帰寮記

帰寮運営の方々と、友人Sに捧ぐ――

はじめに

 皆様はじめまして。たいぞーと申します。今回エクストリーム帰寮に参加させてもらって大変楽しかったのでアドカレ書かせていただこうかと思います。末尾には途中から同行してくれた友人Sの寄稿もありますので、お読みいただければ幸いです。

誰?

  • 京都大学鳥人間チームに所属している一回生

  • 持久走は大の苦手だががウォーキング・サイクリングは好きなタイプ

  • 高校は山岳部、クラブ対抗リレーで文化部の部に入れられる運動部

 ちょうどエクストリーム帰寮の一週間前がNF休みで、自分は神戸に自転車で行って摩耶山に登るなどしていました。帰寮参加には今なら動ける足が出来上がっているのではないかという希望的観測もあり。

tl;dr

・60km申し込んで77km歩いたらしい
・でも割となんとかなる
・友達大事
・峠は攻めるべき

参加のきっかけ

 帰寮の前日木曜日、鳥人間の部室に行くと先輩方が「OBが100km行くらしい」なる会話をしている。何事かと尋ねるとエクストリーム帰寮という行事があるらしい。吉田寮祭のヒッチレースは噂に聞いていてかなり興味があったが、ヒッチハイクが徒歩になったような趣旨のイベントのようだ。聞けばその先輩方も去年は60kmに挑んだそうで、今年は80kmだと息巻いていた。「君は参加する?」と問われる。やるしかあるまい。
…という流れで、軽い気持ちでじゃあ自分も60kmだと申し込んだものの、周りの雰囲気を見るに全然軽くないらしくかなり焦った。

準備したもの

食料

 メロンパン、ネオバターロール6個入、カロリーメイト2箱、ゼリー飲料2パウチ。改めて書き出してみると多すぎた感じがある。口に入れるものにバリエーションがあるとモチベに繋がるので種類増やしたのは正解だったと思う。カロリーメイト以外は食べた記憶。

飲み物

 お茶2L、ダカラちゃん600ml(+ゼリー飲料)。飲んでも無くならない安心感があるので2Lは正義。ただ序盤はただの重しなので足にダメージを与えていた気もする。お茶がちょっと余った程度。

ヘッドライト

 夜道歩くなら欲しいかなと。怖いのもあるし車がビュンビュン飛んでくる細道を通ることになるので存在アピールのためにもなる。エクストリームしすぎて死にたくはなかったので持参。(運営の方に反射タスキは貸してもらえる。念のため。)

5本指靴下

 Twitterで流れていたので高校時代の山岳部用に買った厚手のを履いていった。かなり効果があったと思う。(足の疲れに加えて擦れだすとかなり辛い)

本番

午前4時、拉致

…の予定だったのだが、拉致犯の車が間に合っておらず結局熊野寮から拉致られたのは7時だった。集団拉致には人手が要るのである。

エクストリーム拉致


 さておきMTのプロボックスに5人乗りで熊野寮を出た。同乗の拉致被害者4名は全員道中目隠しの本格スタイルで、山道らしきワインディング・ロードで見事に車酔いしながらどこぞへと投下されていく。隣の人がヒューヒューと限界な息遣いをしていてゲロってしまわないかちょっと怖い。

テンプレのようなスタート地点

 時刻は9時10分。自分が投下されたのはトタンを配した典型的な限界家屋の前。轍から来た方向を逆算してみるも普通に間違える最悪なスタートを切りつつも(間違えた先が行き止まりで良かった)開けた場所に出る。ここで現在地を把握。

南山城村

 少し予習していたので宇治の更に南東だということは分かった。曇り空で太陽の位置がわからず苦労しながらも北と思しき方向に向かう

運命の分かれ道が最初に来る設計

 この後すぐに分かれ道と看板に出くわすのだが、先に今回のルートを共有しておこうと思う。https://maps.app.goo.gl/cstjnHh2J2G2KcMn6
 
