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根暗ノミコンノーヴァ「あっちとこっち」上演台本


あっちとこっち

 

 

第1場

 

 部屋がある。乱雑に散らかっている。
 そこにやってくる人、男女二人。

役人「ちょっ!岩崎さん!勝手に入っちゃヤバイんじゃないですか?」
 「いいじゃん、泥棒じゃないんだし」
役人「不法侵入でしょうが!」
 「細かい事言うなって~。アタシたち、知らない仲じゃないっしょ」

  女は、部屋にズカズカと入ってくる。そこに続く役人

 「(辺りを見回して)あ~なんか、、、コメントしづらい」
役人「ヒトの部屋に向かって何言ってるんすか」
 「何つうか、散らかってるのもヤなんだけど、何かまとまりが
   なくない?」
役人「ああ、確かに。コタツ出し放しなのに、扇風機も出してるとか」
 「だらしない···(床に落ちてる本を拾う)」
役人「生活感が、あるんだかないんだか分かんないですねこれ」
 「信じらんねーな~。こうゆう環境に住んでる人って。
   ねえ、どうやって暮らしてるのかな」
役人「僕に聞かないで下さいよ。僕も、こういう物とか本とか、
   収めるトコに収めないと、、、ムズムズしちゃうんですから」
 「なーんか、イメージと違うな~。工藤さんと違くない?」
役人「確かに。こんな散らかしてるイメージなかったです。
   本の趣味も(落ちてる本を拾う)バラバラですね?」
 「う~ん、本屋の本を、目隠しして適当に選んだみたいな感じだよね」役人「いや、これは、何て言うか。ちょっと違うものを感じますね」
 「あー、これ!昔読んでたな~」
役人「ヒトの話を無視せんでくださいよ」

  しばし、沈黙。女は黙々と本を読む。
  役人は、何かを諦めたのか部屋を見回して探索する

 「望月くんさ?」
役人「はい?」
 「誕生日いつ?」
役人「え?(誕生日占いの本を見て)なんだ誕生日。
   僕、そういうの好きじゃなくて」
 「マジレスしないでよ。別に、君の誕生日に興味なんてないし」
役人「僕だって、他人の誕生日に興味ないですし、自分のにも
   興味ないです。いっその事、やめません?そうゆう誕生日のムーブ。
   誕生日イベントって職場レベルでやってもウザいだけですよ。」
 「話の種じゃん。まったくよぉ~。メンドクセぇ若者だよ。
   ・・・3月9日。は、宇宙の探索者だって」
役人「3月9日?って、誰です?」
 「工藤さんのだよ。あたし、誕生日近いから何となく覚えてたん
   だよね~」
役人「ふうん。なんて書いてあるんですか?」
 「興味ないんじゃなかったの?」
役人「ま、話の種ですから」
 「3月9日生まれの人は、宇宙の探索者です。物事の概念をとらえる事が
   巧みで、想像力も豊かです。自分を取り巻く宇宙を理性、肉体、
   精神など、様々な手段を用いて研究し探索する事に関心があります。
   何にでも興味があり、どんな問題でも根本が分かるまで満足
   できません。心の中には、安定した保守的な面と、自由に旅し、
   夢と想像の世界に遊んでみたいという欲求があり、しばしば葛藤が
   生じます。個人的な重い責任を自分に課してしまうと
   フラストレーションに悩む事になります。
   自分のためのドアをいつでも開けておくべきでしょう。そこから時々
   抜け出し冒険好きで現実離れした性格を発散させるのです」   

 女が本読んでる途中、一人の男が入ってくる。片手にビニール袋 

ジャージ「あのー」
 「わあ!」
役人「あ、工藤さん!」
 「何だよ、工藤さん!いたなら何か言ってよ!」
ジャージ「いや、今、帰って来たんで」
 「あ、買い物行ってたんだ。ごめん、鍵かかってなかったから勝手に
   入って来ちゃった」
ジャージ「はあ。別に構いませんけど」
 「てかさ!工藤さん!何で休んでたの!!無断欠勤だよ!
   どうしちゃったの!」
役人「そうですよ、みんな心配してるんですよ」
 「1週間も連絡取れないからさ!様子見に来たんだよ!
   も、ホントにホントに何回も電話したし、メールもLINEもしたし、
   課長も所長も心配してるし、もう、今日見に行って死体だったら
   どうしよう!!って、さっき望月くんとも話してて!」
役人「死体死体って騒いでたのは岩崎さんでしょ」
 「ねえ、どうしたの?身体、どこか悪いの?何かヤバイ病気とか?」
ジャージ「いえ。体は、どこも、悪くない、ですね」
 「ホントに?」
ジャージ「ええ」
 「ふ~ん(怪しい目で見る)」
役人「いや~ホント、心配しましたよ〜!仕事休みたくなるのは
   しょうがないんで、せめて、連絡くださいよ」
ジャージ「はい、ご迷惑をおかけしてしまいまして、すみません」
 「あのさ」
ジャージ「はい?」
 「あんたさ、本当に工藤さん?」
役人「え」
 「工藤さんじゃないよね?」
役人「いやいや。何言ってんすか。どう見ても工藤さんでしょ」
 「うん、どう見ても工藤さんだよ。でもさ、さっき見た時から
   違和感ハンパなくて。何か違うんだよね。全体的に。
   工藤さんって、こう言うヌボっとしたテンションじゃないし。
   キビキビきっちりしたヒトだったし。何かさ、上手くは
   言えないんだけど、工藤さんって曲がり角を曲がる時も直角に
   曲がりそうな雰囲気あるじゃん?そういうのが足りないっていうか」役人「いやいや、確かにね、いつもの工藤さんと違いますけど。ねえ?
   何か、仕事の時とプライベートでキャラが違う人なのかなって」
 「いいや、違うね。まずさ、普段の工藤さんだったら自分の部屋に
   勝手に入られただけで怒り狂うと思うよ。」
役人「え、工藤さんってそんなキレキャラなんですか?」
 「いやさ、普段は気遣いの鬼って感じだけど。自分のテリトリーが
   犯されると、それこそ鬼みたいに怒るのよ。前もさ、資料?とか
   ファイルを勝手に動かした時あって。いやあ~そん時は
   ヤバかった。一生忘れらんない」
役人「どれくらい怒られたんすか···」
 「あ、話がどっか行ってたわ。とにかくさ、10年以上工藤さんと
   一緒にやって来たアタシが言うんだから間違いない。これは、別人」役人「失礼だなあ」
ジャージ「あの」
 「何よ」
ジャージ「それ、間違ってないと思います。その、工藤さん?
     僕ではないと思います」
 「···!ほら」
役人「マジ、ですか・・・?いやいや、ないない!嘘でしょ?工藤さん。
   それ面白くないですよ?」
ジャージ「冗談、では、ないです。本当に僕は、その、工藤ではない、
     と言うか自分の事も誰か分からないし、あなた達の事も
     分からなくて。あの、ですね。僕は、誰ですか?」

   ジャージが一歩前に出ると、二人は後ろに下がる

 「あ」
役人「すみません、思わず。」
ジャージ「こちらこそすみません。混乱させてしまって。あの、
     どうか落ち着いて聞いてください」

  二人、顔を見合わせて、しばしの逡巡のあと、うなずく

ジャージ「その、あなた方は、工藤、さん?のお知り合いと言うか、
     同僚の方なんですよね?」
 「うん。そう。工藤さんとあたしたちは、同じ職場で働いてます」
役人「そうです。役所ですね」
ジャージ「それで、はい、私は、何も、覚えてないんです」
 「は?」
ジャージ「すみません」
 「言ってる意味が分かんない」
役人「あの、つまりは、あなたは自分の名前も、ここがどこかも、
   僕たちの事も?」

ジャージ「分かりません。覚えてないんです」

役人「それってあの~、つまり、いわゆる、記憶喪失って事、ですか?」

女 「え」

ジャージ「ええ、はい。多分」

女 「ウソぉ!」

役人「は、あははははは」

女 「ドラマとかで良く見る奴?え、あれ?」

役人「うくくく、はははは(必死に笑いを抑えてる)」

女 「望月くん、何笑ってるの?」

役人「くくく、すみません、あ、あ、30秒待ってもらえませんか、ははははははは」

女 「変な奴。ねえ工藤さん、何も覚えてないって、どれくらい?出身地や若い頃も?」

ジャージ「はい。何も覚えてません」

女 「最後の記憶があるのっていつくらいから?」

ジャージ「何となく、1週間くらい前から」

女 「···あ、それって、工藤さんが来なくなった日ぐらいだ」

ジャージ「はあ」

女 「やっぱり、記憶喪失なのかな。何かヒントないかなあ。(辺りを見回す)

   あ、そうだ。工藤さんさあ、この部屋で最初に目覚めた時の事、覚えてない?」

ジャージ「はい。ええと。ですね。あ、朝、目覚めると、私は、この部屋にいました。

     頭がぼんやりしてましたが、自分はここの住人である事が、この家に馴染んでいる事が

     分かりました。トイレの位置も電灯の位置も身体が覚えていたんです。」

女 「ウンウン。それで?」

ジャージ「まだ外は薄暗い、早朝で、雨が降っていました。雨の音が窓から聞こえてきます。

     私は窓を開けて、外を眺めました。雨にけぶる街並みを見ていました。

     変わった形の建物、連なる家、駐車してある車、全てが新鮮で、どれもこれも、

ここは自分の居場所ではないと思った瞬間に昨日の事を覚えていない事に気づきましたそして、どれだけ記憶を手繰っても、一昨日の事も、ずっと前の記憶もなく、自分の

名前すら思い出せなかったんです」

 

