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考察


 ……この、茶色い物体は、何か。

 アスファルトにへばりつく、茶色い、物体。

 ほのかに漂う、不愉快な感情。
 ほのかに漂う、不愉快な臭い。
 ほのかに漂う、不愉快な時間。

 朝一番の、爽やかな空気が溢れる田舎町の歩道に…堂々御座した、茶色い、物体。

 私の足の裏に、突如えもいわれぬ感触を与え。
 私の心の内に、先鋭な嫌悪の刃を突き刺し。
 私の頭の中に、続々と混沌の感情を溢れさせ。

 ……なぜ、こんなものが、こんな、場所に。
 ……なぜ、こんなものを、私は。

 私は、空を…仰ぎ見た。

 おもむろに、手の平で、顔を覆い。
 己の、不注意を、心から、悔やむ。

 ……ああ、なぜ。

 なぜ、私は、茶色い物体に、気づけなかったのか。
 なぜ、私は、茶色い物体を、踏んでしまったのか。

 ……この、茶色い物体は、一般的に、排泄物と称されるものである。

 おそらく生産したのは……ネコ目イヌ科イヌ属に分類される哺乳類の一種。
 おそらく生産されて……まだ、間もない。

 この、茶色い物体は…一般的に、不愉快極まりない存在である。

 見て嫌悪感を沸き立たせ。
 頭に浮かべて悪寒を呼び。
 足で踏みつぶして焦りを覚え。

 己の不注意に、怒りを撒き散らす事も、できず。

 くそ忌々しい茶色い物体を、砂利の上で足の裏をゴリゴリやりながら、刮げ落とす。
 くそムカつく茶色い物体を、水たまりの上澄みに浸してちゃぷちゃぷやりながら、擦り付ける。
 目まぐるしく入れ替わり立ち替わり巡る感情をもて余しつつ、ただ、ただ、右足を、小刻みに震わせる。

 ……靴の裏だけで済んで、良かった。
 ……被害が最小限で、良かった。

 ……ああ、感情が、穏やかさを取り戻しつつ、ある。

 ……なかなか、踏めるもんじゃない。
 ……ある意味、いい経験になった。

 茶色い物体が、糞であると認識するから……不愉快、なのだ。

 命の中を駆け抜けた一握りの情熱と考えれば、尊い物語が、見えては来ないか。
 このあと土に混じり地球の一部となっていくと考えれば、壮大な物語が、見えては来ないか。

 不快な感情を抑え込むには、愉快な感情を揺さぶるに限る。

 持ち前の豊かな妄想力で、悲劇を上書きする。
 いい訳じみた考察力で、惨劇を上書きする。
 ねじ曲がった語彙力で、寸劇を上書きする。

 ……私は、傷ついてなど、いない。

 誰だって、糞の、一つや、二つ。

 ……私は、へこんでなど、いない。

 誰だって、糞の、三つや、四つ。

 ……私は、悲しんでなど、いない。

 誰だって、糞の、五つや、六つ。

 ……私は、落ち込んでなど、いない。

 いないんだから、ね……。

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