 このスタート地点から熊野寮まで徒歩のルート検索をしてみると分かるが、大まかに童仙房→和束町に出るルートと信楽に出るルートが有り、短距離なのは意外にも信楽ルートである。途中に歩道なし交通量多めの場所が何箇所かあるようだが、53kmと最早申し込んだより短い距離で帰寮できる。ここまでわかった上で出くわした看板を見てもらいたい。

左:童仙房  右:信楽

 1km歩いたかどうかというところで最大の決断をしていたらしい。当時の自分はそんなこと知る由もなく、滋賀に出るのは不味いだろうと迷わず左を選択した。


林道と初マップ

南京都といえばお茶

 東海自然歩道に遭遇し、南京都らしく茶畑を眺めながら入り込んだのは三国越林道である。たまに現れる眺望の良い場所でも山しか見えないことに顔を曇らせ、居るかも知らない熊よけに調子の狂った鼻歌を歌い、ひたすら一本道を歩く。本当に単調なので写真がない。そうして歩いていると小さな広場にそれはあった。

現在地ヨシッ👉
囚われの鹿ヨシッ👉

 初の地図。少し向こうでは罠にかかった鹿がケージをガンガンやっている。なんとか北西ぐらいには向いているだろうと思っていたのに完全に
真西に進んでいるのは少しショックだったが、気を取り直して道の先にある和束町へと向かっていった。林道が終わるまでに出会った人といえばプリウスにもたれて電話している森林管理関係らしき人とエンジン轟かすバイカーが数人ぐらいのもので、町の体を成している和束に出るとやたらに感動する。しかし和束は曲者であった。

和束、出れない

 実況しながらTwitterを見ていると、同じ林道を通っていた先人を発見した。一時間ほど前に同じマップを発見し、今は和束から宇治に向かっているが峠がキツイらしい。ならば宇治は避けてマップにある城陽方面に出ようと考える。
 ここからが本帰寮最大のガバである。そもそも城陽方面も峠なのに何故かそちらなら大丈夫と思いこんでいたので前提からおかしいのだが、それは置いておいても、林道のマップが遠い街を正確に描写しているわけがないのである。現在地の分からないマップはさっさと破棄した方がいい。
具体的に何が起きたかというと、林道マップに描かれた道から微妙にずれたところに入り込んでしまい、早々に現在地をロスト。和束川のほとりで3方向に3往復して(2km追加)、やっと城陽に向かう道を見つけ出したかと思えば、その先で曲がるべき道を見逃していた。
 町ではあるが依然として山際であり、そこここに勾配があって見通しが悪い土地であったので、この道だと思っても確認するすべがなく無理に進んでいってしまう。急な下りを進みつつふと空を見ると右前方に太陽があり、時計を見れば時刻は午後2時だ。これは南西に向かっている。そう気づいたときにはもう戻るに戻れないほど坂を下ってしまっていた。結末を予感しながらも山際を進んでいく。しばらくすると視界がひらけ、小さな盆地のような場所に出てきた、向こうには久々の高層マンション。道案内の看板を見ると、前方には木津川が横たわっていた。

迷って焦って写真がない

知ってる川だ(絶望)

 和束から南西に行くとたどり着くのは当然木津川だ。淀川三川のひとつなので馴染みはある。三川で一番南のやつだ。何なら奈良に行ける。絶望。
 川沿いに行けばなんとかなるのではないかと右岸を進むも、歩道のない幹線道路(163号線)にぶつかって後退する羽目になる。2kmの道をほぼ逆戻り。和束で迷いに迷い、突き進んだ道の先でUターンを強いられる羽目になり、自分はかなりめげていた。サークルの先輩が80kmの道半ばでリタイアの報を目にし、自分もリタイアか…と頭によぎるも、先発だった先輩と遅れた後発の自分では歩いた時間がかなり違う、ここで諦めては軟弱な後輩になってしまうとなけなしのプライドを燃やして歩く。とりあえず左岸にJRがあるらしいので行くことにした。