  カメラが部屋の全容を写す様に横に触れると、部屋の隅に男がいる

  透明人間だ。カメラの存在を気にしながら、部屋を巡回し始める

  3人はこの男の存在に気づかずに話を進める

 

役人「あの、免許証みたいな身分証はありましたか?」

女 「あ、復活した」

ジャージ「大丈夫でしたか?」

役人「さっきは失礼しました。何か、混乱しちゃって」

ジャージ「あの、混乱するのは分かるんですけど、何で笑うんですか?」

役人「ああ、気にしないでください。昔から不意に笑いが止まらない時ってあるんですよね」

ジャージ「あ、ああ。はあ」

女 「何か、そういうの、望月くんって感じだよね。」

役人「何ですか、それ」

女 「ううん。気にしないで。こっちの話」

役人「ちょっと〜、そう言うの気になるな〜」

ジャージ「あの、いいですか(二人の会釈を得てから)免許証はありませんでした。キャッシュカードや

保険証も。自分を証明するものは何も無かったです。」

役人「八方塞がりですね」

女 「ねえ、どうして警察には行かない訳?」

ジャージ「ああ、そうですね。確かに。」

女 「一回さ、警察いってさ。それに、病院でも診てもらった方がいいんじゃ無い。

   なんてゆうか、さっきから、全部が全部普通じゃ無いよ。」

ジャージ「普通じゃない、ですか」

女 「そうだよ。病気っていうか、一回専門の人に、全部任せてもらった方がいいと、思います」

ジャージ「まあ、そうですよね。確かに、あ、岩崎さん、、、?の言っている事が正しいと思います。はい。

でも・・・」

女 「でも?何?行きたく無いの?」

ジャージ「まあ、ええ、そうですね。どちらか、と言うと」

女 「何で?それが今一番確実じゃん」

ジャージ「そうではあるのですが」

女 「もう、まだるっこしいな!何が嫌なの?」

役人「何か、警察に後ろ暗いところがあるとか?」

女 「え、、、」

ジャージ「あ、いえ、特にはありませんが」

役人「この部屋、何か匂うんですよ。なんというか、犯罪の匂いと言うか」

 

  一同沈黙

役人「なんて、冗談ですよ。ハハ。」

ジャージ「あ、冗談だったんですか。すみ、ません。気づかなくて」

女 「最悪」

役人「え、何ですか、この感じ!僕スベったみたくなってません?」

女 「実際スベってるよ」

役人「ちょっとおおおおおおおお~!」

 

 ここで、透明人間が話に入り込んでくる

透明「ジョークってさ、難しいですよね。僕は生まれてこの方ジョークが受けた事がないんです」

女 「スベッたこの雰囲気、どうにかしなさいよね」

役人「スベッてないですってっば!」

女 「スベるスベらないじゃなくて、TPOを考えなさいってことよ」

透明「まあまあ、そんなにカリカリしないで」

ジャージ「あの~、そんなに気にしていませんから。誰にだって、悪意なく不用意な発言をして

     しまうものですよね」

役人「それって、つまり、スベッてるって事じゃないすか!」

透明「あははははははははははははは!こりゃ一本取られたね」

 

  役人、透明人間の方に向き直って

役人「ところで、あなた、どなたですか?」

透明「あ、僕は工藤です」

女 「こんにちは、工藤さん」

透明「どうも」

役人「あれ、工藤さんが二人?」

ジャージ「あ。僕も、工藤?みたいです」

女 「あら。奇遇ね」

透明「奇遇じゃ無い。俺はきみで、きみは俺なんだ。」

役人「お前が、きみで。きみがお前で?」

女 「懐かしいですね。昔、そんな映画がありました」

役人「最近もありませんでした?アニメで」

女 「あれは、昔の映画のパクリです」

役人「へえ。そうなんですね」

ジャージ「あなたは、私と、同一人物?ですか?」

透明「違うね。同じだけど、違う」

ジャージ「同じだけど、違う?」

透明「目糞とか、鼻くそとかみたいなもんだよ」

ジャージ「目糞?」

透明「それだと、ちょっと汚いな。いいか、工藤くん。想像して」

  

  透明人間、ジャージから髪の毛を1本抜く

透明「これは、なんだい?」

ジャージ「私の髪の毛です」

透明「そう、さっきまできみの頭についてた髪の毛だ。ここで問題です。これは、きみですか?」

ジャージ「(透明から髪の毛を渡されて)これは、私ではないです。抜かれた髪の毛です。

     私から抜け落ちたものです」

透明「俺ときみは、そう言う事だ」

ジャージ「え」

透明「俺ときみは、抜かれた髪の毛と人間だ。切られた爪と人間だ。目糞、鼻糞、垢、汗、甘皮、涙、ため息、

吐息。そして、残された人間。それが俺ときみ」

ジャージ「あの、ちょっと」

透明「なんだ?分からないかな」

ジャージ「ひとつ気になることがありまして。この場合、どっちが髪の毛なんですか?私ですか?それとも

あなたが、髪の毛なんですか?」

透明「ああ、言わなきゃよかった」

 

  透明人間が話から外れると、他の三人は元の話に戻る。

ジャージ「あの、警察、何ですけど。行く事は、やぶさか、ではないですが、ちょっと待って欲しいんです」

役人「どうしてですか?」

ジャージ「ここ1週間、連絡がなかったのはすみませんでした。連絡しようがなかったのもそうなんですが。

あの、その、今の状況が、なんてゆうか(もじもじする)」

女 「何よ、はっきり言ってよ」

ジャージ「なんだか気に入ってしまって」

女 「気に入った~?」

透明「本当〜?」

ジャージ「(ちょっとはにかみながら)すみません。はっきり言いますと、今が楽しいというか。」

女 「何を呑気な」

ジャージ「何だか、今の自分が何が何だか、分からないっていうのが、楽しいんです。

      例えるなら、新しく恋人が出来て、付き合いたての時と気分が似てます。あ、私に、かつて恋人が

いたのか、は分かりませんが。

      もしくは、クラス替えがあって、新しいクラスになって隣にいる話したこともなかった様な

クラスメイトと、はにかみながら、話しかけるみたいな。そんな感じ。です。」

女 「な~んか、イラつきますねえ~。こっちが心配してんのにさ!ねえ?」

役人「僕、なんか分かりますね」

女 「何でえ~?」

役人「いや、あの、僕も100パー分かるとか、そこまでではないんですけど。旅行に似てるって感じなのかなって思います。」

ジャージ「ああ〜、旅行ですか」

役人「それか、もしくは知らない街を散歩する感じ?」

ジャージ「あ、そうです。それ、近いです。」

女 「はあ〜?」

役人「知らない街を歩いてると、自分がこの世で一人みたいな気分になってきますよね。寂しい、不安だって

気持ちもあるんですけど、そのざわざわした気持ちを胸の中でゴロゴロ転がしてくと、ちょっと

冒険してる気分になってくるんです。そのワクワク感っていうか」

ジャージ「あ、そうです。そうです。全部、とまではいかなくても、大体、そんな感じです」

女 「ええ~。なにこれ。通じ合ってる?何だよ。アタシだけ心配して馬鹿みたいじゃん!」

透明「うんうん、俺もわかるよ」

役人「心配はしてますって。ちょっと話が合っただけですよ」   

女 「も~なんでもいいよ。あー。・・・何〜か喉渇いちゃったなあ。工藤さん、何か飲みもんないの?」

ジャージ「お茶ならあります。」

女 「じゃ、ちょーだい」

ジャージ「はいちょっと待って下さい。取ってきます」

 

 ここで、三人ストップモーション。ゆったりとした音楽が流れ、照明が暗くなる

 女と役人はちゃぶ台に移動し、部屋には透明人間と同じ恰好をしたお手伝いさん達が侵入して来て

 スタンバイ

 

 

第2場

 

 明転。ちゃぶ台に座る二人の元に、ペットボトルのお茶を持ってきたジャージ

 

ジャージ「粗茶ですが」

役人「あ、お構いなく」

 

 お茶を淡々と飲む役人。落ち着かない女

女 「で、さ。何の話だったっけ?」

役人「今後工藤さんをどうするか、ですよね」

ジャージ「はい」

女 「つってもさ、本人がこの状況を楽しんじゃってるからさ~。どーすればいいか分かんない」

ジャージ「すみません」

役人「まずはどこまで記憶があるのか、確認したほうがいいのでは?」

女 「え。記憶喪失って言ってたじゃん。何も覚えてないんだよね?」

透明「そーだそーだ」

ジャージ「はい、思い出そうとは思ってたんですけど、自分の事は全く」

役人「いや、さっきから見てると、記憶、全てを無くしてる訳じゃないですよね?部屋の物の配置は覚えてた

みたいだし」

女 「あ、確かに」

役人「僕ね、昔から思ってたんですけど。ドラマとか映画の記憶喪失の人って都合がいい記憶のなくし方

してますよね?ずっとそれが引っかかってて。そもそも記憶を無くしてるなら、言葉もしゃべれないし、人間として必要最低限の知識もなくすはずですよね?それでも、普通に人間として振舞ってるのが

