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エベレーター

 このところ、超ウルトラスペシャルハードな過密スケジュールのもと、じたばたしている。

 どれくらい時間がないかというと、お風呂に入ってゆったり温泉の元の香りを楽しむ間もなくシャワーで髪を洗い、リンスをすることなくキシキシの頭をタオルでぐるぐる巻きにしてそのまま寝室に向かい、スマホのメールチェックをしているうちに寝落ちし、煌々と輝くシーリングライトの中目覚めるありさまである。くそう、電気代ェ……。

 朝は毎日五時起き、娘のお弁当を作り洗い物をし、洗濯機を回して乾燥機にぶち込み、トイレ掃除をして息子と一緒にウォーキングへ。このタイミングで娘が出勤するので笑顔で送り出す。

 体重過多の息子と私は毎朝公園に行ってラジオ体操をして帰ってくる。この一時間が割と重要なのだ。単に食事を減らすだけの瘦身などもってのほか、我が家は運動してカロリーを燃やすことを良しとする家なのである。

 一時間のウォーキングを終えた後、玄関にほったらかしになっている旦那の道具を片付けたりしていると、あっという間に息子の登校時間になる。息子を笑顔で送り出し、朝っぱらからカレーパンにかぶりつく旦那をスルーして実家に向かう。急がないと父親のデイのお迎えの人が来てしまうのだ。

 なんかもう本当に忙しいんだよね、座ってご飯を食べる暇がない、今日も親の病院が二件あるし、明日は町内会に行かなきゃいけない、しかも今日はデイの送り届けの人がいないから迎えに行かなきゃいけないし、そういえば新しいこたつを買って来いという命令も下っていたな、もちろん毎日の買い物には連れて行かなきゃいけないし、本当に余裕がない。くそう、急ぎの入力の仕事があるんだけどな、いつやればいいんだ…とりあえずスーパーがオープンするまでの30分間は文字が打てる、この間に納品すれば何とか…。朝ごはんは親が買い物中にさくっと食うか……。病院の待ち時間に取引先に電話して、ついでに昼めし食って…早く病院が終われば別件の仕事に着手できるな、混んでないといいけど。

 実家につくまでの十分間に綿密な計画を練り、マンションのエントランスに入ると…うん?なんか、人だかりが……。

「おうい、たいへんだぞ!」

 なにやら、ニコニコとした父親が、デイのお迎えの人と一緒にいる…。
 その横には、お隣さんに…七階のセントバーナードも居るな。見たことない親子がいる、何階の人だろ。

「あ、おはようございます、なんか、エレベーターが壊れちゃったみたいで…。」
「乗ったらさあ、めちゃめちゃ変な音がしてさあ、二階で緊急停止してしまったんだわ。」

 なんと、父親とデイのお迎えの人が乗ったエレベーターは、おかしな位置で止まって、つい先ほど救助?されたばかりなのだという。休み休み階段を下りてきたところで、私とすれ違ったらしい。…閉じ込められなくて良かったね。

「帰ってくるまでになおっとるかなあ…五階まで登るのはきついぞ……。」
「勝さん、帰ってくるころに直ってる事を祈りましょう、とりあえずもう行く時間なんで、ね?」
「まあ、心配してもなるようにしかならないよ、とりあえずいってらっしゃい、お迎えは行きますからね。」

 父親を見送り、階段で五階の部屋までむかう。まずいなあ、母親の病院が午前中と午後にあるんだけど、エレベーターが使えないとなると行けないぞ。

 母親は足が悪いので、階段を上り下りすることが難しい。かといって、私がおんぶして五階から一階まで連れて行けるのかというと…無理だろうなあ。母親はしがみついてはくれないだろうし、ただでさえ不満を口にしては怒りを撒き散らすタイプだ、どう考えても大人しく運ばれてくれるはずがない。……病院は延期だな。買い物も行けない、説明しないといけないのか…地味にめんどくさい。

「ふん!じゃあ薬貰ってきて!あとスーパーで寿司と牛乳、饅頭かってきて!」

 病院に電話をし、薬をもらいに行き、その帰りにスーパーに寄って買い物をして戻ると。

「この寿司じゃない!卵焼きの大きいのが入ってるやつがいい。あと牛乳のメーカーが違うわ、饅頭もまずそうだし。買い直してきて!」

 楽しみにしている毎日の買い物に行けないからか、我侭がすごい。きっと家に閉じ込められてしまうストレスを、私をこき使うことで発散しているのだろう。こんな事を繰りかえしていては自分の仕事をする時間がなくなってしまうので、目に付いた寿司をすべて買い込み、残っている牛乳と饅頭を全種類買って大荷物を抱えたまま五階まで階段を上った。

「いらない分は私が持って帰るから、好きなの持ってって。これしか売ってなかったから、もう買いにいけないからね。」
「ふん、明日の朝食べるで全部貰うわ!」

 一応納得してもらえたので、急いで仕事に取り掛かる。予想外に時間が使えるようになったので、いつもよりいい仕事をすることができた。
 地味に病院二件と買い物に行かずにすんで、作業時間がかなり確保できたのだ。

 いつもみたいに追い込まれて仕事をするわけじゃないので、非常に心に余裕ができて、仕上がりもかなり良い。大満足で納品を済ませ、バキバキと鳴る背中を伸ばすためにフローリングの上に仰向けになって全身ストレッチなど。

 そして、そのまま寝ちゃったんだなあ…。

 五階までの往復が疲労感をもたらしたらしい。

 はっと気が付いたら、父親をお迎えに行く時間だった。

 私は急いでエレベーターに乗り込み、父親を迎えにいった。


「エレベーター、直っとったか!」
「うん、五階まで登らなくて済みそうだよ、良かったねえ。」

 ニコニコしながら、マンションのエントランスに向かうと。

「あれ?なんか人がおるなあ、どうしたんだ。」

 エレベーター前で作業をしている人がいる…また壊れちゃったんだろうか。

「あのぅ…エレベーターって……。」
「あ!!すみません!今全力で直してるんで…あと十分ほどで乗れます!朝からずっとご迷惑をおかけしてて…」

 ……うん?

「え、さっき…乗れましたよ。一回直ったんじゃ?」
「いえいえ、朝からずっとこの調子で…」

「はーい!!オッケーでーす!!!」

 目の前でエレベーターのドアが開き、中から作業員のお兄さんが……。

「お待たせしました!もう大丈夫ですよー!はい、お乗りください!」
「おお、ありがとさん。」

 ニコニコした父親とともに、エレベーターに、乗り込む……。

 私、さっき……エレベーターで、下りた、ような。

 ……なんだ、これ!!!

 ……チン!

 エレベーターはいつも通りに五階に止まり。

「今日の弁当は何だろうなあ、今日さあ、デイで鶏肉が出てさあ……!」
「ああ…もうじきに届くね、うん……。よかったねえ、好物が、出て……。」

 気もそぞろで、父親の声に言葉を……返す。

 ……疲れすぎかなあ?
 ……疲れすぎだよねえ?

 ……まさか、おかしな世界線に迷い込んでたりしないでしょうね。

 例えば、こう…、母親がやさしくなっている世界線に、来ていたりとかさ。忙しくない毎日を過ごせるようになってるとかさ。なにそれ!めっちゃ良いじゃん!

 …って!ちょっと待て、ひどくなっているパターンの可能性も?!

「おうい!帰ったぞー!」

 …ガチャ!

 ドアを開けた、私と父親が対面したのは……。


私が乗ったのは、たぶんエレベーターじゃなくて、エベレーターだったんですよ。


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