不出来
トカゲを見つけた。
まだ、小さなトカゲだ。
夏の日差しを浴びて、キラキラと輝いている。
……トカゲのくせに、輝いてやがる。
ギラギラと照り付ける、憎たらしい夏の太陽の光を反射させて……輝いてやがる。
俺がこんなにもしょぼくれているのに、こいつはこんなにも……輝いていやがる。
……腹が立つ。
俺など、一度も輝いたことがない。
……腹が立つ。
俺は、一度も輝かずに生きてきたというのに。
……腹が立つ。
こんな小さな爬虫類でさえ輝いているというのに、俺は。
忌々しい。
ザ、ザザッ……!!!
足を素早く踏み出し、トカゲを踏み潰した。
靴底に、踏み潰した……感覚。
……ふん、命なんてもんは、あっという間に消えるんだ。
俺の前でキラキラしてたのが、運の尽きだったな。
足を、上げる。
じたばたと、しっぽがのたうち回っている。
トカゲが、一目散に逃げだした。
……トカゲは、生きていたのだ。
ちょうど靴底の凹んだ部分で体がつぶされずに済んだんだな。
けっ…、運のいい奴だ。
俺は、トカゲに逃げられてしまった。
息の根を止めることができずに、見逃してしまった。
あのトカゲは今頃、草の影で舌を出しているのだ。
逃げ出してやったぜと、俺を馬鹿にしているに違いない。
小さな爬虫類にすら、俺はバカにされてしまうのか。
こんなことなら、動かなければよかった。
無駄に体力を使ってしまった。
……苛立ちが増す。
だが。
ふと、トカゲの生態を思い出して、口角があがる。
逃げ出せた?
……はは、これから地獄の始まりじゃないか。
あのトカゲは、これから一生、不出来なしっぽを抱えて生きていかねばならないのだ。
トカゲは、一度しっぽを切ったら、骨のないしっぽしか生えなくなるのだ。
トカゲは、一度しっぽを切ったら、一度切れた場所からしかしっぽを切ることができなくなるのだ。
トカゲは、切れたしっぽを再生するために、エネルギーを費やさねばならなくなるのだ。
ごく普通に生きていけるはずだったトカゲを、憐れなトカゲにしたのは、紛れもなく、俺だ。
トカゲは、俺に一生を台無しにされたのだ。
トカゲのエリートになれたかも知らないはずなのに、残念だったな。
ま、どうせ俺が見逃したところで、さえない運命だよ。
せいぜいできの悪いしっぽを抱えて、無様に生きていくんだな。
またどこかで出会ったら、お前の不出来を笑い飛ばしてやるからよ!
小さな爬虫類の一生を台無しにしたことに喜びを感じた俺は、勢いのなくなったしっぽを勢い良く蹴り飛ばした。
ホンの少しばかり気分が良くなった俺は、照りつける太陽なんぞに負けねぇぞと、一歩、踏み出し……。
―――見ろよ、お前が人生潰した人間だぜ!
―――なにそれ、覚えてねーし!
―――すげー、まだ生きてたんだ!
―――運命再生しててウケる!
―――ああ、むしゃくしゃしてた時に運命ちぎったやつか!
―――悪い事するなあ、全然出来損ないに育ってるじゃん!
―――運命なくてもそれなりに生きていけるんだなあ、無様www
―――こいつの投げ捨てた運命、めっちゃ飛んだんだよ!
―――あの運命があれば、今頃成功してたのに気の毒な……。
―――はっ!こいつがエリートになんかなれるわけねーよ!
―――俺が見逃していたとしても、どうせうまくいってねーよ!
―――せいぜいできの悪い運命抱えて悶えて力尽きりゃいいんだよ!
―――ぎゃはは!ひでーやつ!
―――あはは!まちがいねー!
―――フフフ、確かに……!
―――つか、再生とかしゃらくさくね?
―――おいおい、まさかの?
俺は、照りつける太陽に、じわじわとなぶられながら。
ごくりと、つばを、飲み込んだ……。
トカゲのしっぽはね、大切なものなんだよ…?
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