おかしいですよね?」

女 「それはフィクションの話じゃん。実際には脳がオシャカになって話せない程の重症になってる人も

いるでしょ」

役人「でも、工藤さんは違いますよね?まだらに色んな事を忘れてもいるし、覚えてる。その二つを

整理したいんです。」

ジャージ「言われてみれば、そうですね。私も、自分がどこまで忘れてるのか把握してないです。

      記憶がどこまで自分に残ってるのか、確かめたいですね」

役人「そうでしょう!」

女 「やけに前のめりだねえ」

役人「いやあ。こう、ね、仕分けというか、ごちゃごちゃした物事を整理するのが好きなんですよ。ミステリーが

好きなんで。謎を放置できないんです」

ジャージ「そうですか。謎。私は、そう言ったモノが好き、かもしれないです。物事を曖昧にしておきたいって、キモチが。今は強いかもしれないです」

女 「そうだよね、こんな事になってるの誰にも言わなかったし、警察にも行かないしさ」

役人「やっかみは良くないですよ」

女 「別に~」

 

透明「俺は、ある日、拡散した。その瞬間この世の誰でもなくなった」

女 「まだ、いたんだ」

役人「ずっとそこにいましたよね?」

透明「うん。ずっとここにいたよ。あっちにもいるし、こっちにもいる」

ジャージ「部屋の中にいる、男の存在を私は、長い間放置していたのかもしれない。

     その男の視線に気づいていたが、それを放っておいた。謎は謎のままでいいと思った」

透明「拡散した俺は、この世界のどこにでもいれる様になった、無数の目と、耳と、鼻を持つ。

   全てが見通せるし、全ての人の隣にいる。それが俺」

女 「ふうん、良かったですね」

透明「冷たいね」

女 「そういう人、嫌いなんですよ。全能感のある男とか。一番最悪」

透明「仲良くしようぜ」

女 「やめて!」

  透明人間、女の肩をつかもうとするも、女は拒否。足で本を蹴っ飛ばす。悶絶する。

  心配そうに見つめる他の面々

 

女 「いてえ~~~~。もお。ちょっとさ。やっぱり無理。この部屋、汚いよ。片づけたい」

ジャージ「片付け、る?」

女 「そーだよ。ごちゃごちゃごちゃごちゃしててさあ。耐えらんない。今すぐ掃除したい」

役人「いや、岩崎さん、それはちょっと」

女 「何だよ、文句ある?君も、こうゆうの許せないタチでしょ?」

役人「まあ、実際に僕も落ち着かないは落ち着かないですけど。」

透明「俺は割りに平気かな」

女 「ね、そうでしょ。望月くん戸籍係にいるんだから、整理とか分類とか得意でしょ」

役人「得意というか、性分なんですよね。ごちゃごちゃした物が片づけられて整理整頓された状態が

好きっていうか」

女 「ね、片付けようよ」

役人「や、それでもダメですよ。勝手に他人の部屋の物を動かすのは。ねえ?」

ジャージ「構いませんよ」

役人「え、いいんですか?」

女 「よし。あたし掃除道具持ってくるわ。どこにあるの?」

ジャージ「あ、部屋を出た所の、キッチン横の納戸に入ってます」

透明「よし、片付けよう」

 

  と言って、女は一時退場。透明人間は掃除をし始める

  掃除をし始めると、いつの間にか、お手伝いさんも片づけに参加し始める

役人「どうして?こんなに散らかしてたのに?」

ジャージ「なんでしょうね。散らかりっぱなしってのも良くないな、とは思ってたんですけど

     なんか片付けられなくて。」

役人「だって、前の工藤さんは、自分の物を動かされただけでキレるって」

ジャージ「前の、私は、そうかもしれなかったですけど。私にとっては別人なので。・・・あ」

 

  ジャージ、少しうつむき、考え込む。

役人「どうされました?」

 

  女が、ホコリを取るはたきを持ってジャージの背後に回る

女 「以上が、施術の説明になりますが、なにか、ご質問などありますでしょうか?」

ジャージ「特にありません」

女 「では、施術に移ります。やれるだけやってみましょう」

ジャージ「はい。やれるだけ、お願いします」

  

 女が男の頭をはたきで丁寧に撫でる

女 「お客さん、結構溜まってますねえ」

ジャージ「そうですか。あまり自覚がないというか」

女 「うーん、面白いくらいに取れますねえ。楽し。」

 

 そうこうしている内に、女の膝枕の上にジャージは寝る

ジャージ「あの、お姉さん。このお仕事長いんですか?」

女 「もうかれこれ5年もやってますねえ」

ジャージ「5年も。すごい。ずっとこういう系の仕事をされてるんですか?」

女 「ふふ。ナンパですか?」

ジャージ「いえ、すみません、そういう事ではないんですけど。ふと、気になっちゃって」

女 「冗談です。こうやって、頭の中の余計なものを取ると、リラックスされる人が多いから

   雑談も弾むんですよ」

ジャージ「へえ。でも、確かに分かります。僕、床屋とかの雑談が苦手だったんですけど、

     今日は変に会話が弾むというか」

女 「んふふふふふふ。皆さんそう言ってくれますね。」

ジャージ「あ。」

女 「どうされました?」

ジャージ「何か、頭の端っこでふわって。何かがほこりの様な物が舞った気がして。それでふいに何か

思い出しそうな気がしたけど、気のせいでした」

女 「分かりますよ」

透明「ほら、思い出って、何かの拍子にふいに思い出すことあるじゃない。子供の時にお菓子のおまけで

付いてた安っぽい食玩とか。何でもないクラスメイトの整髪料の匂いだったり、昔使ってた毛布の

毛羽立ちの感触とか。」

ジャージ「そう、そう言うものを思い出そうとしても、言葉にできなかったり」

女 「分かりますよ」

透明「だから、普段は人にいうほどの物でもないけど、今は頭がすっきりしてるから、言える様な」

ジャージ「そんな気になって」

女 「分かりますよ」

ジャージ「ねえ、そういう時ってありませんか?」

役人「ああ、変にテンションが上がっちゃう時もありますねえ。

   あ、そういや掃除道具、見つかりました?」

女 「(首をふる)ホコリ取り以外、なーんもありませんでした。」

ジャージ「あれ?そうでしたか。おかしいな」

女 「あそこにある(部屋のすみ)、掃除機、使いたいけど。まずは、物の整理からだよねえ」

役人「そうですねえ。まず物の仕分けから始めないと」

 

  作業に入る役人。その横で女、カシュっと缶ビールを開ける

役人「あ、何飲んでるんですか!」

女 「冷蔵庫にあったからさ」

役人「掃除は?」

女 「その前に景気付けだよ。掃除やってあげるんだから、これくらいいいよねえ?」

ジャージ「ええ。私は飲まないから大丈夫です」

役人「あれ、じゃ、なんで冷蔵庫に?」

ジャージ「えと、確か、知人からもらったものを飲まずにいて、それを冷蔵庫に入れっ放しにしてたんですよ」

女 「え、ちょっと待って。これ賞味期限、大丈夫なの?」

ジャージ「お酒だから大丈夫じゃないですか」

女 「それもそうか・・・」

 

  女、酒を飲みながら

女 「あれ・・・?なんか変な気がする」

役人「あ!工藤さん、このリュック!前に自分が使ってたのと同じやつですよ!」

ジャージ「おお、そうですか。奇遇ですね」

役人「バイトの時によく使ってたなあ。・・・あの、僕の話、聞いてもらえますか?こう言う事ってあるんだなって

程度の話ですけど。学生時代、バイトのお使いで世田谷の住宅地にある会社に何度かお使いで

通ってたんです」

透明 「世田谷ってお洒落だね」

役人「それで、その会社が駅から遠くて。駅からの商店街を通って、目印の建物を横切って、次の角を

曲がれば着くって感じで道順を覚えてて」  

ジャージ「グーグルマップを見ればいいんじゃないですか?」

役人「当時はスマホがなくて、ケータイにもあまり地図機能がついてなかったんですよ。

   で、話を戻して。その目印にしてた建物がどうゆうのかと言うと、お金持ちの豪邸なんです。

   アーティスチックな青銅の門構えがドーン!ってあって。奥に、広い庭があって、そのさらに奥に

白亜のモダンな建物がありました。屋根が平で四角くて、横に広くて。一見すると何階建てか

分からなくて」

女 「ディテールが細かくていいね」

ジャージ「お金持ちの家って見るだけで楽しいですよね」

役人「それで、よーく見ると、ですね。何だかこの建物見た事あるな、って。強烈な既視感があったんですよ。それで何度も通っている内に引っかかって。どーにも気になってたんです。

バイトをやめてしばらくして。ある時、家でくつろぎながらテレビを見てたら、急に思い出したんです。

あ、あれ、スネ夫ン家だ!って」

ジャージ「急になんですか」

役人「分かりませんか、スネ夫」

ジャージ「ドラえもんの?」

役人「そうですよ。庭でラジコンしたり、家に友達呼んで盛大にホームパーティーするスネ夫です!

