中年おばさんの奮闘記 in デンマーク!33

ラーメンイベント2日目

 翌日キッチンに行くと、優子さんがスープ作りで肩を使い過ぎたためとうとう腕が上がらなくなっていた。彼女の痛々しい姿を見て私は再び本当に申し訳ないことをしたと思った。私とあーちゃんは、なるべく優子さんが腕を使わないように彼女のサポートをしながらそれぞれ担当する持ち場の準備を行った。告知では2日目はお昼の12時からオープンする予定だったが、昨日大失敗したのと、仕込みがまだ十分に終わっていなかったので、急遽16時からオープンすることにした。
昼間、遠い所からわざわざラーメンを食べに来てくれたお客さんが数名いたので彼らにラーメンを作り、それ以外は集中して仕込みをすることが出来た。オープン時間が近づいてくるとバイトの子達が続々と出勤してきた。オープンの直前、皆で昨日話し合った動作を再確認した。誰かが「2度と昨日と同じ失敗は起こさせないぞ!」と言ったので、全員で「がんばるぞー!エイエイ、オー!」と気合を入れそれぞれの持ち場に向かった。その姿はまるで世界大会に出場する選手のようだった。この日の私たちは絶好調だった。どんどん入ってくる注文に対して、とてもスムーズに対応している。キッチンが上手く回っていると、皆のテンションも自然と上がり誰かがちょっとした冗談を言うと皆で爆笑した。まさにこの時は"失敗は成功の基"を体感した瞬間だった。営業時間が終了すると、冗談を言いながら皆でお互いを褒め称え合った。こういう時は、つまらない冗談もキラキラして聞こえるものである。この日皆で食べた賄はとても美味しく、私達は最高に楽しい時間を過ごした。

 皆が帰宅した後、再び私と優子さんの2人がキッチンに残り翌日の仕込みと掃除を行った。キッチンがオープンされている時はアドレナリンが分泌されているので疲れを感じないのだが、キッチンをクローズし皆がいなくなった後の時間が地獄だった。2人で悶々と作業をしていると疲れをどっと感じどちらかが話していないと寝そうになる。イベントの中でこの時間が一番きつかった。夜中の24時を過ぎた頃「今日はどうだった?」とキッチンに入ってきたのがXでバイクの仕事をしているエミールだった。Xのエミールは一見物静かな感じだが、実はお茶目でとても面白い。私たちはそれぞれ彼に昨日の大失敗から今日の成功までの話をまるで映画のストーリーのように話した。エミールはいつものように口元をちょっと上げて微笑みながら、"そうか、そうか"と私達の話を聞いてくれた。エミールと話をしていると眠気が覚めるので、私たちはラーメンイベントの話が終わってもひたすら彼に話しかけていた。彼は1時間ほど私たちの話を聞いていたが、さすがに眠かったらしくもう眠いと言って家に帰った。(エミール、あの時は眠いのに私達のくだらない話に付き合わせてしまって、本当にごめんなさい!)そのうち私達の作業も大分終わり、気が付いたら夜中の2時を回っていた。流石にこれ以上働けないと思い、残りの準備は明日行うことにした。私はいつものように自転車で帰宅したが、自転車をこいでいる最中何度も寝落ちしそうになった。しかし残念ながらすぐに目が開いてしまう。やはり"寝ながら自転車をこぐのは無理だ。"という至極当たり前の現実を思い知った。いつもなら自転車で1時間程で家に着くのだが、この時は疲労困憊している体で自転車をこいだので帰宅するのに1時間半かかった。
 明日はお昼からオープンするので、早めに出勤して仕込みをしなければならない。私は帰宅後、携帯のアラームをセットしすぐに布団に入った。

ラーメンイベント3日目(最終日)