京都まで何駅あるんだ
希望と絶望が同時に襲ってくる

 当時は正確な場所がわかっておらず加茂の位置も不明だったが、ここに来てかなり精細なマップが登場する。城陽の上には伏見山科と知った地名が見えた。現在時刻は1530、一週間前に神戸に夜景を見に行ったので日没が1645なのは既知だ。城陽はなんとなく市街地のイメージがあるのでそこに辿り着く前に日が暮れたらリタイアしよう。そう考えて駅を出た。
 右岸が歩行者を拒む設計だったので恐る恐る向かった左岸は歩道が時々消えるものの交通量も少なく、これを強行突破した(上のリンクでは川沿いではなく南の道を行ったことになっているが、これは歩道が途切れるせいで徒歩設定でルートを通そうとするとGo○gleマップがそんな道は通せぬとお怒りになるからである)。JR奈良線と並行する道沿いには商店が並び始め、幹線道路にはきちんと歩道がついている。あとは北進するだけだ。時刻1655、西の空では太陽の最後の残光が沈んでいく中であったが、希望が見えてきた。街灯は付いているし、ヘッドライトとタスキもある。少なくとも危険ではないだろうと思い、続行を決意。

夕暮れ
WAROTA

 開始から約8時間、60kmで申し込んだはずなのにまだ半分も歩いていないらしい。最早頭に浮かぶのはやけっぱちじみたワロタだけである。

棚倉、玉水、山城青谷、長池、城陽――

 ひたすら北進。そろそろ足が棒になった。歩けば疲労が溜まり、休めば疲労が痛みに変換され、歩きだして無理やり痛みをほぐすというサイクルを繰り返しながら進んでいく。青看板に載っている距離から自分がなんとか時速4kmを維持できていると知り、26時には帰寮できているはずだと未来像を描いた。

トイレが改札外にある神駅

 こんな機会でないと知れないと思うので共有しておくが、人は真に歩き疲れると頭で操舵をするようになる。足はただ前後に動くのみだが、腰から上は全く無事という状況で、バイクレースの如く頭で重心移動をこなして進路を変更しはじめるのだ。すれ違う人々に恐怖を与えたかもしれない。ヘッドライトを巻き反射タスキを巻き、ズボンには林道産の引っ付き虫を目一杯引っ付け、ゾンビのような歩き方で近づくと首を傾げてゆらりと避けていく。自分なら敬遠する。自分なんだが。

 段々と休憩の頻度が増え、限界を予感しながらもなんとか城陽を通過。京滋バイパスをくぐるべく歩いていると、Twitterにフォロー通知が飛んできた。見てみると小学校からの友人Sらしい。それなりに交流していて帰寮出るとも伝えていたのでバレた。この友人S、なかなかのトラベル好きなのだが今宇治あたりにいるという。近くてワロタとDMを飛ばし合いながら、京滋バイパスをくぐり、自動車専用の"新"観月橋に出くわし、新なら旧もあるだろと突き進んで観月橋にたどり着いた。なんだか強そうな名前をしているので記念に写真を取っておこうとスマホを取り出すと、隣から声をかけられた。
 振り向くとなんと友人Sである。普通に視界に入っていて自分の写真を撮っていたらしいが、疲労で情報処理を放棄していたので気づかなかった。彼は手にアミノ酸飲料を持っている。くれるらしい。神か。

この左下からひょこっと出てきた友人S

 たまたま宇治にいて暇だったので付き合ってくれるらしい、神か暇人か分からない。ともあれ24号線は看板によると烏丸五条に到達するようで、やっと京都市が見えてきたところに同行者が現れたためかなり士気が上がる。会話しながら伏見あたりの各社鉄道が交錯するあたりを抜けていく。

ラスト


伏見ワ○クマンに行くとき通るFLET'Sだ!ここ竹田街道だ!あと10kmだ()