広くて、お洒落で、カッコ良くて。僕、子供心に、スネ夫の家に憧れてたんです。

    もちろん、ドラえもんにも憧れてたけど、僕はそれ以上にスネ夫の家に憧れてたんです。

そのスネ夫の家がお使いの通り道にあったんですよ!」

女 「熱いね」

役人「そうやって思い出したらたまらなくなっちゃって。数年ぶりにその目印の建物を見に行ってみたんです。

そうしたら、その目印の家が、スネ夫ん家が。消えてたんです」

女 「は?」

ジャージ「あるはずの場所に、その家がなかった?」

透明「こりゃたまげた」

役人「そうです。確かに、そのスネ夫ん家の前を通っても、それらしき建物がない。跡地もないし痕跡もない。

お使いに行ってた会社はまだあったのに。」

女 「え、分かんない。どうゆうこと?」

役人「僕にもよくわからないんです。でも、一つ可能性として、僕は勝手に自分の中にありもしない理想の

スネ夫んちの記憶を作り出していたんじゃないかなって。

そのスネ夫んちの理想像が、あの目印の家に投影されてしまっていたんじゃないかって。

    ありもしない記憶を僕は作り出してしまっていたんです」

 

  しばし沈黙

女 「それで話は終わり?」

役人「そう、終わりです。」

女 「えー!うそー。最初から最後まで分かんない話された!」

透明「人の記憶ってのはすごいね。自分の見たいものを本当に見てしまうのだから」

ジャージ「記憶の中には自分で埋め込まれたものがある・・・?」

役人「人からされた話ってのを、自分の話だと思い込んじゃう人っているじゃないですか。記憶のフォルダが

混濁している人。それを全部自分自身でやっちゃったんです」

ジャージ「興味深い話ですねえ」

役人「はい。そう言うなんかオチも何もない話ですみませんでした。
    で、実はここからが本題で、提案なんですけど。こんな風に、なんとなく、昔の話をしてみませんか?

そうやれば、工藤さんも何か思い出したり、手がかりが見つかるかも」

女 「その前に部屋の掃除でしょ」

役人「この部屋のものも、工藤さんの痕跡なんですよ。だから、記憶の手綱がどこかに潜んでるかも、ですよ。

だから、掃除をしつつ、昔話です。ほら、次は岩崎さんのターン」

女 「え~!なんかあるかなー。・・・いやいや、ないって。そんないきなりすべらない話を出せって言われても

無理だよ」

役人「すべるすべらない関係なく、なんでもいいんですよ。雑談みたいにポロっと話すのが大事なんです」

女 「え~、いやだいやだいやだ!プレッシャーだよぉ!!私、発表会の類も苦手だったんだから」

役人「発表会?ピアノか、なにかやってたんですか?」

女 「あー、うるせうるせ。やってない。なにもやってない」

 

  ジャージ、キーボードを弾く。女と役人そっちに注目

ジャージ「ありますよ。キーボード。弾いてみます?」

女 「この部屋、なんなん?何でもあるじゃん」

ジャージ「岩崎さん、ピアノのご経験があるなら、1曲弾いてみませんか?私、聞いてみたいです」

女 「ないっての。いや、子供の頃にあったけど、子供の頃にやったきりだから、何も弾けない!

   あるでしょ、子供の頃に気まぐれにやってた習い事」

ジャージ「そうですか」

女 「工藤さんこそ、弾けるんじゃない?家の中にキーボードあるんだから」

ジャージ「ああ、そうか。そういえば。なんで気づかなかったんだ。」

役人「おお!これは重要な手がかりかもですよ!ピアノに熟達した人は、手が覚えてるって言いますから」

ジャージ「・・・では、失礼して」

 

  ジャージ、キーボードを弾いて見せる(実際はお手伝いさんの音効が弾く)

  クイーンの『ボヘミアンラプソディー』全員で合唱

  女、役人、透明人間、全員が拍手する

女 「すごいじゃん!どこで覚えたの?」

ジャージ「分かりません。その、何だか自然に出来ました。」

女 「何か思い出した訳では」

ジャージ「・・・ありませんね」

役人「でも、すごい成果ですよ!こうやって、一つ一つ試しにやっていきましょうよ!そうすれば、工藤さんの

記憶も戻りますって!」

女 「よっしゃー!しまっていこー!おー!」

 

   一同、ストップモーション。透明人間が前に出てきて説明。

透明「この様に盛り上がりはしましたが、その後、特に進展もなく、2時間が無為に過ぎて行きました。

夜は更けていきます」

 

 

第3場

 

  一堂、黙々と部屋の片付けをしていく。

  役人、デカイくしゃみをする

女 「くしゃみ、でか」

役人「は、す、すみま、へークッション!」

女 「汚えな〜」

役人「す、すみません。なんか、掃除をしたら埃っぽくなっちゃって。」

   

  ジャージが、タイミングよく、役人にティッシュ箱を渡す

役人「す、すみません(役人、鼻をかむ)いや〜僕鼻が弱くて。埃っぽいとこダメなんですよ」

女 「確かにホコリっぽくなってきたね〜。ねえ、工藤さん。ここの部屋さ、やっぱり変」

ジャージ「え、何がです?」

女 「どうみても、このホコリの量。1週間やそこらで降り積もったとは思えないね」

ジャージ「と、言いますと。」

女 「記憶、なくなる前からこの部屋、だいぶ散らかってたんじゃない?」

ジャージ「はあ」

女 「つまり、この部屋の状態から鑑みて、記憶がなくなる前の工藤さんは錯乱状態だったんだ。

   心の乱れは生活の乱れ。と言うことは、アタシが推察するに、工藤さんはとんでもないストレスに

晒されてたんじゃない?そのストレスがホコリみたいに工藤さんの心の中に降り積もって、ある時に

それが限界を迎えて、それで工藤さんの記憶が・・・って、あ〜!うるっせえなあ!」

 

   女のセリフの途中で透明人間が掃除機をかけて、女のセリフを途切れさせる

女 「こっちが喋ってる時に、掃除機使うんじゃないよ!」

透明「ご、ごめん」

 

  役人もデカイくしゃみ

女 「オメーもくしゃみがデカイんだよ!」

役人「すみませんってば。ウチの家族、みんなくしゃみがデカイんですよぉ。」

 

  役人がティッシュで鼻をかむ音、掃除機の音、ドライヤーの音が積み重なる

  他にも洗濯機の音や様々な音が積み重なってくる

 

女 「あ〜。やだなあ。生活の音だ。こう言うのが一番しみったれてて嫌い」

役人「誰にだって、生活音は出てしまいますよお」

女 「生活。まあね。確かに。一人暮らししてみて初めて分かった。生活には音があるんだって。

   ヤダヤダ。こう言うのから逃げる様に地元から都会に出てきたってのに。なんなんだよ。」

ジャージ「嫌いなんですね。」

女 「ん?」

ジャージ「故郷が」

女 「そうね。私の地元ってさ。中途半端なんだよね。都会からはまあまあ離れてるんだけど、

   日帰りで帰れなくもない。でも、毎日都会に働きに出るにはかなり遠い。

   だから、余計に閉じてる。観光もない。名産品もない。ついでに言えば、産業もほぼ終わりかけてる。

栄えてるのは駅じゃなくて、国道。国道沿いに並んでるのはチェーン店とパチンコ屋。その真向かいには

サラ金のATM。車の音と排気ガス。

   国道から抜けると、畑と田んぼと、ただの荒地が広がってる。畑には、カラス除けの空砲。

   それが、アタシの生活の音でした」

透明「拡散すれば、そこから抜け出せるよお」

女 「黙ってください。私には、私のリアルがあったけど、パチンコの轟音と安っぽいカラオケのBGMに

かき消されていきました。暴走族じゃなくても、皆バイクのマフラーを改造しているから、必要以上に

煩い。私の声は最初から届かない様に出来ていたんだ。

  だから、お金をためて、都会に出たんです。初めて住んだのは、駅から徒歩30分近い、静かな住宅地

でした。そこには、私を脅かす音はどこにもありませんでした」

ジャージ「住み良い感じですね」

女 「でも、考えが甘かった。次に待っていたのは家の中の音だった。母親が雑に家事する音。父親がデカイ

くしゃみをする音。ヤンキーの弟がスマホでやってるソシャゲやパチスロの効果音。

  そう言う生活の音が、自分の部屋の至る所に、あって。アタシの生活の足を引っ張るんです」

 

   大きなため息

女 「あ〜。終わった。でも、今更田舎にも戻れない。どうしよ」

役人「趣味をもっては?」

女 「え〜、何?趣味ぃ〜?どんな?」

ジャージ「アイドルなどは?」

 

  ジャージ、サイリウムを振る

女 「この年で?ジャニタレもねえ?」

役人「いやいや、女の子の方ですよ。今は女の子ファンもいっぱいいるし。色々なニーズに対応してる

みたいですよ」

透明「うんうん。奥が深いよ」

女 「いい。いい。やめやめ。文句ばっかり言ったけど。今は今で、結構満足はしてるんだ。

楽しいは、楽しいし」

 

