【短話2】ドアに賭ける期待と叶わぬ希望

毎晩、怖い夢を見る。それは、殺される夢。
ゾンビだったりモンスターだったり人間に似た怪物だったりと襲ってくるものは様々だが、
共通しているのは必ず「何かに狙われている事」で、その何かから逃げる夢を見てしまう。

今まで怖い夢なんて無数に見てきたし。死ぬ夢も何度か経験していた。
でも、最近見る夢では、死にかけると痛みで目が覚める。

夢の中で、例えば銃で撃たれたりすると撃たれた場所に傷跡が残っていたりする。
そして、その傷跡がめちゃくちゃ痛む。
酷い時には1日中痛みが残っていて、起きてからの方が正直きつい。
夢での出来事が現実に起こるって・・何かのニュースで読んだ脳の話を思い出した。
目隠しされた状態でその人が「思い込んだら」火傷が体に現れたとか。
この痛みもそれと同じものなのだろうか。

「これ、夢で本当に死んだらどうなるんかな。」とひとりごちる。

不思議なことに、夢は前日と同じ場所から始まる。続いているのだ。
眠りにつくと、現実からその世界に呼び戻されるような感覚だ。
死にかけるか、ある程度の時間になるまで必死で逃げ続ける必要があった。
夢と現実の時間はリンクしているのか、夜に寝ると夢の中でも夜だし、
ちょっとした昼寝では夢の世界でもお昼の時間になっている。

何度も殺されかけ、その度に現実世界でつらい時間を過ごす。
必然的に逃げるための知恵や経験は蓄積されていく。
次の日の夢で生き残る為には前回の夢から学ぶ必要があった。
最近の日課は、その夢に出てきた敵や建物。何が有効だったかとノートに書き記す。
そのノートを見返して気づいた事もある。
どうやら「狙ってくる何か」は曜日で担当が変わるようだ。
例えば、火曜日はスナイパーの日。金曜日はゾンビの日みたいに決まっている。

曜日によって違うことが分かれば対処もしやすくなる。
基本的には建物に隠れて朝まで過ごすと、生き残りやすい事もわかった。
余裕が出来ると夢の世界での様子も理解できるようになり、
自分以外にも逃げている人間がいることもわかった。
大抵の人は状況が分からずただ当てもなく逃げて殺される。
殺された人間は溶けるように体が透けていき、消えていった。

助けられる人がいれば助けたかったのだが、
基本隠れる事しかできず、武器も持っていない現状では助けることは不可能だった。
そういう時は無力感に包まれるが、今自分に出来ることはない。
助けようとするときっと同じように殺されてしまうだろう。だから見殺しにする。
死にかけて消えていくのなら、夢から醒めて現実世界に戻っているはずだと自分を納得させた。

ごく稀にだが、現状を把握している人たちもいた。
彼らも基本的には建物に籠もることで生き残りを目指している。
ある日、逃げ込んだ先にその人物はいた。逃げ延びている人。名前はカトウというらしい。
彼も自分と同じ。寝たら強制的にこの夢を見ているらしい。
意思疎通ができた人間は自分が初めてらしく、非常に驚いていた。

「出会う人みんな襲われてる人ばっかりだったからね。助けられなかったよ。」
と笑顔で話す。この夢を見始めてもう半年は経つとも言っていた。
自分は人と話すのが苦手なため、どもりながら、詰まりながら少しでも情報をと口を開く。

「やっと夢でちゃんと話せる人に会えた。嬉しいよ。」
とカトウが握手を求めてきた。2人ともこの瞬間は気が緩んでしまったのだろう。
カトウと握手をしようとした瞬間、「パーン」という音トともに目の前のカトウの胸から鮮血が迸った。
スナイパーに撃たれた。正確に胸を貫いているその銃弾はどこから飛んできたのかもわからない。
咄嗟に身を隠す。床を這うようにとにかく窓から狙われたのだと仮定し体を低くした。

カトウは意識が残っていたのか残念そうに「またな・・」と言って倒れた。
辺りは胸からの出血で朱色に染まる。カトウの体は溶けることなく。横たわっている。

その日はそのまま床に這ったまま気配を殺し、朝を待った。
カトウの体の様子も観察していたが、時間が経っても消えることはなかった。

目覚めの悪い朝。憂鬱な気分のまま会社へと向かった。
夢では時間が来るまで逃げ続け、現実では時間が来るまでパソコンとにらめっこ。
他の同僚とは業務連絡程度の交流しかない。
仕事はしているが、一人ぼっちだ。プライベートで相談できる友達や恋人もいない。
誰にも相手してもらえないなら、いっそ一人で生きていこうと考え、
他人を遠けてきた為、人とどう話していいのかわからなくなってきていた。
それがさらに人との交流から遠ざかる原因となっていた。孤独だ。

こんなコミュニケーション能力皆無の自分が就職できたのも奇跡だと思っているくらい。
だから、仕事は実直に行う。工程表を元に自分の役割はこなす。
全体の管理とかそういった物からは無縁だが、与えられた仕事を淡々と・・・ロボットみたいに。

いっそ死んでしまった方が楽になると思う。生きていても仕方のない人生。
業務を終え、電車に乗り込み、いつもの弁当屋で好きなハンバーグ弁当を購入。
家に帰れば好きな映画や本、小説に囲まれる。寝るまではそれを読み耽る。
それだけが唯一の楽しみだった。
運動やネットゲームも嗜んでみたが、人との交流がメインなものが多く馴染めなかった。

