人生は楽しいですね

 私の趣味はたくさんあります。パソコン、音楽、オーディオ等です。数日前も知人が新しい家を建てて、喫茶店兼皆の溜まり場にする予定のオーディオルームが完成したから試聴に来ないかと誘われてコーヒーとケーキをご馳走になりながら楽しい時間を過ごしました。
 またバドミントンも楽しんでいます。3つのクラブに属していて週に3~4回参加しています。練習時間は2時間ですが、1時間弱遅刻して参加します。どこに行っても私がほぼ最年長ですが楽しめています。運動に興味のない人に言うと「ええなぁ。健康のためにもなるし」とよく言われます。しかし、この「○○のために」と言う言葉はあまり好きではありません。例えば現役時代にその位置にならないとできないことがありますので、出世したくないわけではありませんでしたが、出世のために○○するとか我慢したことはありません。それでも楽しい教員生活でした。楽しいから、やりたいからやるというのが好きです。
 しかし最近の最大の楽しみは飲むことです。1人で飲むのも好きですが、気のあった大勢で飲むのも楽しいのです。バドミントンのクラブに3つ加入しているのも、飲み会を増やすためです。「飲み会してくれなんだら、このクラブやめるでぇ」とよく冗談で言っているくらいです。先日もそのクラブの内の1つの忘年会がありました。楽しかったです。1つには最近の店では日本酒はあまり売れないらしくおいしいと思える酒は置いていないのです。日本酒のおいしさが分かり始めると飲み屋に行かなくなりました。酒がまずいからです。しかしこの店はいろんな酒を置いていて久しぶりに店でおいしいと思える酒が飲めました。その酒を飲みながら参加者と歓談して最終的に行く場所は決めていました。このクラブに所属されているご夫婦が車椅子にお嬢さんを乗せて参加されていたのです。けがではなく、いわゆる障害のある人でした。しかし私は障害という言葉は嫌いです。我々と違う体の個性を持った人と考えています。多分昔からこんな考えを持っていたと思います。私が出版した本にも書きましたが、教員になって新規採用教員研修で障害児学校訪問をさせられたとき、教室には入れなかったのです。何か珍しい者・普通と違う者を見に行かせられたと感じたから児童を見たとき、その目が「お前何しにきたんや」と言われているのではないかとすくんでしまったからです。こんな状態で来たくはなかったが、ここで1週間泊まり込みの研修をするのなら一番乗りしますということです。また初めてクラス担任したときに「てんかん」を持つ生徒がいました。個性と捉えて卒業させたいと言いましたが、工業高校だったこともあり認めてもらえませんでした。そのご両親も最初は病気のことは一切隠されて情報を私にくれませんでした。昔は特に家の恥と捉えて隠す傾向が強かったのもあると思います。そしてそのせいもあり本人も構えたり、意固地になる人も多かったように思います。そこのところは見極めてからでないと近づいてはかえって悪い結果になってしまいます。
 しかしここに子どもを連れてこられたご夫婦はすばらしいなと感心しながら、お嬢さんの様子を見ていると和やかな態度で周囲と溶け込んでいました。無理をしている様子はありませんでした。ご夫婦で積極的に外部と接触されている素晴らしさを肌で感じました。このお嬢さんの隣に座り込み、お父さんが時々チラチラとこちらを見ているのも気がつきながら最後までここを動かず、時には手を握ったりしたことは覚えていますが、何を話したかは酔っ払っていて覚えていません。
 次の朝、昨夜の私の行動はセクハラととられても仕方がないと感じました。そのため次の練習の時来られていたお母さんに「お嬢さんが変な酔っ払い爺ぃに、絡まれてつらかったとか嫌だったとか言うてないん」と聞きましたが、そんなことはないと言われたので安心して「次の飲み会にも連れてきて」と言うと、承諾してくれました。また楽しみが一つ増えました。いくつになっても人生はいいもんだとつくづく思いました。


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