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交差点


 まだ薄暗い、朝一番の、交差点。

 時刻はまだ、5時半。
 あたりに、車は、ない。

 静まり返る、まだ夜の気配が残る街。

 私を照らしているのは、信号の、光。
 緑色の光が、闇夜に慣れた私の目の奥を、刺激する。

 パカ、パカ、パカ、パカ……。

 歩行者信号が、点滅を始めた。
 ああ、今から…この信号は、赤に、変わる。

 ……急いで渡るべきか、立ち止まる、べきか。

 走れば、間に合うかもしれない。
 けれど…朝一番の、ぎこちなさのある体で…全力疾走する気には、なれない。

 ……歩行者信号が、赤に変わった。

 私を照らす色も、赤に変わる。


 高い位置にある、三色の信号が、黄色に変わった。

 鮮やかな黄色が、目に…眩しい。
 ……ああ、信号を、渡ってしまおうか。

 けれど、もうじき、赤に変わって、しまうから。


 高い位置にある、三色の信号が、赤に変わった。
 赤い色が、私の目に…染みる。

 ……赤は、危険な、色。

 赤は、渡ってはいけない、印。
 赤は、立ち止まらなければならない、印。

 あたりに、車は…ない。

 信号は赤だが、向こう側へ渡ることは、できるだろう。

 ……けれど、赤い、光が。

 ここは、渡っていいものではないという事を、示している。
 ここを、渡っていいと思っているのかと、問うている。
 ここは、渡ってはいけないのだと、伝えている。

 赤い光の、力強い輝きが。

 ここを渡っていいのかと。
 ここを渡れるのかと。
 ここを渡るのかと。

 目の奥に赤く焼き付けられる、信号の光が。
 無言で私に圧力をかけるのだ。

 お前は、私の光を、越えて行こうというのかと。
 お前ごときが、私の光を、越えて行こうとするのかと。

 ……ああ、今日も私は、信号に、従う事しか、できない。

 緑色に変わった信号を、ゆっくりと…渡り始めた。

 道と道が、交差する、この、場所。
 誰もいない交差点を、一人ぼっちで…渡る。

 緑色の光が、目に、眩しい。
 ……緑は、とても心地の良い…光。

 今、この道は、渡っていいのですよという、優しさを感じる。
 今、この道を、渡ることができるのですよという、安心感がある。

 ルールを守ることは、とても…気持ちの良い事だ。

 緑色の温かさに照らされながら、交差点の中ほどまで、歩みをすすめた、その時。


 ……ぶぅうぅうう、ぶぅうううううん!!!!!!!!

 闇の向こうから、眩しい水色の光が迫った。


 車の進行方向の信号は、赤だ。

 大きな音を立てる車は、ルールを守って、止まるはず。


 ぶぅうぅうう、ぶぅうううううん!!!!!!!!

 眩しすぎる、水色の光、白い煌き、オレンジの灯火。


 ……ああ、この車は、もしかして。

 信号を、守らない………?


 私を照らす、車のヘッドライト、フォグライト、スモールライト。


 ……ああ、眩しい。

 ……本当に、眩しい。


 目が、眩んで、しまったから。


 ……避けることが、できなくて。


 ドぐワッシャあアアアアアアアががががアアアアアんん!!!!!


 ああ……信号を守らないから、私の体にぶつかってしまった。

 交差点の中央に飛び散る、中央分離帯と車の破片、コンクリート片、外れたタイヤ。


 そして…ぬるりと車体の中から、浮きだした……ピチピチの、魂。


 私はそっと舌を伸ばして、魂を、啜ろうと。


 ……ああ、抜けかかっているだけ、か。

 ……往生際が悪い。


 赤の警告を無視するくらいの力強さがあるくせに。
 魂の分離には、ずいぶん…女々しいこと。

 ……みっともない。


 私は、肉片に繋がっている魂を噛みきって、ずるりと吸い込み。

「ごちそうさまでした。」

 信号を渡り終えたその場所で、両手を合わせた。

 ……私は、正しい人として、生きていきたい。

 食後のあいさつも、ちゃんとしたいタイプなのだ。


 ……ああ、そろそろ、夜が明ける。


 闇が薄くなる前に、紛れなくては……。


 私は、交差点の向こう側に広がる……街灯のない路地裏に。

 そっと、身を、隠した。


信号は守ろうね!!!


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