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「ありがとうございましたん♪」

レジのお姉さんが、熱々の肉まんの入った袋を差し出した。

「君持ってってよ、買ってあげたんだし。」
「お母さん両手空いてるじゃん!あたしめっちゃ荷物持ってるのに!!」

財布をしまいつつ、横でムチムチ…いや、ニコニコしながら立つ娘を促して、荷物を持たせようと一歩後ろへ下がる。

「この、肉まんは…重量感があるから、重くて…体の弱い、老いて体力をなくした私じゃ、持てないよ……げほ、げほ…。」
「めっちゃ大ウソつきじゃん!今の今まで二時間一緒にウォーキングしてたじゃん!!」
「ちょっと何言ってんだかわかんないですね。」

「あら、ウフフ、またいらしてくださいねン♪」

ずっしり重い肉まんは、無事娘が受け取ってくださった。

あとは一刻も早く帰宅して、熱のさめぬうちに食さねばなるまい。
薄暗い空の下、私と娘は新装オープンの中華料理店を後にした。

……風が強い日の空は、実に変わりやすい。朝方家を出た時は、青空の端に少々のもくもく雲を見ただけだったのだが…、今は頭上に鮮やかな色を見ることはできない。

間もなく、雨が降ってくるに違いない。
おお、雨よ、どうかあともう少しだけ、降るのを躊躇ってはくれまいか。

「ねーねー、何か一つくらい荷物持ってよー!」

赤信号で空を見上げて感傷に浸る私の耳に、センチメンタルの欠片もない、パワー漲る迫力のある声が聞こえてきたぞ!

「君の欲しい物ばかりなんだから、責任取って全部お持ちなさい。」

娘の手には、先ほど買った肉まんの袋と、コンビニで買ったプリンの袋、本屋で買った漫画の入った袋に100円ショップで買った駄菓子の入った袋…そして腰には折りたたみ傘とウェストバッグ。

総重量はおよそ二キロほど、全て娘が所望し、私がお買い上げして差し上げた品々である。

「だってお母さん右手空いてるじゃん!…って!両手で傘持たないでよ!!!」

なんだもう、騒がしい人だな。

「私は両手が塞がってるから、君四本目の手で持てばいいじゃん、ほら、あなたの背中に堂々生えている、何も持っていない四本目の手がそこに!!!」
「なにいってんの!!そんなのないし!!」
「見えないなら、気付けないなら…仕方が、ない…。目に見えてる二本の手で、しっかり自分の荷物持ってね!!」

お、信号変わった、緑は進め、れっつらごー♪

「お母さんがヒドイ!待ってよー!も~、先に行ってやる!!」

両手に袋を多数下げて私を追いかけ、これ見よがしに抜き去った娘の背中には……手が、二本。

そう、娘は気づいていないけれども、その大きな背中には、三本目の手と、四本目の手があるのだ。

三本目の手はしっかりと「目標」をつかんでいるので荷物を持つことはできないけれども、四本目の手は今フリーでふらふらとしている。
持とうと思えば、荷物くらい持てると思うんだけどなあ……うん、無理か。

「あーもう、変なこと言ってるうちに家に着いちゃったじゃん、も~、プンプンなんですけど!!お母さんの分も全部食べちゃお!!!」

怒り心頭で玄関を開ける娘の背後には、なにやら…ぴょこぴょこと、忙しないものがうろちょろしている。

「食べてもいいけどさあ、…健康診断が近いとか言ってなかったっけ?なるほどねえ、体重増で挑むわけですか、ずいぶんと好戦的ですね!成長期の無鉄砲、恐れ入る……。」
「なんか今日お母さんがひどすぎる!!!わかりました、自分の分だけでいいです!!プンプン!!」

「おかえり。」

ニコニコと私と娘を迎えた息子の背には、夢をつかんでいる三本目の手が。

「お土産あるよ!いっしょに食べよう!」
「ありがとう。」


肉まんを食べて、ウーロン茶を飲み終わる頃、キッチンから外を見たらきれいな虹がかかっていた。

「虹だ!」
「うわ、すごい、二重になってる!写真撮ろ!」

テンション高く、ウッドデッキに飛び出していく姉弟!元気いいな…。
摂取栄養素が全国平均を大幅に上回っているだけのことはある。

私も、少々後れ馳せながら、ウッドデッキに向かわせていただく……。

実にくっきりとした虹だ。さっきまで雨が降りそうだったのに、いつの間にか雲はどこかに行ってしまったらしい。もう雨は降らないかな?
……ならば。

「ごめーん、ついで!キュウリ採るの手伝ってー!」

「へいへい。」
「はい。」

娘と息子を引き連れて、裏庭のキュウリ棚へと向かう。

我が家の家庭菜園は今年も豊作でさあ、とってもとってもキュウリが生えてきて、毎日収穫に追われているのだな。このところの雨続きで、キュウリの成長が半端なくてですね。

「全部で23本か、丸まってるのはうちで食べるとして、二本づつ袋にいれて十袋……、じゃあね、このキュウリ、今からご近所さんに配りに行くから、ハイ、手分けしてお持ちください。」

娘と息子にキュウリ袋をもたせると。

「もう持てないよ!あたし四つも持ってる、お母さん持って!!」

たかだかキュウリ八本で何をおっしゃる。

「そこはほら、君四本目の手が。」
「ないって言ってるじゃん!!」
「僕あと二つ持てそう。」

騒がしくご近所さん巡りをさせていただき。

家に帰る、途中。

娘の、背中の、四本目の手に何かが握られている事に気がついた。

「ねー、さっき藤島さんちにさあ、すごく気になるモノあったんだけど!」
「うん?気になるならその場で聞けば良かったのに。」

娘の背中の手が、握っているのは……「えん」か。

「だっていきなり聞いたら失礼かと思って!」

……縁を握っているから、多少無理しても、大丈夫そうなんだけどな。ほのぼのした色だから、悪いもんでも無さそうだし。

「藤島さんミニテニスやってるから、お父さんに聞いてみたら!ひょっとしたら何かしってるかも?」
「マジで!うわ、絶対聞こ!」
「なに聞くの。」
「あのね、貼ってあったポスターがね、あれ絶対……」

やけに盛り上がる姉弟と共に家に向かう…もう夕焼けの時間か。
そろそろ晩御飯の準備を……。

「あ、お帰りー!家にカギかかってて入れなかった!早くあけてー!もれちゃうよー!」

玄関前でどすどすと足踏みしている旦那!

「お父さんお帰り!あのさあ、藤島さんってしってる?あの人……「ゴメン!まず出すもんだしてから!」」
「忙しい。」

あいた玄関ドアの向こうに向かう、旦那の背中には……しっぽと藁とあれはなんだろう、汗か。阿修羅もびっくりの手が、手が、手がー!

わりかしとんでもないもんも実に気楽に握っているな。「クズ」は手放してもらわねば困る、「甘え」もでかすぎやしませんか、自己肯定力が高すぎるのは「自信」握ってるからだな、すぐに首を突っ込むのは「積極」が悪い感じに影響していて、他には、他にはーーー!

「ふひー!でたでた!で、なに?」
「さっきまで藤島さんのところにいて……」

話す端から、何も持っていない手が伸び、またなにか握っている。

……なんと言う貪欲かつ遠慮のない手なんだ。

私は、図々しい旦那の手をはたき落とすため、自分の手を……のばしたのだった。


こんなかんじでいろんなもんを握ってる(掴まされている)イメージっす。


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