【ここではないどこかへ】角川書店 鴻上尚史 1998.07.08 再読


とある人に貸していたのが戻って来たので、手にとってみていたら、あっというまに再読してしまっていた。「鴻上尚史の世界」とサブタイトルがついたこの本には、演劇にまつわるエッセイや、公演の時に配布される鴻上自身の手書きコピーチラシ「ごあいさつ」などが収録されている。わたしはこの人の書くものが、好きで好きでしょうがないのだけれど、彼の事を知ったのは本業の演劇関係でなく、10年以上前の何曜日かの深夜ラジオからだった。
 どうにも家族という場所に折り合いを見つけられずに、そそくさと京都から九州へと逃げ出してきて小倉の本屋にもぐり込んだ当時、わたしは19歳でバカで貧乏で独りだった。仕事は面白く熱中していたものの、アパートに戻ってから翌朝までに横たわる独りの暗闇のようなものを埋める何かが必要だったのだろう。実際には、くたびれて本を読む暇もなく眠っていたような気もするが。なにしろ電話もテレビも無い6畳一間だ。そのおバカなわたしが言うのもなんだけれど「このひとはモノゴトの本質がわかっている人である」と偉そうに確信したのであったよ。本質という言い方が正しいのかどうかはわからないが、仕事に熱中すればするほど、恋人が出来て心の求めるままににじり寄れば寄るほど、なぜか増幅する「寂しさ」というものの正体を、解きあかしてくれる人だと思ったのだった。
 すっぽりと過不足無くおさまれる場所、などどこにもないのに、それを求めて右往左往するってのは若さの特権かもしれないが、当事者にとっては辛い時期以外のなにものでもない。過も不足もありすぎる程あるけれど、なんとか少しでも「ここを居心地良くする」ために、毎日泣いたり笑ったりしてやっていく事が大事なのだと、そう彼に教わったように思う。それが「ここではないどこかへ」ゆける唯一のみちのりなのだと。

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