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なんでなん? その2、なんでゲームだめなん?

香川県のゲーム規制条例が話題になって久しいですが、今回はなぜゲームがだめと言われるのかについて考えてみたいと思います。

そもそも論点は 「 ゲーム 」 なのか

さまざまな方がゲーム依存の科学的根拠や実証について意見を交わしていますので、私はそれについては言及しません。ちゃんと調べたわけでもないですし。

ツイッターやニュース記事などで、論点のほとんどがゲームの善悪であることに違和感を感じたので、こちらを中心に扱います。

賛成・反対、それぞれの意見の論点のズレ

今回の件では、ゲームが好きな人はゲーム規制に反対と言い、ゲームが嫌いな人(あまりやってこなかった人)はゲーム規制に賛成と言う傾向があるように感じました。

規制賛成派は、子どもがゲームばかりで勉強をしないから、ゲームが嫌い。規制反対派は、ゲームをやって楽しかった経験があるから、ゲームが好き。

この場合の賛成派の課題点は、子どもが勉強をしないことであり、反対派の主張はゲームが楽しいというもの。論点が違います。

また、反対派の意見によくみられる、ゲーム依存についての科学的根拠についても、賛成派の論点とは違います。

そもそも、好き嫌いは個人の感情であり、善悪の社会的な価値観とは異なります
ゲームを論点とした意見の多くは、感情論に近いところがある気がします。

議論すべき点はどこか

規制をつくることとなった原因について考えるべきです。そもそもどうしてゲーム規制が必要なのか。

ゲーム規制の根本的な原因が、不登校や学力低下に起因することであれば、行政が介入することにも納得がいきます。逆に子どもがゲームばかりしていて、言うことを聞いてくれないなどの、家庭の事情に起因することであれば、行政の介入はいきすぎた行為と言えます。

学業への影響を起因とする場合

義務教育内での基礎教育に支障があるという場合、ゲーム規制を行うことにより学業成績は向上するでしょうか。

共通のカリキュラムを前提とした、継続的な学力測定の結果、学力の低下が観測されたとします。その場合、ゲームが学業へ悪影響を与えているという因果関係を明らかにする必要があります。

例えば、オンラインゲームやスマホの普及時期に重なって、学力が著しく低下していることなどです。
この場合は、因果関係がある可能性があります。

注意したいのが、ゲームを1日どのくらいやるのかというアンケートと、その子の成績との関係をみて、ゲームを長時間プレイする生徒の成績が悪い傾向にあったとしても、ゲームが原因とは言い切れないことです。

例えば、幼少期から野球に集中し、プロ野球選手となった方でも、一般教養を問うクイズ番組などでおバカタレントのように扱われることもあると思います。

つまり、学業以外のことに打ち込んでいれば、学業成績に影響がでるのは一般的な傾向であり、ゲームのみが原因とは言えないということです。

私の知りうる限りでは、規制賛成派の提示する根拠は不十分であると言えますので、学業成績は特段向上しないのではないでしょうか。

家庭の事情を起因とする場合

この場合、行政の介入そのものがいかがなものかと思います。というのも、各家庭によって子どもの理想の姿が違うからです。ここに行政が介入すると、国(地域)として理想の人生を提示することになりかねません。

職業選択の自由を保障するのであれば、避けるべき道と言えます。子どもの人権を無視することにすらなり得ます。

思えば、高校生までは理想の人生のようなものを学校から提示され続けたように思います。規制を守り、制限をつくることに終始し、課題を解決することや、規制の背景について考えることを放棄しているように感じていました。

実際そういった方針なのかも知れませんが、社会はそれを求めているのでしょうか。

なんでゲームだめなん?

話が逸れている気がするので、表題に戻ります。

これまでの話から、ゲームがだめとは言いきれない、というのが私の見解です。ではなぜ、ゲームだめと言われるのでしょうか?

2つ要因があります。

ひとつは「 ゲームは1日1時間 」という言葉。その言葉が誰の言葉なのか、どういう背景から生まれたのは分かりませんが、言葉だけは知っています。
この言葉によって、ゲームは1日1時間以上やってはいけないものというイメージがあるのではないでしょうか。
もしかしたらその言葉は、ゲームが普及していない時代に、最低1時間はやってね!という意味だったかも知れないのに。

ふたつめは、ゲームは娯楽として普及したものの、産業としてのイメージが弱いということです。ゲームは作り手側でも受け手側でも、職業として成り立っています。また、日本は世界有数のゲーム会社がたくさんあります。
いわゆるゲーム機と呼ばれるコンシューマゲームハードにおいては、大手3社のうち2社は日本企業です。世界で優れたゲームに送られる数々のアワードを受賞したタイトルも、多くが日本企業のタイトルでした。

どちらもイメージの問題です。

報道のあり方や、産業としてのさらなる発展、個々の発信によって、イメージをつくっていくしかないでしょう。

本当の課題を解決するために

各個人が触れる情報や、考え方、趣味趣向は異なります。そのことをまずは受け入れる必要がありそうです。

この話題に関して、意見を挙げている方の多くは感情論的だったように感じました。

意見が違うことで感情的になったり、好きか嫌いかでムキになっていては、本来の目的を見失ってしまいます。それどころか、隠れているもっと大きな問題に気づくことができなくなります。

より良い社会の実現は、みんなが目指しているところだと思います。そのために必要なことは、好きか嫌いかではなく、冷静な議論ではないでしょうか。

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