 ラーメンイベント最終日は、Xの11th anniversaryのイベント日でもあった。この日は受付のデンマーク人スタッフが誰も勤務できないことが以前からわかっていたので私は夫のエミールに受付を頼んでいた。それに伴い当時3歳と5歳の子供達は、あーちゃん夫婦がXで面倒をみてくれることになっていた。なのでこの日は、強制的に家族全員Xで過ごすことになる。
 私は携帯のアラームをセットして寝たが、セットした時間より早めに起きてしまった。時計を見ると2時間しか寝ていなかった。どうやら私の体は疲れ過ぎていると数時間で自然と目が覚めてしまうらしい。何度も寝ようとしたがどうやっても寝れない。仕方がないので私はまるでゾンビのように起き上がり、疲れが一切取れていない体で朝の準備を始めた。そのうちにエミールが起きて来て「昨日のラーメンイベントはどうだった?」と聞いてきた。私は「昨日は上手くキッチンが回って皆ハッピーだったよ。」と答えた。それを聞いた彼はとても喜んでくれた。続けて私は「でも私の体力はもう限界で、出来ることなら逃げ出したい。」と半分冗談で言った。するとその途端、自分でも何故かわからないが急に涙が溢れ止まらなくなった。すると彼は私をギューッと抱きしめて「よく今まで頑張った。残り1日頑張れ!」と言ってくれた。私は彼の胸で一通り泣いた後、スッキリしたせいか急に元気になり、さっきまで泣いていた人物とは思えないくらいハキハキした声でエミールに今日のオープン時間と受付の仕事内容を説明した。そして、ここ数日ラーメンしか食べていないから出来たらキッチンに来る前に皆に差し入れのピザを買って来て欲しいとお願いした。エミールはそんな私の様子を見て苦笑しながらも「OK!」と言ってくれた。
 私は体力の限界ではなく心の限界だったのかもしれない。泣いて少しスッキリした私はまだ寝ている子供たちを起こさないように家を出ていつものように自転車でキッチンに向かった。この日、自転車をこいでいる最中とてもムカついたことがあった。それは赤信号で一々止まらなければならないことであった。この感情には自分でもびっくりした。"疲れ過ぎていると正常な考えが出来なくなる。"ということを身をもって体験した私は、この時から疲れている時には大事なことを考えないようにしている。
 イベント1日目、2日目の流れを考えると、最終日の今日はお昼の14時過ぎにはラーメンを完売し、その後掃除をして遅くても夕方には帰宅できるはずだと私は考えていた。"あと6時間頑張れば寝れる!"私はそれを目標にキッチンまで自転車をこぎ仕事を始めた。しかし現実はそんなに甘くない。
 オープン時間の30分程前にエミールと子供達がピザを抱えてキッチンに来た。私達はピザは閉店してから皆で食べる祝食としてとっておくことにした。私は子供達をあーちゃん夫婦に預け、エミールと受付の最終確認をした。外を見ると既にお客さんの長蛇の列が出来ていた。バイトの人達も出勤して、オープンする前に再び皆で動作確認をした。「昨日みたいにやれば大丈夫!」皆とてもリラックスしている様子だった。私達は既に準備万端だったため12時少し前に受付を開始した。最初ぎこちなかったエミールも数分後には慣れた様子でお客さんの注文を取っていた。調理スタッフもそれぞれの持ち場で何の問題もなく作業をこなしていた。キッチンはスムーズに回っている。この調子だと用意したラーメンは昼間で完売しそうな様子であった。が、しばらくすると注文するお客さんがいなくなった。最初私は"どうしたんだろ?"と思ったがすぐに、"夕食としてラーメンを食べに来るお客さんの方が多い!"ということをこの時初めて気が付いた。私達はイベントの1日目、2日目の昼間はキッチンをオープンしていなかったので、この事実を知らなかったのである。準備したラーメンの半分以上がまだ余っているので閉店するわけにはいかなかった。皆やることがなくなり手持ち無沙汰になった。しょうがないので皆でピザを食べながらおしゃべりをしたり、Xの外でトルココーヒーを販売している人がいたので、コーヒーを飲んで時間をつぶしたり、Xの周りを散策したりした。私は出来れば一人で寝たかったが、ここ最近子供たちと一緒に過ごす時間が少なかったので、私は子供達を代わる代わる抱っこしたり一緒に遊んだりして時間を過ごした。このノロノロと過ぎる時間が余計に疲労度を増加させた。