だいすき
同じクラスの女子に恋をした。
……はじめはただ、かわいいなあと思っていただけだったのに。
いつの間にか目で追うようになっていた。
いつの間にか耳が声を拾うようになっていた。
それとなく、女子の見ているものをチェックし、同じ雑誌を探してみたり。
それとなく、女子の口遊む曲をチェックし、自宅で何度も聞いてみたり。
毎日髪形を整え、女子の視界に入るように心がけた。
毎日予習を欠かさず、女子の耳に俺の発言を届け続けた。
偶然、同じ委員会になった時には、神に感謝というものをしてみた。
毎週、顔を合わせることはや数ヶ月。
ずいぶん、仲良くなったと、満足していたのだが。
ちょっとばかり、欲が出てしまったのだ。
……どうにかして、女子から『大好き』という言葉を、もらいたい。
手を変え品を変え、女子を夢中にさせるべく奔走した。
誕生日サプライズに甘い言葉、ときめく手紙にとっておきの景色、甘い歌声に穏やかな時間……。
「だ、大好きなんだからね?!」
僕が女子から初めて引き出した『大好き』は、ずいぶんツンデレな大好き、だった。少し勝ち気で、でも泣き虫……そのギャップにメロメロだった。
くるくると変わる表情にずいぶん翻弄されつつ……どんどん女子の魅力にドはまりした。
「だーい好き!」
ちょっとくらいケンカしても、この一言ですぐに僕は女子を許した。
ちょっとくらい腹立たしいことがあっても、この一言があれば女子を許せた。
「ふふ……大好き。」
僕の横で、僕への愛を隠すことなく披露する女子。
人目を憚らず、僕への愛を堂々と披露する女子。
「……大好き。」
いつだって、呼吸するように僕への愛を口にした。
「大好きよ?」
いつだって、僕への愛を確認した。
「大好きって言ってるでしょう?」
いつしか、僕への愛を疑い始めた。
「……大好きだから。」
長年一緒に過ごしたからわかる、僕にしか聞き分けることのできない、微妙な大好きの変化。
この大好きは、僕の知る『大好き』では、ない。
僕の求める、『大好き』を再び、手にいれるために。
手を変え、品を変え。
閉じ込め、囲い込み、言い聞かせ、手取り足取り。
「大好き……。」
「大好き、だよ?」
「ふふ、大好き!」
「大好き、大好き、だーいすき!」
「大好き!」
何をしても。
何を言っても。
何もしなくても。
「大好きなんだよぅ……。」
「だだだだだいすき!」
「大大大好き大大好き!」
「うふふ、大好きなんだってばあ……。」
聞こえて来るのは、僕の望まない、偽りの『大好き』ばかり。
……いろんな『大好き』を聞いてきたけれど。
僕の求める『大好き』は、聞こえてこない。
今日も、僕は、僕の求める『大好き』を聞きたいと願い、女子に問いかける。
「僕の事、好き?」
「僕の事、だーいすき!」
「大好きだよ、大好きなんだってば……」
「大好き、大好き、だだだだだだだ!」
僕は、僕の望まない『大好き』しか言わなくなった、愛する女子を、抱き締めた。
「だい、だ、だ……。」
僕は、僕の望まない『大好き』が言えなくなった、愛する女子を、抱き締めた。
「……。」
僕は、愛していた女子を抱き締めたまま、目を閉じた。
人は誰しもいろいろと間違えてしまうものなのだ…。