小説を読みながらも、昨日出会ったカトウの事が気になる。
消えなかった。他の人と違うその事が頭から離れなかった。死体を見たのは初めてだし。
そもそも夢って自分の記憶の整理を行う過程での脳の働きだって言うのに。
連続している夢だから、別の世界に飛んでいるんじゃないかって錯覚しているのかもしれない。
就寝時間までモヤモヤとした気持ちで過ごし、そのまま布団に潜り込む。

夢に戻るとすぐにカトウを探す。しかし、カトウに会うことは叶わなかった。
昨日倒れていた場所にはまだ血のような染みが残っている。
状況確認をしながら、カトウのように喋れる人間を探す。
現実と違ってここでは油断が死に繋がる。

「死にそうになったらドアを思い出すんだ。最後に閉まったドアじゃなきゃいけないが。
 思い出すことさえできればそのドアを閉めた瞬間まで巻き戻しが出来る。」

昨日のカトウとの会話の一幕を思い出す。
このアドバイスが夢の世界での人生を大きく変えることになった。

いざという時にはドアを思い出す。どんなピンチの場面でもそれは効果を発揮する。
予防線を張り、安全を確保してからドアを閉める。それだけでリスクが激減した。

倒せそうな相手とは戦い、負けそうになったら巻き戻す。
倒せるものから倒していくうちに、カトウと同じ会話のできる人間を見つけることもできた。
自分を慕うものや仲間が増え、小さなコミュニティを築く。
世界がどんどんと楽しくなっていく。
そうして僕は現実世界よりも夢の世界へ傾倒していった。
カトウはあの日以来現れることはなかったが、仲間が増えたことで徐々にその存在も薄くなっていった。

1日中夢の世界に居たかったが、夢の世界は1日1回。しかも時間制限がある。
それを過ぎるとまた次の日にならないといけないことも分かった。

夢の為に、早く時間をつぶすため、仕事も精力的にこなした。
1つ歯車が噛み合うと面白いように人生が変わる。

現実でも会話が楽しいと思える時間が増えている。
職場の同僚とも仲良くなり、女性ともいい雰囲気を作る事ができた。
「今までなんで一人でずっといたの?」と言われ照れながらも会話をこなす。
・・・夢の世界で過ごすために。

そんな世界にも変化は必ず訪れる。
その日は仕事も早々に切り上げ、世界へ移動するために布団へと飛び込んだ。
いつものように仲間と談笑しながら襲い掛かる敵から身を隠す。どうやら今日はゾンビのようだ。
安全を確保し、家の中へ入るとドアを閉める。
あとは時間まで過ごせばいい。今日は一番お気に入りの女性と一緒の為テンションが上がっていた

なんとなくいい雰囲気になり、仲間に1階の見回りを任せたといいつつその女性と2階へ上がる
2階の1室のドアを閉め、「少し話そうか」と紳士的な態度をとる。
心臓の鼓動がいつもより早い。人生の中でこういった機会はもう訪れないと思っていた。

お互いにベッドへ腰掛け、他愛のない会話をしながらタイミングを伺う。
向こうにもその意思があるとわかる。少し上気した頬がそれを物語っている。
そして、今。このタイミング!というところで破裂音が鳴り響いた。

1階にゾンビが襲来したらしい。状況を確認するため、急いで1階へと降りる。

ここで巻き戻しておくべきだった。と後から後悔したのだが。
こういった機転というものを学ぶ機会がなかったのも自分の人生なんだろう。

1階ではゾンビに食い荒らされた仲間の姿が見えた。
あまりの光景に思わず目を反らす
その視線の端で、さっきまでいた部屋のドアを閉めようとする彼女の姿をとらえてしまった。

「だめだ!」と叫んだのが契機となり、「ひっ」と小さな叫び声をあげ、
彼女はドアをしっかりと閉めてしまった。

次の瞬間、食事を終えたゾンビが新たな目標・・・僕を見つけ襲い掛かってきた。
唯一の力を失った僕は、ゾンビに襲われる瞬間に過去に戻る。
だが、その数秒後またも同じ状況を繰り返す事になった。
繰り返しの中、必死で打開策を探す。近くに武器になりそうなものはない。
階段を駆け上がろうとするも搦めとられてしまう。
とびかかってくるゾンビに蹴りを入れようとするが、
勢いをつけて飛び込むゾンビを吹き飛ばすほどの力なんて持っていない。
何度か挑戦すると横へと薙ぎ払うことはできたがそのあと別のゾンビに捕まってしまう。

「夢で本当に死んだらどうなるんかな。」とひとりごちる。

思考が止まった瞬間、複数のゾンビに絡めとられ。喉元を食いちぎられる。
カトウを思い出す。周りに倒れている仲間はみんなそのまんま転がっていた。
自分も光に包まれることなくそのままなのか・・・食われていく身体と途切れる意識。
視界が暗転していく。

数週間後。

アパートの一室で男の変死体が見つかった。死体は全身に深い咬み傷があり、損傷が酷い状態だったとのこと。
どういった状況かまではわからないが、部屋のドアは、玄関を含むすべてのドアが軽く開いたままになっており、
外部から動物が侵入したのか、何者かが侵入しての犯行として捜査が進められている。

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