どうしたらいいのか

かつて11カ月間働いていた、ぼくがこの福祉という世界にたまたま入ることとなるその最初に勤めた社会福祉法人の理事長が訴えられたという報道があり知人から知らされる。人の尊厳を一方的に砕く行為はこの世から確実になくなってほしいし、そうなるように微力でも考え努めてきたのは、特にその会社に入る前にこてんぱんにやられたことがあるから。もっと言えば、幼少のころからあったさまざまな理不尽な経験からだとも思う。あのときの自分に言葉を持たせるため、あのときのあの人にどのような言葉を渡せたらよかったのか。報道のとおりそれが一部でも事実ならば最低だし原告に償ってほしい、原告の方々の傷、傷なんて簡単に癒えるわけではないが失われた時間を少しでも、いや全て取り戻してほしいと当然のことのように考え至る。ぼくはかの人とは挨拶以上に言葉を交わしたことがない。それでも、なされた偉業ともいえる仕事の数々を当時働きながら知るにつれて秘かに尊敬の念を抱いていた。全くの他人ではないのは同じ空間で時をすごしたからだと思うし、彼の仕事にとても間接的であろうとも関わっていたからに違いない。加担。ただ、この国では、事実が確定する前に、容疑をかけられた段階で他人が断罪することばかりで、証明もなく反論を対等に扱わないまま血祭りにあげるそのやり方には異議を唱えたい。まだわからない。いや、そんなはずはなく、全てが事実でないわけがないだろう。ぼくのその職場で、彼とは違う人から、福祉というフィールドでまさかそのような言葉を投げかけられるとはということがあり、今もそれは静かに胸の中で痛みを生んでいます。短い期間で去ったのはそのためでもあるし、その上司のもとではどう動いていいのか、まぁ自分の能力も経験も足らなさすぎたとも…契約延長をそのときにはできるだけ清々しく断れたはずだったんですが。余裕を大切にするということがぼくの中では大きなキーになっていて、それは渡り歩いてきた学校や職場での体験から、歪みはとても小さなものから、だんだん、だんだんと気づいたときには手が施せないほどの大きな暴力となるのだと。最初の悲しみをすくえるようになりたい。ぼくの声は届かなかったから。うまく言えない。これからも努力を重ねるのみだけれど、ぼくだって思いもかけず人を傷つけていた、いるはずで。確認、離れて行った人には確認する術もなく、そうなる前に。