トライセクターリーダー

NPO・企業・行政のリーダーシップ比較と、今後のNPOの可能性

少し前、「トライセクター・リーダー」に関する研究紹介をFacebookに投稿したところ、色々な方より反響・コメントいただきました(ありがとうございます<(_ _)>)

なので、そこで出た議論を踏まえて、もう少し詳しく、研究内容や実務的な所感についてシェアしたいと思います。

とってもマニアックな内容ですが、セクターを越えた協働やリーダーシップについて興味ある方への参考になれば!

1.「トライセクター・リーダー」って?

そもそも「トライセクター・リーダー」というコトバは、2014年のHarvard Business Reviewで紹介されてから、2016年頃くらいまで、HR領域やソーシャルセクターで特によく使われていた記憶があります。

「トライセクター・リーダー:社会問題を解決する新たなキャリア」
(Harvard Business Review 2014年2月号)

http://www.dhbr.net/articles/-/2331

大まかには、「ソーシャル・ビジネス・パブリックの3セクターでリーダーシップを発揮できる人材が重要」というコンセプトで、特に社会課題を解決するために、各セクターを連携できるリーダー像を模索する中で生まれてきた考え方です。

ただ、個人的には、前回のFB投稿の通り、このコンセプトや、そこから日本で広がってきた言説(「セクターを越えたリーダーシップを!」というもの)には、正直ピンときていませんでした。

というのも、「3つのセクターで、一体リーダーシップがどう違うの?」が明確でなかったからです。

最近、この言葉が最近すっかり使われなくなったのも「セクターごとのリーダーシップの違い」という視点がないまま、“トライセクター”というコンセプトだけが一人歩きしてしまって、その価値が曖昧なままだからじゃないかなぁ、と感じていました。

そんな中、ソーシャル・パブリック・ビジネスの各セクター間で、リーダーシップのあり方を比較した2つの論文が、とっても興味深かったです。

「トライセクター・リーダーシップ」を直接論じたものではないのですが、NNPO・企業・行政のリーダーシップスタイルを実証的に比較分析したもので、セクターを越えたリーダー像を考える手がかりになる内容です。

2.セクター間のリーダーシップを比較した実証研究

1つめの論文は「Are We Really on the Same Page?」。行政とNPOのリーダーシップを比較分析した研究です。2つめは「Assessing Value Differences Between Leaders of Two Social Venture Types」という論文。こちらは1つめの続編として、企業とNPOのリーダーシップを比較しています。

これらの研究の価値は、異なるセクターのリーダーシップを比較する分析軸として、20の「価値観」項目をリスト化したことにあります。

具体的には、各セクターのリーダーシップやマネジメネントの「価値観」に関する先行研究を調べ上げ、最も多く言及されていた20項目(下記)をリーダーシップの要素となる分析軸として抽出したのです。

分析軸としての「価値観」20項目
誠実さ(Integrity),  信頼(Trust),  効果(Effectiveness),  結果責任(Accountability),  公平性(Fairness),  イノベーション(Innovation),  透明性(Transparency),  起業家精神(Entrepreneurship),  寛容さ(Generosity),  柔軟性(Flexibility),  反応の良さ(Responsiveness),  公正性(Equity), サービス (Service),  正義感(Justice),  効率性(Efficiency),  自由(Liberty),  利他主義(Altruism),  慈善心(Charity),  代表性(Representativeness),  個人主義(Individualism)
※出所:Miller-Stevens, K., Taylor, J.A., Morris, J.C. (2015). を基に日本語訳を筆者追記

(本文中には、さらっと「学術的な論文・書籍・教科書、その他の先行調査等で、最も言及されていた20項目を抽出」と書いていますが、相当な労力だったろうな...)

これらの20項目を基に、それぞれの重要性を7段階で評価するアンケート調査を通じて、リーダーシップのスタイルを定量的に実証分析しています。
※サンプル数:行政180名、NPO132名、企業91名分を収集

その分析結果は、大きく以下の2点に集約できます。

① NPO-行政間では、重視する価値観の順序はほぼ一致している

② NPO-企業間でも共通点は多いものの「イノベーション(Innovation)」「起業家精神(Entrepreneurship)」「効率性(Efficiency)」は重要度が異なる

①(NPO-行政間の比較)については、NPO・行政共に、重視している価値観の順序は、大まかに以下の通りでした。

重視度の高い項目:誠実さ(Integrity)、信頼(Trust)、結果責任(Accountability)、効果(Effectiveness)
・重視度の低い項目:利他主義(Altruism)、寛容さ(Generosity)、慈善心(Charity)、起業家精神(Entrepreneurship)、個人主義(Individualism)

