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お守り

「橋田金太さん、あなたはお守りになりました。」
「・・・はい?」

良くわからないが、俺はお守りになってしまったらしい。

目の前に、ガラス…鏡か。

紫色の袋の中心に、金の文字の書かれたお守り袋が浮かんでいるのが見える。

「あなたには金運の力を与えます。その力を使って、お守り購入者と共に過ごしてください。」
「何でですか、いやですよ、元に戻してください。」

見ず知らずの誰かの面倒なんて見たくないぞ。

「この任務を完了できたら、あなたに金運の力を残しましょう、いかがですか。」
「この任務を敢行中は、あなたの時を止めます、いかがですか。」
「この任務を受けなければ、あなたには金運がないままです、いかがですか。」

俺には金運がないというのか。
…ならば力を得ることができるチャンスを手にするべきだ。

「わかりました。」

「あなたはお守り購入者に恵みを与えることができます。」
「あなたがお守り購入者に感謝をされたら人に戻れます。」
「あなたをお守り購入者が捨てたら人に戻されます。」

「では、頑張ってください。」

俺はぼんやりした兄ちゃんに買われた。

さいふの中には3000円。
給料日前で金がないらしい。

金がないのにお守りを買うのか。
だから金がなくなるんだよ。

「あーあ、金運、恵んでくれよ?」

イイとも、恵んでやるさ。

手始めに落ちてる一万円札を恵んでやった。
次にパチンコで大当たりを恵んでやった。
最後は宝くじの一等を恵んでやった。

「ヒャッハー!大金持ちだ!!贅沢するぞー!仕事もやめだ!!!タワマンタワマン!!」

ぼんやりした兄ちゃんは汚い部屋からタワマンに引っ越すことになった。
掃除なんかしたことのない兄ちゃんは、業者を頼んで、引っ越しを完了させた。

「この箱の中身はどうします?」
「ああー、いらないもんなんで、捨てといて!」

ガラクタだらけの箱の中に入っていた俺は業者ごみに引き取られた。

「終了です。」

俺は人に戻れるらしい。

「捨てられてしまったので、あなたには金運を差し上げることはできません。」
「捨てられてしまったので、あなたが与えた金運も消滅します。」

鏡に、兄ちゃんの様子が映った。

どんどん減っていく通帳残高に気が付かない様子。
どんどん不要なものが増えていく様子。
どんどんドツボにはまっていく様子。

スゴイな、人ってこんなにあっという間に落ちぶれていけるもんなのか。

…俺は金運なんかいらないな。

そんなことをふと思った。


「時任美月さん、あなたはお守りになりました。」
「・・・はい?」

良くわからないが、私はお守りになってしまったらしい。

目の前に、ガラス…鏡みたいね。

紫色の袋の中心に、美の文字の書かれたお守り袋が浮かんでいるのが見える。

「あなたには美の力を与えます。その力を使って、お守り購入者と共に過ごしてください。」
「何でですか、いやですよ、元に戻してください。」

見ず知らずの誰かの面倒なんて見たくない。

「この任務を完了できたら、あなたに美の力を残しましょう、いかがですか。」
「この任務を敢行中は、あなたの時を止めます、いかがですか。」
「この任務を受けなければ、あなたには美の祝福がないままです、いかがですか。」

私には美の祝福がないというの?
…だから、こんなにもブスなのかな。

…少しでも、変われると、言うのであれば。

「わかりました。」

「あなたはお守り購入者に恵みを与えることができます。」
「あなたがお守り購入者に感謝をされたら人に戻れます。」
「あなたをお守り購入者が捨てたら人に戻されます。」

「では、頑張ってください。」

私は、ぽっちゃりした女子高生に買われた。

かばんの中にはキャラメルとチョコレートとビスケットにクッキー、プロテインバーにキャンディ、フリスク。

空腹が抑えられないらしい。
我慢する気がないのに、美を求めてお守りを買うんだ。
他力本願っていうんだよね、こういうの。

「あーあ、かわいく、なりたーい!」

イイよ、・・・恵んであげる。

手始めに、ちょっと肌をきれいにしてみる。
次に、目力を強力にしてみた。
最後は瞬間美をお見舞いしてみた。

「何これ、インスタの写真が別人!あたしめっちゃ美人!!!」

写真から人気に火が付いた女子高生は、シャッターを切る一瞬の美を、長くすることを願った。

奇跡の一枚を生み出したのは、ほかでもない自分あなた
この一枚は、あなたの中に存在するあなたの肖像。

「ランニング行ってきまーす!」
「待って、僕も行くよ!!!」

ぽっちゃり仲間の男子高校生と一緒に毎日運動をして。
気が付いたら、二人でずいぶんすっきりして。

良かったね、美男美女カップルの成立だ!