  女、やおら立ち上がる

女 「あ〜、何かお腹すいた!」

役人「あ、こんな時間が経っていたのか」     

ジャージ「もう、結構いい時間ですね」

女 「だいぶ部屋も片付いてきたし、ご飯どきじゃない?」

ジャージ「ご飯。うちには何もなくて。さっき買ったうどんでも食べます?」

女 「ううん。いいや。何か出前とかはあるの?ピザは?」

役人「ここいら辺、配達区域外って、出てますよ」

女 「マジで!」

役人「ほら。地味に駅から遠いですからね、ここ。くる時も結構迷ったし」

ジャージ「そば屋、ありますけど。この時間だともう閉まってるかもしれませんね」

女 「他には?」

ジャージ「ああ、ラーメン屋は何軒か」

役人 「あ、ラーメン屋あるんすね」

ジャージ「そうですね。駅前に比べたらそんなにありませんけど、ここいら辺も探せば結構ありますよ。

近い所だと、かしわぎとか。花木とか」

女  「何それ、何系のお店?」

ジャージ「どっちも醤油です。さっぱり系」

女  「いいねえ。塩もやってる?」

ジャージ「はい。どっちもあります。後、最近できた、キナリって所もさっぱりしてますね。おしゃれな店です。

ちょっと並びますけど、10分くらいですぐ順番が回ってくるんで、見た目ほどは待たされる感じでは

ないので、そこもいいんじゃないかと」

女 「帰り寄ってみよ~」

役人「ああ、話を聞いてたら、僕もお腹空いて来たな」

女 「望月くんも、一緒に行こうよ」

役人「いや、僕は心に決めた店あるんで」

女 「出た。二郎系」

役人「いや、違います。家系のとこがありまして」

女 「どっちも一緒じゃん」

役人「違いますぅ~家系と二郎系は全く別物ですう~」

女 「変わんねえよ。あーあ。若い子っていいなあ、油とか味濃いめとか、アタシもう無理だもん」

役人「ラーメンって、そういう無茶を食べるモンじゃないですか?今日や明日の胃の具合なんか

   気にしてたら、ラーメンなんて食えないっすよ」

ジャージ「でしたら、駅からちょっと遠くなりますけど、ガッツリ系のありますよ。麺屋天凰って言うんですけど」

役人「へえ、どこにあるんですか?」

ジャージ「ここに来る途中で大きい通りがあったと思うんですけど、そこを右に曲がって10分くらい進むと」

女 「あ~~~~!」

役人「何ですか」

女 「工藤さん!記憶!」

役人「え、あ、ああああ〜!そうだ!」

ジャージ「あれ?あ、、、確かに。何でだ。何でこんな事知ってるんだろ」

女 「ラーメンの事はすごい覚えてる!」

役人「これ、最近行ったとか、本で勉強した、とかじゃないですよね?」

ジャージ「いや、違う、と思います。ここ1週間では全く行ってません。ラーメン」

役人「じゃ、つけめんで有名なラーメン屋と言えば?」

ジャージ「え。。。た、大勝軒?」

役人「···正解!!」

女 「ほらほら!やっぱりラーメンに関しては記憶ちゃんとあるんだよ!」

役人「とんでもない所に手掛かりがありましたね!」

ジャージ「ああ、確かに、何かラーメンの事になると、特に悩む事なくスッと答えられますね」

役人「じゃあ、これを手掛かりに店に行ってみれば!」

女 「記憶、戻るかも!ね、工藤さん、ラーメン屋行こ!」

ジャージ「あ、はあ、ラーメン」

役人「ここら辺のどこでもいいです。記憶にあるラーメン屋に連れてってください!それがきっかけで

思い出すかも!」

女 「よっし、レッツゴー!ほら、工藤さん、支度して!」

ジャージ「あ、僕、さっきコンビニでうどん買って来たんですが」

女 「今はそれどころじゃないでしょ。行こう行こう。あたしが奢るから」

役者「やった!」

女 「あんたには奢んないよ。ほれ、ダッシュで行こ行こ」

ジャージ「え、ええ。はい。」

 

 部屋を出ていく3人。

 ひっそりとする部屋に、透明人間とお手伝いさんだけが残される。

 透明人間、部屋の照明を変えると、部屋の隅に置物みたいに収まって、じっとする。

透明「もし、あり得たかもしれない世界を想像したとして。それが本当になるなら。

   あっちの私は何をしているだろう。こっちの僕はどこにいるだろうか。窓はどこにでも開かれている」

 

 

第4場

 

 部屋に戻ってくる3人。ちょっと塞ぎ込んでるジャージ。

 

女 「結局何だったのかねえ」

役人「収穫なしでしたね」

女 「ラーメンは美味しかったよ!」

役人「ええ、ラーメンは美味しかったです、、、特にスープが」

女 「え、うそ。望月くん、醤油だっけ」

役人「醤油です」

女 「そっかー。醤油かあ~。そっちも良さげだったなー。」

役人「てか、岩崎さん、いきなり塩ガラ豚骨とか、変なの頼むから」

女 「美味しかったからいいじゃん」

役人「初めての店でそんなリスキーなの頼みます?普通」

女 「美味しかったからいいじゃん!て!あ、お茶ありがと(ジャージに茶をもらう)」

役人「あ、すみません。あ~、ほら、なんて言うか、その、ラーメンでそんな都合よく記憶が戻るわけ

ないっすもんね」

女 「そーだよ、落ち込まないで!」

ジャージ「いや、特にそう言う訳ではないんですが」

女 「何だよ。違うんかい」

ジャージ「ずっと考え事をしてたんです」

役人「どんな事を?」

ジャージ「いや、なんて言うのかな。不思議だなって。確かに、自分には記憶がないのに、ラーメンを

手掛かりに、何か思い出すかなって思って、結局何も思い出せなかったのは、そうだったんですが。

でもね、食べた時に、不思議にね、ラーメンの味を確かに、私、覚えてました」

役人「前に食べた事がある味だったて事ですか?」

ジャージ「そう、そうなんです。スープを一口含んで、ああ、あの味だ。ああ、そうだ。いつもの味だって」

女 「うん、あるある」

ジャージ「ここ数日、考えてたのは、ですね。記憶って、何かなって事なんですが。

     自分は確かにここにいるんですけど、私は自分の事を何も覚えてなかった。でも、私はここにいる。

何故だ?記憶がここにないなら、自分はここにいないのも同じじゃないか。

     ですが、ラーメンの味を私は覚えていました。私という身体が、ラーメンの味を覚えていた。

だから、もういいんです。私は確かにここにいました。自分は全くのまっさらの自分ではなかったの

です」

 

透明「まっさらではありませんが、ここにいる事に何の意味も見出せなくなってしまっていた

   だから、私はここから居なくなろうと思います」

ジャージ「やあ、もう一人の私」

透明「やあ。ここに居ない自分になろうとして、私は、私を拡散させてしまった」

 

  透明人間、鏡を取り出して、ジャージは自分を見つめる

ジャージ「どうして、そうなってしまったのだろうか」

透明「ここの空気が、私には耐えがたいモノになった。だから、私は私を拡散させてしまった

   もう一つの、あっちのほうへ、私は空間を飛び越えて行った」

ジャージ「ふうん。あっちは、こっちに比べて、どうですか?」

透明「なんでも見えるよ。でも、空気はまだ美味しくはない」

ジャージ「空気か・・・ある日、私は空を見上げました。この空にあふれる空気の事を想って。

     空気は誰にも触れる事は出来ないけど、誰もが触っている」

女 「なに、ぶつぶつ言ってるの?」

ジャージ「あ、すみません。」

 

  二人、同じ向きに並んで座る

女 「ちょっとさ。黙ってるのってどうなの?」

ジャージ「え?」

女 「え、じゃないよ。あんたから隣いいですか?言ってきたんだからさ。何か話しかけるのが筋でしょ?」

ジャージ「え~。そうかなあ」

女 「そうでしょうが。しゃべらないんだったら、離れたところに座ってよね」

ジャージ「すみません・・・あ、あの、どこから来たんですか?」

女 「質問、ヘタか。東京から乗ったんだから、どっちも東京でしょうが」

ジャージ「いや、私は、これから実家に帰るので、東京、ではないですが」

女 「(女、ちょっと笑う)あたしもそうだ。地元同じなんだね。実家って、どっちの方?」

ジャージ「あ、あの、山の方です」

女 「へえ。あたし、国道の方だ。大丸とかがある方」

ジャージ「え、大丸?」

女 「あれ?大丸知らないの?そっか。地元が同じって言ってもなーんか違うもんだね。」

ジャージ「全然。僕からしたら別世界ですよ。そっちは、なんか都会のイメージがありますね」

女 「ふーん」

ジャージ「ネオンも綺麗ですし」

女 「ネオン!あはは!パチンコとラブホの電飾じゃん!」

ジャージ「それでも、山から見ると、綺麗ですよ。僕の実家の近くなんて、山の中腹にあるから

     綺麗に見えるんですよ」

女 「あ~。」

ジャージ「なんですか?」

女 「ナンパですか。やっぱり」

ジャージ「違いますよ」

女 「あっそう」

 

