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獄中からの手紙

その人に私は心、寄り添えずに終わってしまった。
「その人」というのはA刑務所服役中の受刑者の男性Bさんだ。
 
少し前まで、某NPO法人に属して「刑務所ボランティア」をしていた。ボランティア内容は、刑務所で服役中の受刑者の方との文通であった。
 
活動を始めるにあたっては厳しい審査があった。それらをクリアして初めて、受刑者の方を紹介される。ただし、この活動は、もちろん、交際相手探しとは全く異なるので、自分では「こういうタイプの受刑者の方とやり取りをしたい」という選択はできない。相手方の性別すらも選べない。NPO法人事務所から紹介された受刑者と「はじめまして。あなたのことは何ひとつ情報がありませんが、紹介されましたのでどうぞよろしくお願いします」からスタートする関係だ。
 
受刑者と文通するにあたってNPO法人事務所から言われていたことは、文通の話題は、あえて、天候やらの軽めのことで、ということだった。
 
それなので私は、お天気の話だとか、最近、感じていることなど当たりさわりのない内容をお便りしていた。受刑者Bさんからは、刑務所内できょうは何が起こったかとかの内容で返信が来る。その返信に「あら?わたしのお天気の話題はスルーなのね?」と思わなくもなかったが、Bさんは誰にも話すことのできない刑務所内での出来事を誰かにぶつけたいのだろうと、受けとめた。
 
というのか、受けとめるしかなかった。なぜならば、刑務所内で起きた事件(暴動など)のことを話してもらっても、私にはわからない。なんでもかんでもネットで調べればわかるはずのこの時代であったとしても、正直なところ、その程度の知識では、わかりようがない塀の中の出来事なのだから。相手方を受けとめてオウム返しに「暴動があったのですね」と言うしかないのだ。
 
そんなやり取りの中でわかったことは、受刑者Bさんは長年に渡り独房にいる服役者だということだった。独房にいるのだと知って、私からの声かけをどういうものにしようかと考えた。テレビの話題・政治の話題・流行りの話題などを出してよいのかわからない。私は淡々と暑さ寒さの話と、Bさんが話してくれたことを復唱するかのような返事を繰り返した。
NPO法人事務所からは「相手の話を聞く姿勢が大切」とも言われていたからである。
 
私は想像してみた、長い歳月、独房で生活をしているBさん。
罪状が、いかなるものであれども、寂しさを覚えることだろう、と。
相手方の話を一生懸命に聞くことでBさんの気持ちも少しばかりでも晴れて穏やかになってくれることを願った。
 
しかし、Bさんは私の対応に物足りなさを訴えてきた。その願いにできるかぎりは応えながら、文通は続いた。私の趣味や読んだ本の感想などを手紙にしたためた。
 
あるとき、Bさんは私に対して怒りにも似た手紙を送って来た。
「美穂さんは自分のことをあまり話さないので憤りを感じる」という内容であった。
 
獄中にいる受刑者の方に対しては自己開示してはならない、という決まり事があったので、私は率直にそのルールのことを返信した。
それでも、Bさんは納得がいかないと言った。「自分はこんなにも塀の中の事柄や自分自身のことを話しているのに、美穂さんは自分の身を明らかにしない!」
業を煮やしたB受刑者は、私の自宅の最寄り付近を探り始めた。
 
……こうなっては、私は刑務所文通をやめる以外になかった……
 
B受刑者との文通をやめてから何ヶ月かが過ぎた。
私は、自分の足りなさ・不甲斐なさを感じている。
自己開示してはならなかったとはいえ、他に心の交流の方法はあったのではないか。私はBさんに心、寄り添うことができないまま終わってしまったのだ。
 
どうしているだろうか、独房のBさんは。
今、ひとり、何を思って服役しているのかと思い出さない日はない。


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【この記事は、犯罪容認を助長するものではありません。服役者の改心を願うと共に、その手助けができなかった私自身の無力さを記したものです】

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