「ありがとう、あなたのおかげだよ!」

ずいぶんボロボロになった美のお守りに、奇麗になった女性は声をかけて…お焚き上げの火の中に投げ込んだ。

「終了です。」

私は人に戻れるらしい。

「感謝されたので、あなたには美の祝福を差し上げます。」
「感謝されたので、あなたが与えた美の祝福は続いてゆくことでしょう。。」

鏡に、女性の様子が映った。

とてもきれいな花嫁さんが、幸せそうに微笑んでいる。
少しぽっちゃりしたお母さんが、まるまるとした赤ちゃんを抱っこしている。
少しぽっちゃりした娘と一緒に、運動を楽しむお母さんの姿。
上品な女性が、幸せそうにまるまるとした孫の髪を梳いている。

スゴイな、人ってこんなに変われるものなんだ。
…私もきっと、変われるはず。

そんなことをふと思った。



「近藤学さん、あなたはお守りになりました。」
「・・・は?」

良くわからないが、僕はお守りになってしまったらしい。

目の前に、ガラス…鏡か。

紫色の袋の中心に、学の文字の書かれたお守り袋が浮かんでいるのが見える。

「あなたには学の力を与えます。その力を使って、お守り購入者と共に過ごしてください。」
「何でだよ、やだよ、元に戻せよ!」

見ず知らずの誰かの面倒なんて見れるか!

「この任務を完了できたら、あなたに学の力を残しましょう、いかがですか。」
「この任務を敢行中は、あなたの時を止めます、いかがですか。」
「この任務を受けなければ、あなたには学がないままです、いかがですか。」

僕には学がないっていうのか?!
…ふざけんな!!!

「ばかじゃねえの!!!」

「あなたはお守り購入者に恵みを与えることができます。」
「あなたがお守り購入者に感謝をされたら人に戻れます。」
「あなたをお守り購入者が捨てたら人に戻されます。」

「やらねえっていってんじゃん!!」

「ざんねんです。」

目の前の答案用紙は真っ白だ。
選択問題しか答が書けない。

全然分かんねえのに時間がもったいねえ。
早く終わんねえかな、デートしたい。

「あーあ、めんどくせー!」
「テスト中はしゃべらない!!!」

僕に向かってチョークが飛んできた。



「唐木愛さん、あなたはお守りになりました。」
「・・・はへ?」

良くわからないけど、あたしはお守りになってしまったらしい。

おかしいな、あたしはただ気休めになるようなお守りを買いに来ただけなのに。

目の前に、ガラス…鏡か。

紫色の袋の中心に、愛の文字の書かれたお守り袋が浮かんでいるのが見える。

「あなたには愛の力を与えます。その力を使って、お守り購入者と共に過ごしてください。」
「え、なにそれ、うっそ、ほんとに?!」

あたしが神様になれるってことかな?!

「この任務を完了できたら、あなたに愛の力を残しましょう、いかがですか。」
「この任務を敢行中は、あなたの時を止めます、いかがですか。」
「この任務を受けなければ、あなたには愛がないままです、いかがですか。」

うん、しってる!
あたしって愛されてないんだよねー!
だからかな、愛ってのが全然実感できなくって、全然理解できないんだー!

愛されてない、愛が何だかわかってないあたしが、誰かに愛を恵むってこと?……スゴイじゃん!

「やる!!やるやる!!やりたい!!!」

「あなたはお守り購入者に恵みを与えることができます。」
「あなたがお守り購入者に感謝をされたら人に戻れます。」
「あなたをお守り購入者が捨てたら人に戻されます。」