  そっぽ向く女。しばし、沈黙

女 「あたしさ、この景色が好きなんだ」

ジャージ「え」

女 「バスでも、電車でもなんでもいいんだけど。移動するこういう景色。流れていくでしょ。

   だから、好き。景色が流れていくのをぼんやり見てるの、好き」

ジャージ「ああ。どうしてですか?」

女 「うーん。こうやって、座っているだけなのに、私は別の場所に連れていかれる。自分では

   この流れを止められない。でも、その先には何かたどり着くべき目的地があって。それは

   自分で選んだのに、この流れる景色は自分で選択出来ない。誰かにどこかに連れて行かれるのは

怖いけど、変な安心感がある。そのアンバランスな感じが好き、なのかも。」

ジャージ「なるほど。言われてみれば確かに。あ、そうか。それって!つまりは、人生とおな」

女 「やめて。そういう陳腐な例え。めっちゃ気分下がるから」

ジャージ「いや、でもですね。なんてゆうか、貴方が言ってたその気持ちが、分かる気はします」

女 「ああ、ま、ありがと。てゆうか、もう話す事ないならだまってて。景色を眺めたいから」

ジャージ「そんな。話しかけろって言ったくせに」

女 「空気を、読んでくださーい」

ジャージ「・・・空気は読むもんじゃない。吸うもんですよ。」

女 「うるさいでーす」

 

  そこに透明人間が割って入り、話しかける

透明 「吸ってみます?」

 

   部屋のすみから、怪しい呼吸器のようなものを持ってくる

透明「この機械ならば、大丈夫。この呼吸器から、新鮮な空気を吸い込めば、貴方は空を飛べます。」

ジャージ「どうやって。空を飛ぶんですか?」

透明「拡散するんです」

ジャージ「拡散」

透明「そーです。拡散です。人間の形と言うものは引力を伴っています。

   引力は色んなものと繋がっています。友人、家族、職場、社会、コミュニティ。

   あらゆる場所に引力が働いて、それをギュッと押し込めると人間という形になります。

   でも、あなた。その引力から解放されたいと思いませんか?引力がなくなれば、あなたは、人間関係の

檻から開放されます。あなたは、どこにでもいれるし、どこででもあなたでいられるのです」

ジャージ「それが、拡散?」

透明「そーですそーです。あなたも簡単にそーなれます。この呼吸器から発せられる気をスーッと肺いっぱい

に吸い込むんです。そうすると、あなたの中の引力は段々と消失して、散らばり、空気中を漂います。」

ジャージ「煙みたいになるってことですか?ドラキュラ伯爵みたいに?」

 

   透明人間、ニマーっと笑ってうなずく

透明「この国では、年間で8万人以上の行方不明者が出ているみたいですよ。その8万もの人、

   どこにいっちゃったんでしょうね~」 

ジャージ「拡散・・・拡散したっていうんですか」

透明「そうかもね」

ジャージ「で、その、拡散したって、どうなるもんなんですか?」

透明「分かりませんか。そこには究極の自由があります。この地球上を覆うオゾンの様になって、どこでも

あなたはいる。どこにでもいて、誰とでもいれる。」

ジャージ「私も、誰かに、なれる・・・?」

透明「誰か、じゃないんです。誰にでもなれるんです。無数の目があなたの眼前に広がり、無数の身体と

溶け合う事が出来ます。さあ、GO!です」

 

  ジャージ、一瞬ためらうが、呼吸器に顔をいれる。

  スーハースーハー。

透明「どーです?」

ジャージ「なんか、なんとも言えないですね。これ、本当に効いてるんですか?」

透明「まあまあ。そんな吸って即効果が現れるわけではないですから。」

ジャージ「はあ、どれくらいこうしていればいいですか?」

透明「12時間くらい、かな」

ジャージ「そんなに!」

透明「ま、寝ながら待ってなよ」

ジャージ「はい。(寝る)」

透明「子守唄を歌ってやろうか?」

ジャージ「結構です」

 

 スーハー。スーハー。照明が消えていく。暗闇に呼吸音が響く

ジャージ「眠りに堕ちながら、私は昔やってた映画を思い出しました。一人の冴えない劇作家が、

でかい倉庫を貸し切って、自分の理想とする街を作るのです。

     その架空の街はリアルタイムで時が流れています。そこでは、役者が架空の街に住んで、

     架空の生活を演じます。そうして、本当の街が出来上がります。

     いつしか、その劇作家も、助手も、役者も、街の中に入って溶け込んでいきます。

     やがて街はひっそりと完成していって、、、結末は忘れました。ただ、とても悲しいラストだったのを、

なんとなく覚えています」

女 「やがて、全部が嘘になった?」

ジャージ「そう言う事なのかな」

役人 「頭の街の中に、全て埋没していったんですかね。」

ジャージ「分かりません。夜中にやっていた映画をぼーっと見ていただけだから。」

 

  照明がつく。

女 「夜中って、変な映画やってるよね。やってると、なんとなく見ちゃう」

役人「あ〜。僕はあんまり見ませんけど」

女 「30年くらい前のパニック映画とか、ジョーズの3だか4だか、誰が見るんだ?って奴。

   面白くはないんだけど、ボーッと見ると止まらなくなっちゃう」

役人「映画なんてここ何年も見てないですよ」

女 「え、最後に見たのは、何?」

役人「あ、え〜と、何見たかな。ジブリとかだったかな〜」

透明「ジブリといえば、海が聞こえるだね!」

女 「え〜、つまんね〜の。」

役人「ジブリは、面白いじゃないですか。」

女 「ジブリは面白いかもだけど、話が広がんないから、つまんない。工藤さんは?映画とか見るの?」

ジャージ「ああ。私は『裸の銃を持つ男』が好きです」

女 「え」

役人「え」

ジャージ「・・・あ〜。あの主演の、あの人、名前は」

透明「レスリー・ニールセンだ!」

女 「や、知ってるよ。懐かしい〜。ってか、意外。」

役人「僕、良く知らんないんですが」

女 「なんつうかな、ひと昔前の奴。アメリカ人が作った、下品でくっだらないコメディ。」

ジャージ「そんな事ありませんよ。良く見ると含蓄があります。それに、レスリー・ニールセンは元々は

アクションも出来る2枚目俳優だったんですよ」

女 「ふふ。好きなんだ」

ジャージ「はい。裸の銃シリーズは大体見ました。似たような俳優だと初期のジム・キャリーが好きですね。

エース・ベンチュラシリーズとか。」

役人「あ、ジムキャリーは僕も知ってます。マスクの!」

ジャージ「そうです。彼も途中からは性格俳優に転向しちゃいましたけど」

女 「工藤さん。やっぱり、そういうくだらない事は覚えてる」

ジャージ「くだらない?」

女 「そ。くだらない事よ」

 

  ジャージ、浮かない顔

女 「あ、ごめん。馬鹿にしたとかじゃないんだよ。いい意味でくだらないってゆうか、そうゆうのを見たい

時ってあるじゃん?」

ジャージ「いや、くだらないと言えばそうですけども。あの〜でも、本当にそうなんですかね」

女 「なにが?」

ジャージ「くだらないって事です。私の中に、残ってるものって、誰かに取ってはくだらないものなのは、

そうですが。今の私は、それで、出来てるんです」

役人 「くだらないもので、出来ている?」

ジャージ「そうです。かつて私が捨て去ったもの。しか、今の私には残っていない。

      今の私はそう言うくだらないもので出来ていると、そう思うんです」

女 「そうか。そう言う考え方もあるのか」

役人「あの・・・くだらないついでに、僕のくだらない話も聞いてもらえませんか」

 

   役人、帽子をかぶる。ジョッキが運ばれてくるちゃぶ台に座る二人

役人「僕、仕事柄、建物を見るのが好きなんです」

ジャージ「へえ。どんな仕事で?」

役人「戸籍係なんです。住居の区画を調べて、そこに誰が住んでるか、空き家になっていないか、

   変な人が住んでないか、調べるのが僕の仕事です。建物の周りをウロウロして、家をツブサに調べます。

たまに不審者と間違われて通報されちゃう時もありますけどね」

ジャージ「大変なお仕事をされてますね」

役人「いえいえとんでもない!楽しいんですよ、これが。誰かが住んでるってのを盗み見る感覚というか。

家を調べる前に、建物からこの家には誰がいるだろうと想像を巡らせて、考えるんですよ。」

透明「朝ごはんはパンなのか、ご飯なのか。ゆで卵は完熟か半熟か」

役人「門構えやカーテンの趣味などで、住んでる人の、生活を想像します。

   鉢植えや停めてある自転車を見ると、どれだけ家にいる人なのかもわかる様になってきました。

出来るだけ細かく考えるんです」

ジャージ「・・・とんでもない趣味もあったもんだ」

役人「誓って言うのは、犯罪は犯してないですよ!!」

ジャージ「そこまでは言ってないですけど」

役人「失礼。取り乱しました。

これのミソがですね。想像して、答え合わせをした時の、一喜一憂!まるでクイズの正解を解いた時

みたいに楽しいんです。」

ジャージ「好きを仕事にするって素敵ですね」

役人「そうですね。以前はそうでした。楽しかったんです・・・」

ジャージ「楽しかった・・・?」

役人「はい。最近は、なんとゆうか、退屈なんです。仕事してても何も感情が動かないんです。家を見ても。

ジャージ「なぜです?」

役人「精度が上がり過ぎちゃったんですよ。門構えや家のなんとなくの感じで、正解を導き出せる様に

なってしまったんです。僕の中には、あのドキドキ感がなくなった」

ジャージ「・・・あの、本当は、違うのでは?」

役人「え」

ジャージ「つまらないんじゃない。あなたの顔からは退屈というより、もっと暗い影が見えます。本当は仕事、

ツライのではないですか?」

役人「あ~・・・なんていうのかな。はは。本当はね、気持ち悪いんです。”事実”ってのが。」

透明「一個一個の家には、誰かの暮らしがあって、それが何の変哲もない事実として、あって。

役人「問題なのは、自分には想像出来ないくらいの量でそれが溢れかえっているんです。」

女「誰かが誰かの家にいる。その一個一個に人の人生があって。それが何千何万と集まって街になる」

役人「それは戸籍の文字情報だけじゃ見えなかった。これが本当のこの世界の姿で、それが自分の中だけで

処理仕切れなくって。それで、それで、あ、あははははははは」

 