 24号線にこだわったせいで墨染藤森辺りでシンプルな遠回りをするガバを生みつつ(和束で迷いすぎて太い道信者になっていた)、鴨川沿いに歩を進める。信号待ちやツイートの合間に休憩を入れながらのノロノロ行軍だが、14時間回し続けた足は流石に限界を迎え、100m歩いて休憩をいれるような領域に達してしまった。時刻は23時30分。東福寺付近でちょうどよい場所に腰を下ろすと眠気が襲ってくる。たまに人も通る外で寝ることになるがもう恥も外聞もないので友人Sに日付変わるまで休眠を申請する。多分に付き合わせてしまうが快く了承してくれた。体を横たえるとすぐ意識が飛ぶ。

 そのまま20分ほど眠り、寒さでガタガタ震えながら目を覚ますとSがホットコーヒーを買ってきてくれていた。ゴッドオブゴッドである。疲労→痛み変換則に従って両足はバッキバキに痛んでいたが、疲労と違って歩けなくなることはない。特に痛む右足を引き摺りながら鴨川を遡上していった。幾度も橋の下をくぐり、適当なところで堤防を登る。目の前に現れたのは川端丸太町の交差点であった。

麻雀―ではなく熊野寮正門


25時05分、帰寮。
77km/16時間

その後

 日付が変わっていたので受付の人はもう居なかったが、寮祭に来ていた東北大学生寮の人におでんを奢ってもらった。あったけえ飯って素晴らしい。
 足が死んでいたので熊野寮から帰る自転車に乗ることも出来ず(足が上がらないのでクロスバイクを跨げず、ママチャリを少し羨ましく思った)、押して家まで帰る。終電は自分が寝ている間に行ってしまったので友人Sには我が家に泊まってもらった。次の日の朝にはフレンチトーストまで作ってくれた友人S、もうなんと言えばいいかわからない。ゴッドオブゴッドオブゴッド。

完走した感想

 60kmで申し込んで77km歩いたらしい。ワロタ。
 和束で迷ったのが災害級だった。あの時点では足も健在だったので、迷わず峠を攻めていれば…という感じだ。木津まで降りるとあとは平坦だったのは救いであった。
 参加した時には一人で行ったほうがペースを自分で決められるし、会話に体力を持っていかれることもないし良いと思っていたが、体力の限界だった残り15kmで友人Sが同行してくれたことは大変な支えであったので、一緒に居てくれる人が居ることはやはり大切である。
 なんやかんやあったが、自分の限界を知ることができ、友人の大切さを知り、南京都に詳しくなり、24号線に多大なる情が生まれるなど、得るものは多かった。原付下道旅は道沿いの景色をきちんと見ることが出来て良いなどと言われるが、道そのものにまで感情を抱けるのはエクストリーム帰寮だけだろう。なんて素晴らしいんだ。

最後に

 いかがだったでしょうか。だである調に慣れなさすぎて色々な意味で中2な文章ですが楽しんでいただけたなら幸いです。最後になりますが、このような素晴らしいイベントを企画してくださった運営の方々、並びに付き合ってくれた友人Sに最大限の感謝を。
 それではまたどこかでお会いしましょう。来年は鳥人間でTV出演してるかもしれません。

↓友人Sの寄稿です。ぜひ読んでいってください。鴨川沿いでぶっ倒れているたいぞーが激写されています。

寄稿文 ー友人S'sエクストリーム帰寮ー

こんにちは。

上記の文章内で友人Sとして登場しているものです。

面白そうなアドカレを書いている気配を察知したので無理を言って寄稿させていただきました。

これより先は途中合流したなかなかのトラベル好き、もとい暇人として紹介されている奴の視点としてお楽しみください。

いざ山城

この日は所用で河原町のあたりに出てきていたのだが、用事を消化して暇になったのが18:30過ぎ。帰るには少し早いな~と、ぼんやりそんなことを考えていました。

普段は大阪方面を生活圏内としているため、あまり京都市内に来ることがなく、この際どうせなら行きたかった所に行ってみようと思い立ちます。

そうと決まればと早速京阪電車に揺られて宇治駅に降り立ったのが19:30。

さて、ここから歩いて城陽市役所を見に行きましょうかね。

......おや、近くに歩いてる奴がいるな???