「では、頑張ってください。」

あたしは少しイライラした、寂しいおじさんに買われた。

さいふの中には数えきれない万札。
ご飯を食べる暇もないらしい。

誰一人として近くにいてくれないらしい。
寂しいなんて言う暇もないくらい忙しいらしい。

「愛、ね…。」

得意先の社長さんと行くことになった神社で、たまたま掴んだ、あたし。
無骨なかばんの片隅のポケットに入れられたままの、あたし。

愛って、どうやって恵んだらいいんだろう。
愛を、与える方法が、見つからない。

たった一人で生きているおじさんに、愛を与える手段が見つからない。

「・・・。」

おじさんは、何もない部屋に無言で帰って、無言で出勤していく。
何もできないまま、おじさんは年を重ねてしまった。

何もできないままのある日、愛用している武骨なカバンにキズが付いた。

「同じデザインのものを探しているのだが。」
「こちらにございます。」

几帳面なおじさんは、目立つ傷が付いてしまったかばんを買い替えることにしたらしい。

「古いのはどうしますか?」
「ああ、ここで入れ替えるから…処分を頼む。」

何もできないまま、あたしはおじさんと別れなければならないみたい。
だって、おじさんは、あたしを買ったことすら…きっと、忘れてしまっているはず。

「ネームはフルネームでいいですか?」
「イニシャルで…N,Sで頼む。」

ああ、一度も取り出してもらえなかった、手に取ってもらえたのは、買ったあの日の、たった一度だけだった。

「あ、なんか入ってます…これ、どうします。」
「…もらって、おこう。」

おじさんに手に取ってもらえたのは、二回目。

新しいかばんの片隅のポケットに、私はまた…収納された。
あたしは、今度こそ、おじさんに愛を与えようと。

パチ、パチ、パチ…。

ごうごうと燃える、お焚き上げの炎。

「…ありがとう。」

おじさんは、何もしていないあたしに向かって、お礼を言った。

「終了です。」

あたしは人に戻れるらしいけれども。

「感謝されたので、あなたには愛を差し上げます。」
「感謝されたので、あなたが与えた愛

「あたしはなにも・・・あげられなかった!!!」

あたしは、何もあげていない。

「お願い、あたしは、あのおじさんに、愛を与えに行きたい。」

鏡に、おじさんの様子が映った。

いつもと変わらない、孤独な様子。
いつもと何一つ変わらない、孤独な様子。

…あたしは、おじさんを、変えたい。

心から、願った。



「島本希望のぞみさん、あなたはお守りになりました。」

「・・・はい?」

良くわからないが、私はお守りになってしまったらしい。

昨年取引先の社長とともに訪れたこの神社で、何の気なしに手に取ったお守りを…処分し、新しいものを買おうと思っただけなのだが。

目の前に、ガラス…鏡か。

紫色の袋の中心に、希望の文字の書かれたお守り袋が浮かんでいるのが見える。

「あなたには希望の力を与えます。その力を使って、お守り購入者と共に過ごしてください。」
「私に…できるでしょうか。」

誰にも心を開けない私が…誰かの面倒なんて見ることができるはずもない。
孤独な毎日しか送ってこなかった私に…誰かを守ることができるはずもない。

「この任務を完了できたら、あなたに希望の力を残しましょう、いかがですか。」
「この任務を敢行中は、あなたの時を止めます、いかがですか。」
「この任務を受けなければ、あなたには希望がないままです、いかがですか。」

私には希望など、存在していないことは…知っている。
…希望という名を持つ私が、唯一持てなかった、もの。

…私が、希望というものを、得る可能性が、あるというのであれば。

「やって…みます。」

「あなたはお守り購入者に希望を与えることができます。」
「あなたがお守り購入者に感謝をされたら人に戻れます。」
「あなたをお守り購入者が捨てたら人に戻されます。」

「では、頑張ってください。」

私はにこにこした女性に買われた。

小銭入れの中には小銭がたくさん入っている。
あまり無駄遣いをしない人の様だ。

何を望んで、私を買ったのだろうか。
何かの縁だ、私は彼女の希望を叶えて…あげたい。

「…お願い、あたしに、望みを、ください。」

真剣なまなざしを受けて、私は力の限り彼女を応援することを誓った。

搾取する家族のもとで笑顔を欠かせない女性に、ささやかな微笑みをもたらす出来事を送った。
悪意に満ちた家族の目をつまらないはした金で眩ませて、自由な時間を与えた。

女性に、自分自身と向き合える時間を与えて、前を向く準備を整えさせた。

「ああ、これで、あたしは、やっと…探しに、行ける。」

女性は、小ぢんまりとしたアパートに引っ越すことになった。
何もない部屋で、女性はいつも私を握りしめて、空を見ていた。

「いつか会えるって、信じてる。」

女性には、思い人がいるようだ。
その願いを、かなえてあげたい。

私は心を込めて女性の願いが叶うことを祈ったが…。

願いは、叶う事は、なかった。

パチ、パチ、パチ…。

ごうごうと燃える、お焚き上げの炎。

「おじさんと同じ名前のお守り…ありがとう。あなたのおかげで、あたし…変われたよ。」

女性は、願いを叶えることのできなかった私に向かって、お礼を言った。

・・・私と、同じ、名前?