ジャージ「な、なんですか。お、落ち着いてください」

役人「はははは。さ、30秒待ってください。あははははは」

ジャージ「変な人だなあ」

女 「望月くんて感じだよね」

ジャージ「そうか。自分の中で処理しきれなくなると、ああなるのか」

女 「あの子、仕事中に、(ゲーのジェスチャー)しちゃったらしいよ。人んちの前で」

ジャージ「そうか。誰だってツライ事、ありますよね。それが仕事となればなおさらだ」

女 「問題のない人なんてこの世にはいないよ」

ジャージ「彼の言わんとしてる事、なんとなくは分かりますよ。ネットを眺めていると、この一文字一文字を

打った人がいるんだな~とか、その膨大な文字の背後に誰かの文字を打つ指があるんだな~

とか。それってよく考えると怖いよな~って。そういう感覚ですよね。そういった一個一個の

当たり前が、この世界に溢れかえってるんです。だから、怖い。」

女 「そっか。考えてみると、あたしも怖いという、かな。街を歩いてたり電車に乗ってても何万何千の人と

すれ違ってるよね。それが、全員生きている本当の人間かと思うと、とても不気味に感じる」

   

透明「誰にも何にも言えないことや、誰かに話したい事ってあるじゃないですか。記憶。

でも、それですらない、なんて事のない沈殿物みたいな。そう言う記憶とは言えないカス、それは不意に

やってきて頭を支配する」

   

   女が激しく咳き込む。喉がイガイガしている。

女 「あ、なんか、来てる。喉の奥から。なんだこれ!何か出てきそ、ゲホゲホゲホ。気持ちわる。あ~」

役人「大丈夫ですか?」

女 「街で、誰かと、すれ違った事。それだけは覚えてる。なんだ、あれは、なんだ。」

ジャージ「思い出せそうで、思い出せない?」

 

   女、首をブンブンとふって否定。苦悶の表情

女 「(一息、吐いてから)すれ違ったのは、そうだ。同級生の子だ。その子は高校のクラスメイトだったけど

ほとんど話をしなかった。私は文芸部とかに入っちゃてる感じの子だったし、彼女はクラスの中心で

ゲラゲラとガサツに笑ってるタイプの子だった。

   でも、あの時。すれ違った時あの子の目を見ると、騒がしかったあの頃の面影はない。」

役人「よくある話」

透明「君は、その子に声をかけた訳?」

女 「いえ、何も声をかけずに、その場から急ぐ様に立ち去りました。何か、自分の見てはいけないものが、

そこに開きそうで怖かったから」

役人「ひょっとして、学校でいじめられてた?」

女 「いや!!そんな事はないです。アタシ、そう言うのはありえない!って性格なんで。そうじゃなくて、

思い出すのが怖かったんです。誰にも思い出したくない記憶の一つや二つはあるじゃないですか。

   それが、ブワッと頭の中に溢れ出したら、耐えられなくなっちゃいますよ。」

ジャージ「その口ぶりからすると、もう、嫌な事を思い出したんだね」

女 「ええ、そうです。かつて、人を、傷つけてしまった事を思い出してた」

役人「どうやって、傷つけたんですか?」

女 「だから、言いたくないんだってば!誰にでもそう言うのってあるじゃん。

   不意に、そのつもりはなくても他人を傷つけちゃった事、好意があったのに結果が真逆に

なっちゃった事!誰にでもあるじゃない!

   その子とだってそうだった。特に仲良かった訳でもないけど、その子の事が好きで、

ずっと気になってたの。その子の事を考えると鼻の奥がツンとなる様な、なんか上手く言えない。

その気持ちも含めて自分の中にしまっておこうと思ってたけどさ。

   でも、どうする事も出来なかった!!今も、解決方法なんてない!!その苦さが今も自分の中に

暴れ回ってる!ああ、この気持ちを、早く!頭の中から、追い出したい!!!なんで、あの時、

あの子と目があっただけで!ねえ!」

 

  ジャージに助けを求める女。ジャージはそっと女を抱き寄せると、安心したのか、

  女は眠ってしまう。役人、女に毛布をかけながら

役人「はあ~。岩崎さんがこんなヘベレケになったの、見た事ないですよ」

ジャージ「そうなんですか。何か、嫌な事でもあったんですかね」

役人「ずっと心配してたんだと思いますよ。工藤さんの事」

ジャージ「···すみません」

 

   ジャージと役人、気まずそうにお互いに目を伏せる

 

ジャージ「弱っている人が好きだ、と思う。」

役人「はい?」

ジャージ「弱ってる人を思うと、自分が優しくなれるから、好きなんだ」

透明「優しさってのはマイナーな感情だと思う。どうしたって孤独になってしまうから。その孤独を俺は

愛するんだ」

ジャージ「その孤独だって突き詰めると無意味だ。そうだ、本当は意味なんてない。本当は全て無意味だ、

というより、意味というものはないんだ。それが真実だ」

ジャージ・透明「意味があっても、その意味がある事自体は、一瞬でもう無意味になるんだ。

一見すると明るい世界の足元に、無限の闇が広がっている。何もないんだ。

圧倒的な無意味さに人生は囲まれているんだ」

役人「なんですか、ブツブツ。キモチ悪い」

ジャージ「あ。」

役人 「ん?」

ジャージ「思い出した。」

役人 「何を?あ、もしかして、記憶が!?」

ジャージ「いや、全部は思い出してないです。でも、さっき思い出しそうで思い出せなかった事が頭に

よみがえってきました」

 

 

第5場

 

透明「ある夜、目が覚めると、私は喉が乾いていました」

ジャージ「そして、私は、夜の街に出たのです」

透明「雨上がりに濡れた路上は電灯の光を綺麗に反射して、鈍く輝いていました」

ジャージ「外の湿気はすごくて、メガネが曇ってしまうほどでした」

透明「私はそこで付けていたマスクをずらして、外の空気を吸い込みました。」

ジャージ「鼻に抜ける雨の匂い。ただ、風が通ってそこまで不快なものではありませんでした」

透明「深夜のコンビニではやる気のない店員が、気怠く品出しをしています」

役人「らっしゃーせー」

ジャージ「そこで、私は入荷したばかりの少年ジャンプを立ち読んだのです。特に好いてるという訳では

ありません」

透明「ただ、習慣になっているのです。ジャンプを一通り読み終えて、アイスとお茶を買って外に出ました。」

ジャージ「そして、ふと横を見ると、バス停のベンチに腰かけて眠りこける老女を見かけました」

 

   女、毛布をかぶって座って寝ている

ジャージ「街で、昼間あてどなく出歩いてる彼女をよく見かけていました。公園で、図書館で、駐車場で、

路上で。いつも大量の荷物を抱えてうずくまってる彼女を見かけていました」

透明「ブックオフで立ち読みしているのも見たよね」

役人「ああ、その人、夜になると、そこでよく寝ているんですよ」

ジャージ「店員が聞かれてもいないのに、言ってきました。その彼女です。そうか、夜はこんな所にいたのかと、好奇心が働いて、彼女をじっと見つめました」

 

   うずくまった女、ジャージの視線に気づいたのか、ジャージを見つめ返す

ジャージ「彼女の視線が、私の中を透き通る様に通っていきました。そこにあるのは、敵意の目でもなく、

卑屈なものでもありませんでした。彼女の目はただ、遠くまっすぐ私を捉えていたのです。

それはこの世のあらゆる感情が抜け落ちた物理法則の様なまなざしでした。早く、まっすぐに。

そして、揺らいでいました。まるで、天から降り注ぐ素粒子の様に」

 

   女は、毛布をかぶったままどこか別の場所に移動する

ジャージ「なんて事はない、一瞬の出来事です。

     彼女の後姿を見送った後、私はアイスをかじりながら帰りました。家についても彼女のまなざしが

頭から離れませんでした。落ち着かなくて私は爪を切りました。」

 

   パチンパチン。

ジャージ「爪を切る時の音が私の心のさざ波を静めてくれました。この音だけじゃなくて、この世に散らばる

あらゆる音が、私の中に入ってくる感覚。その感覚は耳から入り、脳を経由して、血液に乗って、

全身に行き渡り、空気と共鳴する。そう思うと、私はここにとどまる理由が出来た気がしたのです。」

 