また、バイトスタッフには閉店までの勤務をお願いしているので、この何もすることがない時間もスタッフの時給を支払わなければならない。"こんなんだったら、昨日の夜早く帰って寝ればよかったー!"と思ったが、後の祭りである。この時私は経営とはなかなか難しいということを思い知った。苦痛の3時間をやり過ごし夕方になると、また注文が入り出した。"よし!ドンドン来い!ラストスパートだ!"私達はそれぞれのポジションに付き、慣れた手つきで料理を作っていった。気がつくと外では大音量で曲が流れ、多くの若者がそこら中でダンスをしていた。どうやらXのイベントが本格的に始まったようである。キッチンの中のスタッフも、外から流れてくる音楽に合わせてダンスをしながら料理をしている。この時、Xにいる全員がノリノリで楽しいhyggeな時間を過ごしていたと思う。夜の8時にもなると注文するお客さんもいなくなったので、キッチンをクローズすることにした。あーちゃんに電話でそのことを伝えると子供達はすぐにキッチンに駆け寄ってきた。私は子供たちが寂しい思いをしていたのではないかと思い、走ってきた彼らをしっかり抱きしめようとしたが、彼らはすぐに「ママ、こっち来てー!」と、どこかに駆け出して行ってしまった。私は彼らの後をつけて行くと、5歳になる息子は若い女の子たちの前で一生懸命ダンスをしていた。彼女たちは息子のダンスを見て「かっこいいね、!」と声をかけている。彼は益々調子に乗りノリノリでダンスを披露していた。娘が見当たらなので探していると、Xのビクターが娘はAハウスの2階にいると教えてくれた。階段を上って娘のところに行くと、彼女は階下で楽しそうに踊っている若者達を橋の上からじーっと見ていた。「あみちゃん、キッチンに戻ろう」と言っても、彼女はなかなかそこから離れようとしない。子供たちは子供達なりにXで大きな刺激を受けていることがわかった。誰かが子供達を見守ってくれ、さらに老若男女が楽しめる場所、それがXなのである。
 今回のイベントで2勝1負の成果を収めた私たちはワインで乾杯をしお互いを労った。その時の私は疲労困憊していたものの達成感を感じていたと共にとても清々しい気持ちだった。さらに有難いことにこの夜は翌日の仕込みをしなくても良いのである。これだけでも最高だと思った。掃除は私が明日責任を持ってやると皆に伝え、この日は必要な後始末だけ行い22時頃全員帰宅した。翌日、エミールは用事があったので、私一人で子供を連れてキッチンの掃除をしに行った。しかし3歳と5歳の子供の面倒を見ながら掃除をするのは予想していたより大変で作業がなかなか進まなかった。結局月曜日にあーちゃんと優子さんが来てくれて3人でまたイベントの話や、子供の話や、どうでも良い話を、あーでもない、こーでもないとおしゃべりをしながら掃除を終わらせた。
 ラーメンイベントは色々なことがあって本当に大変だったが、とても貴重で有益な経験をしたと思う。やる前は面倒くさいとか、途中で投げ出したいとか思ってても、実際にやり遂げると、必ずやって良かったと思えるように人生は設計されているのだと思う。私はXから自転車で帰宅する時はよく「100%勇気」の歌を口ずさんでいる。いつか子供達にもこの歌を教えてあげたい。

最愛なる子供たちへ

 ある3月の金曜日、あなた達の学校で90分以内に1周1.2kmある道のりを何週走れるのかを計るマラソン大会がありました。アミ6歳は6㎞(5周)、ノア8歳は10.8㎞(9周)走りました。2人共とても頑張ったので、ファーは世界中にいる恵まれない子供達のために500kr寄付すると言いました。それを聞いたあなた達はとても喜んでいました。
 毎週金曜日お小遣いを貰ってお菓子を買うことが出来る日なので、2人とも15kr分のお菓子を買いました。その後それぞれ余った12krのお金を持って来て「これもお金のない子供達へあげて」とママに渡してきました。ママはあなた達の立派な行動にとても感動しました。ママが子供の時は自分のお金を寄付するなんて考えたこともなかったからです。
"自分の好きなことを少し我慢して、他人に少し貢献する。"
半世紀近く生きてきたママですが、あなた達から日々学ばさせてもらっています。


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