Must型人間とWant型人間

 人から聞いたことはないのですが、私は人はMust型人間とWant型人間に分類できると考えています。Must型人間とは「しなければならない・してはいけない」が行動基準となっている人のことで、Want型人間とは「したい・したくない」が行動基準となっている人のことです。私は典型的なWant型人間だと思っています。
 しかし、特に若い人は、なんらかの組織に属することが当たり前です。そして組織には組織としての掟・規則とか責任があります。それらをきちんと守る人を組織内では真面目な人と評価され、信頼されます。しかしWant型人間である私はそれらに無頓着なので、いつも一匹狼・傍流・反主流派でした。当然出世には縁が無く、退職前に友だちから「お前は普通にしとったら母校の校長になっとったはずやのに、なんで普通ができなんだんや」と言われたことがありました。教員は「今日できることは明日に延ばすな」と指導しますが、私は「明日でいいことは今日やらない」と言って先生方の顰蹙を買っていたのですから当然のことです。ただ念のために言いますと、この言葉は仕事をさぼるという意味ではなく、その時間をやりたいことに使うということです。
 しかし、退職すると利害関係がある組織には属する必要がないので、このタイプのいい面が表れていると感じています。やりたいことを好きなだけやれるのです。当然元気になれますし、毎日楽しいのです。そう言えば昔からインフルエンザもコロナもワクチンを一回も接種したことがありませんが、どちらにも罹ったことはありません。多分世間では阿呆は風邪ひかんと言うのでしょう。
 逆に退職後に私より若い校長先生の退職慰労会に誘われて出席したら、その人から「私は明日から何をやればいいですか」と問われましたが、笑って誤魔化しながら心の中で「あんたには無理」と思っていました。その後その人と会ったことはありませんので、どうされているのか分かりませんが会いたいとも思いません。会って楽しいとは思えないからです。
 私が言いたいのは、損得だけで言えばすぐ答えは出ますが、それ以外のことも考えると、どちらのタイプが良いかとは言えない。それぞれ良い面も悪い面もあるということです。私はこんな生き方しかできませんが、後悔もしていないし「これで良かった」のだと思えています。今日も独りよがりの楽しいを続けていきます。もう40年以上バドミントンの練習をしています。もちろん若い人にはかないませんが、最近はシニアから始められる人も多いので何とかついていっています。そして初心者が入るとその指導をすることが多くなりました。その時もMust型の指導はしません。こうすべきではなく、こうしてみたらとかこんな方法もあるよと言うと共に、必ず一杯失敗して下さいと言います。うまくできないと言われたときも「こうしたら良いですよと言って、ではそうします。はいできましたと言われたら私の40年は何だったんやになってしまうがな。一杯失敗してもらわな困る」と笑いを取りにいきます。今20歳代の女性を指導しています。彼女は中学校から大学卒業までの10年間軟式テニスをやっていたので、ラケットの握り方が90度違います(ウェスタンとイースタン)。最初はそこを変えさせようとしましたが、長年の癖が抜けないというので無理に変えさせるより、ラケットの扱いには慣れているのでできるところのまでそのままでいくことにしました。指導方法も変えなければなりません。それを考えるのもまた楽しいのです。コートの広さやネットの高さも違いますので、一杯失敗しながらその感覚を身につけてと言っています。
 人と違うと感じたとき人に合わすことを考えたこともありましたが、できませんでした。仕方なく進んできた面もありますが、何時の頃からかそれを貫けば、先細りではなく新しい世界が開けること・到着することに気がつきました。
   

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