   部屋のディスプレイが光る。

   真白い画面が映し出される

透明「その日、世界中の人が空を見上げました。花火が打ちあがったから。戦闘機が空に絵を描いたから。

空から隕石が降ってくるから。。。ではありません

この世界にある、ありふれた空気。その中に、ある毒性が発見されたのです」

役人「世界中がパニックになって、みんな家の中に閉じこもりました。そして、みんなどうしようもなくなって、

空ばかり見ていました」

女 「ある日、マンションの1室の窓から光がチカチカと点滅しました。隣の人と光信号でやりとりを

始めたんです。『おれは大丈夫だ』『君はどうだ』。かすかな光はマンション全体を覆い、光る漁船の様に

輝き始めたのです」

ジャージ「やがて、光の船は町全体に拡がっていきました。光の海。が生まれて、この星を覆いつくします。

これを何と言えばいいのでしょうか?光に覆われ過ぎて、瞼の裏側すらまぶしい。この世界を、

私たちはなんと呼べばいいのでしょうか」

 

ジャージ「もし、あり得たかもしれない世界を想像したとして。それが本当になるなら。

     あっちの私は何をしているだろう。こっちの僕はどこにいるだろうか。窓はどこにでも開かれている」

役人「窓の中には、この世の全てがあるふりをしているのに、その実、何もないのであった。幻。」

女 「眠れない夜に、窓を開けて、眺めている。風が部屋に入ってくる。実体のない、風が」

 

  四方八方から様々な声が響いてくる  

透明「あらゆる声や言葉に身を任せて僕は宙を飛ぶ。拡散出来て、本当によかった。

   ここからは、夜空が丸見えだ。街は人だらけだなあ。星空の様だ」

ジャージ「明かり一つ一つの傍らには誰かがいて。期待や恐れ、秘密なんかを抱えてて。

     だから街の明かりは恐ろしいほど孤独で。だけどくっきりと人の影が見える。

     ここから見える、窓の奥にいる全ての人を、僕は愛おしく見ている。一つ一つが、僕の星だから」

透明 「君も、君も。君たちの人生も。人の営みがどれほどロクでもなくても、どこまで落ちていったと

思ってても僕は君たちを愛している。夜は輝きに満ちてるから」

ジャージ「光はまっすぐに進む。それでいて、波でもあるから、揺らいでる。ぼやけて拡散する」

透明「工藤くん。僕はいよいよ、ここから離れて空を飛ぼうと思う。光と共に。いよいよ拡散しきって、空気と一つになれるように。わあああああああああああああああ」

役人「テンションが高いですね」

女 「ヤケバチなのかもしれない」

役人「ほら、彼ははしゃいでる。まるで、ロックスターだ」

女 「ここから、離れる事になった人間の卒業ライブ」

ジャージ「おめでとう、さようなら、私」

役人「さようなら、工藤さん」

女 「バイバイ、工藤さん」

ジャージ「さようなら~!」

 

  サイリウムを降って、透明人間を見送る。

  お手伝いさんの一人が歌い始め、みんなそれに合わせる

  透明人間、踊る様に退場

  それと入れ替わりに猫を連れて部屋に入ってくる女

ジャージ「これは、なんですか?」

女 「これは、かつて工藤さんだったもの。工藤さんの肥大化した自意識がバーストして赤方偏移していって、ユークリッド空間をさまよった末に、無化された姿」

役人「色々な事に揉まれて、毒っ気を抜かれたんですね」

女 「そうとも言う。ねえ、猫の頭を嗅ぐとさ、何か安心するんだよ。やってみ」

 

  女、ジャージに猫を差し出す

ジャージ「え、いいですよ。でも、いいんですかこの子」

女 「まあ、取っときなよ。ただの無我になっちゃったから」

ジャージ「あ、り、がとうございます」

  

  ジャージは、ちょっと試そうとするが、やめる

ジャージ「ごめんなさい、やめておきます」

女 「嗅がないの?」

ジャージ「そうですね。なんか、動物に慣れなくて」

 

  ジャージ、くしゃみをする

  役人もつられてくしゃみ

女 「くしゃみ、移ってる。二人とも鼻、大丈夫?鼻終わっちゃった?」

ジャージ「あれ?どうなのかなあ。分からない」

役人「うう、僕は鼻、終わりました。僕、猫もダメなんです」

女 「工藤さん、マスクとかって、ないの。可哀想。」

ジャージ「あ、はい。こちらを」

 

  ジャージ、マスクを差し出す

役人「あ、ありがとうございます」

ジャージ「あ、では私も、します」

女 「あ、じゃあ、アタシもしようかな。念のため」

 

  登場人物が全員マスクを着用する

  お互いに、見合って、笑う。

ジャージ「猫は、なにも意味もなく宙空をただ、ぼんやりと見つめるだけだった。何もない空間を。

この子は、何を見ているのだろうか」

 

  そこに透明人間の声が響く。

透明「もし、あり得たかもしれない世界を想像したとして。それが本当になるなら。

   あっちの私は何をしているだろう。こっちの僕はどこにいるだろうか。窓はどこにでも開かれている。

   この話はもうすぐ終ってしまうけど、これはあっちの話なのか、こっちの話なのか、俺にはもう

分からない。ここで思い出話をしたのも、空を飛んだ事も、みんなで歌った事も、あの明かりの海の

一つになったのなら、こんなに嬉しいことはないよ。夜は輝きに満ちているから」

 

  明かりが一つ一つ消えて、全ての照明が消える。暗転

 

 

 

 

第6場

 

  明転。ちゃぶ台に座る女と役人

  気づくと、部屋の中でお茶を持ってくるジャージ。

 

ジャージ「粗茶ですが」

役人「あ、お構いなく」

 

 お茶を淡々と飲む役人。女は猫を撫でている

女 「で、さ。何の話だったっけ?」

役人「今後工藤さんをどうするか、ですよね」

ジャージ「はい」

女 「つってもさ、本人がこの状況を楽しんじゃってるからさ~。どーすればいいか分かんない」

ジャージ「すみません」

役人「工藤さん、休みたいのは分かりますけど、これ以上は有給も残ってないですから」

ジャージ「はい、すみません」

女 「別に、休みたければそれでいいんじゃな〜い?」

役人「ダメですって。工藤さんがクビになってもいいんですか?」

女 「クビか〜。それはそれでいいかもね」

役人「岩崎さん!またそう言う無責任な事言って!」

女 「だって、別にそれも本人の勝手でしょ。何年も働いてて急に嫌になっちゃう人もいる

   かもだし。工藤さんがどうしたいか、でしょ?」

役人「あ〜!」

 

   役人、癇癪を起こして立ち上がる

ジャージ「け、喧嘩はやめてください。あの、別に何かが嫌になったとかではなくて

     ただ、何となく。本当に何となくなんですよ。」

女 「ふーん」

役人「もう〜」

ジャージ「あの。しばらく。しばらく何も無かった。音沙汰が無かったのも、原因があるとかではなく。

何となく、ここから離れたく無かったと言うか。ただ、それだけなんです。この部屋に居たかった、

と言うか」

女 「誰だって、朝の出社は憂鬱よね?」

ジャージ「いや、そうゆうネガティブな事ではないんです」

女 「じゃあ、何よ?ポジティブに解釈して?あ、転職でもするの?」

ジャージ「あ〜。違いますよ。なんて言ったらいいのかな。

      仕事いくのも、どこか出かけるのも、散歩したり、誰かに会いに行ったり、旅に出たり。

      色々あっても、結局は家に帰るじゃないですか。自分が自分でいれる所に。

      ただ、その繰り返しに居心地の良さを感じるのと同時に、居心地の悪さもあって。それが自分の

中で座りが悪くて、それでここから動けなくなったと言うか。でも、それは悪い気分じゃなくて、

色んな気持ちがごっちゃになっても、その感覚には正直でいたい、とゆうか」

女 「あ〜、、、、うん(うなずく)」

役人「分かりました?今の説明で?」

女 「分かる時もあれば、分かんない時もあるよ。今の工藤さんにはそういうの解るための時間が必要だった

って事だね(と言いつつ、帰り支度)」

役人「え、帰るんですか?」

女 「そりゃ、帰るっしょ。泊まるなんてヤだよ。家のベッドで寝たいもん自分ちが一番最高の天国だもん。

工藤さんのも、そう言う事でしょ」

ジャージ「え、あ。はあ、そうですか。ね」

女 「とりあえず、明日、職場には来て欲しいかな。その先はどうするか、工藤さんが決めてもいいから。

何なら部長にも、一緒に謝るよ。望月くんもさ」

役人「僕が?謝るんですか?何で?」

女 「とにかくさ、明日は10時に駅前集合。これ、駅までの道順」

 

  女、メモをジャージに渡す

女 「帰ろ」

役人「うえええ。じゃ、あの、僕もお暇します」

女 「じゃあね。工藤さん」

ジャージ「遅くまですみませんでした。あの、夜道に気をつけて」

役人「終電は。無理か。タクシー捕まりますかね?」

女 「歩いて帰ればいいんじゃない。」

役人「そんな・・・それも、そうか。たまには、そうですね」

女 「工藤さん。明日、10時だからね」

ジャージ「はい。どうも。明日、よろしくお願いします」

役人「あ、あの。お。お邪魔しました。工藤さん、明日は頑張りましょ!」

女 「望月くん、いくよ」

役人「あ、ま、待ってくださいよお〜」

 

  部屋から出ていく二人。ジャージは、一つため息を吐くと、マスクを取る

  部屋に残された猫を見つけ、抱き上げて、猫の頭を嗅ぐ

  わずかな沈黙。明かりのスイッチが消され、暗転。

 

 

 

 

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