「終了です。」


私は、人に、戻れるらしい。

「感謝されたので、あなたには希望を差し上げます。」
「感謝されたので、あなたが与えた希

「私は!!!彼女の願いを叶えることができなかった!!!」

鏡に、女性の様子が映った。

独り暮らしのアパートに、恥知らずの家族が乗り込んで行く様子。
希望と書かれたお守りを毎年買って、前を向く様子。
希望と書かれたお守りを毎年お焚き上げの炎の中に投げ込む様子。

「この姿は?」
「これから、彼女が送る人生です。」

もしかしたら。

「これは、確定では、ない?」
「未来は、変える事ができるかも、しれません。」

もしかしたら。

「希望を得たあなたは、今から、何をしますか…?」

もしかしたら。

私は。

女性と出会うことを、心に強く…誓った。


パチっ…ぱちぱちっ…パンッ!!!

お焚き上げの炎が揺れる境内には、信心深い人々が集まっている。

神にまつわるものを天に送るために…お守りや神飾りなどが次々と投げ込まれ、炎の勢いはますます強くなっている。

お焚き上げの炎の勢いに夢中になっている人たちが、たくさん、溢れている。

いくぶんひっそりとした社務所には破魔矢やお札、お守りなどがずらりと並び、三人の巫女さんが微笑んでいる。

中年の男性が、何も買わずに社務所を離れた。
若い男性が、金運のお守りを買っていった。
妙齢の女性が、心願成就のお守りを買っていった。
若い女性が、美のお守りを買っていった。
若い男性が、学業のお守りを買っていった。

「嘘!!ない!!去年、買ったんです、ここで、希望って、希望って書いてあるやつ!!!」
「ごめんなさい、売り切れちゃったみたいで…。」

社務所に小柄な女性の声が響いている。
…どうやら、求めていたお守りが品切れており、落胆しているようだ。

諦めきれない様子で、お守りの並ぶケースの中を、必死に探している。

そこに、背の高い男性がやってきて、隣に立った。

「…愛と書いてある、お守りはありますか。」
「ごめんなさい、売り切れちゃったみたいで…。」

…どうやら、求めていたお守りが品切れており、落胆しているようだ。

男性は、少し落ち込んでいたが、何も言わず、社務所から離れようとした。

離れようとした、その時。

何かが、男性の足に、絡まって。
何かが、女性の手に、絡みついて。

男性は、その場に、立ち止まってしまった。
女性は、手に持っていた小銭入れを落としてしまった。

チャリ、チャリチャリンっ!!!!!!

小銭入れが、男性の持つ、武骨なカバンを直撃し。
あたりに、硬貨が散らばった。

「ごめんなさい、高そうなかばんに、傷が、傷が・・・!!」
「いいよ、君こそ、小銭が・・・。」

小銭を拾って、女性に手渡した男性の視線が。
小銭を受け取って、男性を見つめる視線と、重なった。

「…ああ、なんだ、お守りが売り切れてるわけだ。」
「…売り切れてた、わけね!」

「「ここに、いるから。」」


この神社には、たくさんたくさん、お守りがあるが。

実に不可解なことに。
縁結びのお守りが、ない。

…縁結びのお守りがないというのに。
なぜか、この神社で、出会いを得るものが、たくさんいるらしい。

この神社には、たくさんたくさん、お守りがあるものの。

一文字だけ記されている、お守りがボチボチ置かれているらしい。

夢、子、哲、太、由、勝、正、健・・・ずいぶん売れ残っている、お守りもいくつかあるらしい。

ずいぶん、頼りになるお守りもあれば…どうしようもないお守りも、あるらしい。

一生懸命願って、ひたむきに努力をして、心から感謝出来たら…人生が、変わることも、あるらしい。

たかがお守り、されどお守り。

お守りに手を伸ばしたのなら、きちんとお守りに誠意を見せましょう。
お守りに手を伸ばしたのなら、きちんとお守りに感謝をしましょう。

それが、お守りを世に出した…わたくしからの、お願いです。

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