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ばけもの

 わんわんはちいさないぬ

 赤い月の昇った晩に、世界の狭間に生まれたいぬ
 モコモコとした毛皮と、キラキラ光る目を持つ、かわいいいぬ

 ちいさないぬは、小さな女の子と出会った

 二人はいつも一緒

 わんわんは小さな女の子のほっぺをぺろぺろとなめた
 小さな女の子はわんわんの頭をぽんぽんした


 ワンワンはちょっと大きくなった
 小さな女の子より、大きくなった

 ぼこぼこした体と、ギラギラ光る目を持つりりしい犬

 りりしい犬は、小さな女の子と一緒にいた
 二人はいつも一緒にいた

 ワンワンは小さな女の子の頭を優しく噛んだ
 小さな女の子はワンワンの背中をバンバンした

 ワンワンは、ずいぶん大きくなって、大人達に嫌われた
 小さな女の子は、女の子になって、大人達に怒られた

 あいつに近づくな
 あいつを連れてくるな
 あいつから離れろ

 嫌われた犬は女の子が大好きだった
 女の子がいればそれだけで良いと、大人たちの声を聞かなかった

 怒られた女の子は犬が大好きだった
 犬がいればそれだけで良いと、大人たちの声を聞かなかった

 バケモノがくるのはこいつがいるからだ
 こいつがいなければバケモノは来ない

 バケモノがくるのは困る
 こいつがいなくても困らない

 嫌われモノの犬は、女の子が大好きだった
 女の子がいれば、それだけで、良かった

 女の子は、犬が大好きだった
 犬のことを思って、天に昇った

 もうここに娘はいない
 もうここにバケモノがくることはない
 もうここに恐ろしいものは来ない

 もうここは安全だ

 犬は、女の子が大好きだった
 犬は、笑う女の子が大好きだった
 犬は、怒る女の子が大好きだった

 犬の寝床に、動かなくなった女の子が投げ込まれた

 犬は、何度も女の子のほっぺをなめた
 犬は、何度も女の子の頭を優しく噛んだ

 女の子はただの肉だったので、頭をぽんぽんすることも、背中をバンバンすることもしなかった

 犬は、女の子だった肉を噛んだ
 犬は、女の子だった肉を噛み砕いた

 犬は、女の子だった肉を食らいながら泣いた

 バケモノは、肉を食らいながら、腹が満たされるよろこびを知った

 森の獣とは違う、濃厚な
 海の魚とは違う、甘い
 空の鳥とは違う、瑞々しい
 緑の草とは違う、クセになる

 バケモノは、腹を満たすために、肉を求めるようになった

 動かない肉
 動く肉
 騒ぐ肉
 逃げる肉
 攻撃する肉
 一箇所に集まる肉
 隠れていた肉
 隠されていた肉
 覆い被さる肉
 干からびた肉
 小さな肉

 肉

 肉

 肉

 肉

 世界から肉がなくなったので、バケモノは獣を食らうようになった
 世界から獣がなくなったので、バケモノは魚を食らうようになった
 世界から魚がなくなったので、バケモノは鳥を食らうようになった
 世界から鳥がなくなったので、バケモノは緑を食らうようになった

 バケモノは、腹が空いている

 バケモノは、腹が減ってたまらない

 緑ではない、鳥が食いたい
 鳥ではない、魚が食いたい
 魚ではない、獣が食いたい
 獣ではない、肉が食いたい

 バケモノは、腹を満たすことしか考えられない

 今まで食らってきたものを思いながら、枯れた緑を食む
 今まで食らってきたものを思いながら、わずかに残る緑を食む

 バケモノは、間も無く腹を満たせなくなることを知らない

 命の消え失せた、この世界で、ただ一匹
 命の消え失せた、この大地で、ただ一匹
 命の消え失せた、この星に、ただ一匹

 じりじりと、太陽に照らされて
 ごうごうと、砂嵐に吹かれて

 バケモノは、自分がわんわんと呼ばれていたときのことを思い出しながら

 目を……閉じた

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