大学

 今日も痛ましい事件が起きました。大学入学共通テストを受けに来た2人と全く関係のない一般人が高校2年生に傷つけられました。どうすればこんな痛ましい事件をなくすことができるのでしょうか。前にも書きましたように厳罰主義は何の効き目もありません。大阪で起きた放火事件とも共通していることは死刑になりたかった(死にたかった)人にとって厳罰主義はむしろありがたいかも知れません。よほどのことがない限り、一人殺しただけでは死刑にはなりません。厳罰主義で一人殺しただけで死刑になれるのならば喜ぶかも知れません。とばっちりを食う人はたまりませんが・・・。
 しかしこんなことをした高校生は許せないのでしょうか。彼も又学歴社会の犠牲者と考えることもできるのではないでしょうか。細かいことはまだ分かりませんが、良い成績を取り良い大学に行くしか生きられる方法はないと思い込まされているが、自分はそうなれないと自覚したときの行動ではないでしょうか。多分親も学校も勉強させるために、そう思わせたのかなと思います。全員一番にはなれません。違う方法でも幸せな人生を送れることを子どもに教えられなかったのかと残念でなりません。世のお・保護者の皆さん・保護者の皆さん、先生がこのことを教えてくれることは期待しないで下さい。私の偏見ですが、殆どの先生は真面目だけが取り柄で、あまり優秀な人はいません。そして自分の受け持った生徒が良い大学に合格することが出世の最善の方法です。もちろん本人はそうは言わず、「私は子どもたちのために努力した」と、おっしゃいます。しかし、進学校では難関大学・学部・国公立大学に何名合格させたかで教師の評価が決まることは私の本にも書きました。そして保護者の皆さんに知っておいていただきたいのは大学に合格しても、そこまでに全力を出し尽くして廃人のようになり使い物にならない学生が一杯いるということです。こんな学生・社会人は一目で分かります。やる気がない・生気がない・いつもしんどそう・小学生以下の理解力・言われたことしかできない等です。
 勉強させるなと言っているのではありません。勉強が好きならすればすればいいが、それしかないとは言わないで欲しいのです。最近はスポーツも良い進路選択と言われ始めましたが、方向性は変わっていないと思います。どちらもトップクラスになれというわけです。親や教師の自慢のために子どもを使わないで下さい。勉強もスポーツも好きだからやっているでは、だめなのですか。だからかなりの子どもはいつもストレスを一杯抱えています。その発散の一つが「いじめ」だと思っています。だから今の教育制度を続ける限り「いじめ」はなくならないと私は考えています。
 前出の本にも書きましたが、私の子ども3人は一人も大学を卒業していません。長女は進学しましたが、「この大学で私が得るものはない」と退学しています。そして3人とも出世はしていませんが、ちゃんと生きています。親の私にとって全員自慢の子どもたちです。ただし人に自慢はしません。プライドと他人への自慢は別物ですから。私の呼びかけに子どもたちは反応してくれます。この間は長女と2時間以上電話を続けたと、お茶のみ友だちに話したら変な親子と言われましたが、長女は「父親だから話したのではなく、楽しいから話し続けた」と言ってくれました。私は子育ては成功したと最近感じています。


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