
「なに、肉まんでご飯食べるつもり?!まだ蒸し野菜と追加分もあるから足りるでしょ、もちもあるし!」
「ええー、ごはん炊いてないの?今からでもいいから炊いていい?」
「炊いてくる。」

テーブルの上はおつまみと肉まんでいっぱいで、さらにここに蒸し野菜も追加されるというのに米を炊くだとう…?

どう見ても食い過ぎだ!!!

「そうだ、この前買っといたボストコのみすじステーキやこっかな!」
「いいねえ!あたし二枚ね!」
「一枚でいい。」

暴走する食欲を止めるすべが見当たらない!!
止めに入ったら、自分の酒のつまみがなくなる!
今日こそ肉まんを食べないと!!

いつもの食べようとしたらなかったパターンはもう…いーやーだ―!!!!

蒸しあがった追加の肉まんと、色とりどりの野菜をトレイに並べ、テーブルに置く。旦那と娘と息子は何やらキッチンでごそごそやっている。

よし、この隙に食べよう。

私はさっき開けたばかりのとっておきの酒を徳利に注いで、食卓に着いた。

うまい酒にうまい肉まん、うまいつまみは多少食い荒らされているものの、今日はいろいろと食べられる!!

肉まんうまいなあ、シイタケとタケノコがいい仕事してるんだよ、二種類のネギがまた肉の臭みをうまいことごまかして…こってりしたジューシーな肉汁がほんのり甘い皮にしみてうまいのなんの。なにこれもう私肉まん屋やればいいんじゃないの、うまうま!!

酒もうまいなあ、これ加藤さんからもらった奴なんだよね、自分じゃあどの酒が良いとかよくわかんなくてさ、だってどの酒もうまいんだもん、やっぱりアルコールって素晴らしいよね、百薬の長っていうくらいだもんね、なんか続きがあったような気もするけど気のせいだな、うん、旨い美味い!!吉田兼好は相当健康だったってね、ぎゅふふ!!!あれ、あの人は酒嫌いだったんだっけ?まあいいや!

「ああー!またお母さんがひどいことに!!」

「……。」

酒は黙って窘めと、どっかの酔っ払いのおっさんが言っていたのだ。
あの時邂逅した赤い顔をした人よ、どうもありがとう、あなたのおかげで私は程よくたしなむ美しさを知りました、口を開くと大失敗する、ええ、その通りでございます、いらんこと言うからひどいことになってるだのなんだのと…。

ああ、枝豆うめーな、皮ごと食っちゃお。おかしいな、もちが皿にくっついて取れないじゃん、ひっくり返しちゃお!

「ひどすぎる。」
「ひどくない。」

むむ、黙っていても苦言が飛んでくるのはなぜなのか…まーいっか!

ああ、焼いたねぎはウマいなあ、納豆と豆腐は本当に相性いいなあ、卵はやっぱり卵同士合わさってミラクルおこすよなあ、うめーうめー、そーとーうめー!
あっ、ヤバい、納豆落とした、まーいっかあ!
まあいーね!
ぎゃはは!

「肉焼けたよー!うわ、何この人!!ひどすぎる!!!」
「あんたがひどすぎるんだよ!!人の作ったもん食い散らかして!!も~お前の作ったもん食い散らかしちゃうぞ!!うへへ…!!!」

結局なにしたってヒドイ扱いされるなら、普段通りでいいやん?

私は旦那の焼いたステーキを突き刺してひとかじり…むむ、これはビールが飲みたくなるやーつだ!!しかし今は日本酒しかない、よし飲むか!…あれ、徳利が空だ、これはどうしたことか!!!

私は追加の酒を徳利に注ごうと…あれ、酒瓶が空だぞ、これは?!

「料理酒空だったからお母さんの酒入れといたよ!!!」
「はあ?!高級大吟醸を…料理酒の瓶に…足しただと?!馬鹿じゃないの!!!もう飲めないじゃん!!!」
「料理に使えばいいじゃん!!おいしいご飯のおかずが作れるね!!良かったよかった!!」
「よかった。」

ありえん!!
ありえなす!!

飲んでうまい酒を、なぜ料理で使おうとする?!
いや、肉まんに使ったけど!
ウワアアアア!なんてことしてくれてんだ!
人のとっておきが、とっておきが、とっておきがー!!!!

いい気分でヒャッホウ案件が、大飯喰らいの人々用に大変身だとう…?!人が作ったもん次々に食べつくす、酒のありがたみを知らぬ人々が、高級酒のうまさを堪能することなく、高級酒に酔いしれることなく、消費するだと?!高級酒が調味料の一環として消費される運命を甘んじて受け入れねばならぬだとう…?!

…ないわ!

ああー、なんかもうがぜん酔いが醒めた、急に絶望感が襲ってきた、何このがっくり感、何この満腹感。ああそうか、私食べすぎたわ、うん、結構食べすぎた、でっかい肉まんに蒸し野菜、卵焼きに枝豆、もちにチーたら、あとなんだっけもう忘れた、とにかくたくさんだ、よし胃腸薬飲もう。

「もういいわ…。お風呂入って寝る、あと片づけといてね…。」
「へいへい。」

翌朝、深酒せずに切り上げたのが良かったのか、たくさん食べながら飲んだのが良かったのか、私は久しぶりにスッキリと朝を迎える事ができた。

「いい酒が一滴残らず無くなった、加藤さんに顔向けできない…。」
「そんな大袈裟な!」

あんないい酒、もう、もらえない。

派手に落ち込んでいたのだけれど。

「おぅい、お母ちゃん!酒飲めなかったんだって?」

どうやら旦那が加藤さんにチクったらしい。

「あれで作った肉まん旨かったでしょ!あれはね、酒蒸しにしてもそうとううまいよ、作ってみたら?」
「うん…。」

そりゃうまかったよ、酒蒸しもうまくなるだろうよ。
しかしあの高級酒は…もう、飲めないのだ。
私はあの酒は飲むべきものだと認識しており、料理にぜいたくに使う事は推奨していないと言いますかですね、アアア、もったいなかった……。

「落ち込むお母ちゃんにはね、はい、これ!」

加藤さんの差し出したモノは!

「え!なにこれ!もらっていいの?!」
「ちょっといいやつ、父ちゃんには内緒でね!」

見たことないお酒ゲットだ!ひょー!

「うわぁ!ありがとう!ね、肉まん食べる?作って持ってくからさあ!」
「いいの?!楽しみにしてるわ!」

加藤さんに献上した肉まんは、それはそれは絶賛されましてですね、やけに噂になりましてですね!

「奥さん、これ、頂き物ですけと、いります?」
「いいんですか!」

「これわしのお気に入りの酒なの、あげるからさあ。」
「いいんですか!」

なんか、こう、わらしべ長者的な流れがですね、できたというかなんというか。

……あちらこちらに肉まんを振る舞わざるをえなくなってしまってですね?!

「お母さん今日も肉まん作ってるの?!」
「…だってお酒もらったもん。」

毎日毎日、肉まんを作っては差し上げる、日々、日々、日々、日々…!

「私肉まん屋はもういいや…肉まんパーティーも、もういいや…。」

料理酒の瓶が空になる頃、ようやく騒ぎが収まった、そういうお話、ですよ…。


見た目に弱い私のおすすめ。

ちなみに、井村屋のすまんがめちゃめちゃ好きだったりします。
販売再開されたら絶対買い込むんだ!!

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