意外なことに、重視度の低い項目には、NPOセクター由来の価値観が多く含まれていました。
ここから、両セクターともに、慈善的な志向性というよりも、誠実さや信頼性を大事にしながら、責任を持ってより効果的に成果を上げていこうとする志向性が読み取れます。

一方、②(企業-NPO間の比較)については、意外なことに、「イノベーション(Innovation)」「起業家精神(Entrepreneurship)」はNPOよりも企業のリーダーが重視しており、逆に「効率性(Efficiency)」についてはNPOのリーダーが重視しているのです。

個人的には「効率性」は、むしろ企業側の方で重視されていると思っていて興味深いなと。

この点、もう少し先行研究を参照してみると、以下のようなことが分かりました。

・「効率性(Efficiency)」という価値観は、NPOセクターとパブリックセクターの両方で言及されていた項目
・NPOセクターとパブリックセクターの両方で言及されていた10項目のうち、「効率性(Efficiency)」は、NPO・行政共に3番目に重視される、重要度の高い価値観

つまり、この「効率性(Efficiency)」という価値観は、企業的な意味での“生産性”や”コスパ”的な考え方というよりも、現在ある経営資源を上手く活かしながら高い成果を出す、という考え方として捉えられているのです。

NPO/行政ともに、企業と比較して資源を調達することに上限がかかりやすいことを鑑みると、確かに上手に高い成果を上げるための志向性が高いことは納得だなと感じます。

この点、2014年にHarvard Business Reviewで想定されていた企業・政府・NPOの特徴とは少し異なるもので、実証分析ならではの発見だな~としみじみ感じました。。

※「効率性(Efficiency)」の捉え方についてアイディアをくださったのは、NPO法人クロスフィールズの小沼代表でした。小沼さん、コメントありがとうございました!

3.ソーシャルセクターのリーダーシップの可能性

これらの研究結果を踏まえて、実務的に重要と感じた点。
それは「NPOセクター流のリーダーシップが、他セクターへ広がる可能性」です。

上記の研究から分かったのは、NPOのリーダーは企業・行政のどちらの価値観にも共通する部分が多いということです。

なので、NPOセクターのリーダーたちが考え方や行動様式は、セクターの枠を越えて「トライセクター」に広がりやすいのではないか、と感じました。

特に、「小さな資源で大きく社会を動かす」ことを目指して、NPOのリーダーたちが培ってきたリーダーシップスタイルは、企業や行政にとっても、学べるポイントがあります。
※例えば、ナンシー・ルブリンの『ゼロのちから』は、こういった視点の先駆けな議論と感じています。

『ゼロのちから—成功する非営利組織に学ぶビジネスの知恵11』
www.amazon.co.jp/dp/4862760996

また、最近注目を集める「オーセンティック・リーダーシップ」の発揮や、「ティール」的なフラットな組織のマネジメントは、NPOのリーダーたちが先進的に実践していて、他セクターから注目される可能性が高いのではないかと。

この点、ぜひ現場に近い感覚を持っている方々のご意見聞いてみたいところだなぁと思いますm(_ _)m

★ ★ ★

「トライセクター・リーダーシップ」というコンセプト、これ自体は特段に新しいものではありません。

しかしながら、日本でもソーシャルセクターの存在感が少しずつ増し、こういった研究知見も出てきたタイミングで、もう一歩、企業や行政との協働に向けて本質的な視点が広がればと思います!

ここまでお読みいただきありがとうございますm(_ _)m

#マニアックな調査ほど興味はつきないですね

【参考文献】
Miller-Stevens, K., Taylor, J.A., Morris, J.C. (2015). Are we really on the same page? An empirical examination of value congruence between public and nonprofit managers, VOLUNTAS: International Journal of Voluntary and Nonprofit organizations, 26.

Miller-Stevens, K., Taylor, J.A., Morris, J.C. et al. Voluntas (2018). https://doi.org/10.1007/s11266-017-9947-9

ニック・ラブグローブ、マシュー・トーマス(2014)「トライセクター・リーダー:社会問題を解決する新たなキャリア」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー 2014年2月号』ダイヤモンド

ナンシー・ルブリン(2011)『ゼロのちから——成功する非営利組織に学ぶビジネスの知恵11』英治出版

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