追跡開始


日本各地いろいろな所に行っていると、自ずとその土地の役場が目に入るもの。

その地域ごとに特色がにじみ出て居たりして、中を覗けばふんわりと土地の雰囲気も感じられる観光コスパのいい建物です。

そんな感じで市役所を後にして、近くを歩いているであろう人間にTwitterでDMを飛ばしてみると思っていたよりも随分と先に進んでいるらしいことが判明。

4km/hで歩く彼にメリーさんが如く後をつけて「私、メリーさん。今あなたの後ろにいるの。」とやってもよかったのですが、如何せん距離があるため断念。

文明の利器、𝑲𝑰𝑵𝑻𝑬𝑻𝑺𝑼 𝑷𝑶𝑾𝑬𝑹を使って少しばかり先回りすることにしました。

邂逅

彼が急に狂いだして国道24号を突然折れ曲がり、変な道に突っ込むといったことがない限り観月橋を渡ってくるであろうとアタリをつけ、桃山御陵前の駅で下車。

どうせだし観月橋、見に行くか!とちょうど渡り切ったところで、フラフラとこちらに向かってくる人間が一人。


(咄嗟だったのでブレた セルフモザイクってことで......)

”ヘッドライトを巻き反射タスキを巻き、ズボンには林道産の引っ付き虫を目一杯引っ付け、ゾンビのような歩き方で近づくと首を傾げてゆらりと避けていく。”

”すれ違う人々に恐怖を与えたかもしれない。”とは本人が上に記した通りだが、まさに言い得て妙である。怖い。

目の前でシャッターを切ってもこちらに気づく様子はなく、声をかけることでようやく認識されたので、この時点で相当に参っていたのだろうと思う。

ちなみにこの時4枚ぐらい連写したのだが、頭の向きが全てバラバラで見返していて滅茶苦茶ビビった。

深夜の遡上

ここから鴨川に突き当たるまで分かりやすい24号線を行こうとなり、謎の立体交差に翻弄されながらも北上。

しばらく道なりに進んだところで彼が自転車で来たことがあるという100円ショップを発見。

ここまで来てようやく凡その残りキロが判明。毎時4kmのペースに当てはめて到着時刻も2時間ぐらいだと大まかに算出。いよいよラストスパートです。

が、24号線から鴨川に進路を変えて少し、東福寺のあたりで彼がダウン。暫く足を休めたいとのことで、遊歩道沿いに体を横たえていました。


完全に不審者 by たいぞー


見てくれは完全に不審者か、はたまたホームレスかといった感じですが、本人からしてみれば本当に限界だったんだろうなあと。

23:30過ぎから日付が変わる頃まで小休憩。その間に私は最後の帰宅チャンスであった終電を駅の前でお見送り。さようなら。

帰寮に付き合い始めた以上、家に帰るつもりもなかったので問題ナシ。寝床だけどうしようかなという問題だけは残りますが。

彼が復活した後は、まばらに人が存在する鴨川の遊歩道を「これ何通りだっけか?」「JRくぐったし七条?あれ??」「え、三条大橋工事してんの!?」などと京都初心者の如き会話をしながらひたすら遡ること1時間。

ようやく丸太町が見えてきた。

帰寮

私は熊野寮の位置は全く知らなかったため、ここからは彼の案内に従ってラジコンされていったのだが、そこに近付くにつれ深夜1時とは思えないほど賑わっている建物が見えてきた。帰るべき寮はもう目の前である。

70km超を歩いてきた彼はというと、自身のTwitterでの帰寮報告のことが欠片も頭に残っていなかったのか、写真すら撮らず幽鬼のようにフラフラと寮内に入っていってしまうところだった。

ちょいちょいと引き止め、お兄さんTwitter忘れてますよと耳打ち。その際の返事が「あ、あぁ...」だったのでいよいよダメになる寸前だったのでしょう。

その後は入口辺りで帰寮を幾人かに祝福され、報告のために寮内に入っていった彼を待つ間、周りの寮生であろう方々とお話していましたが、終始しれっと着いてきたお前は誰なんだと怪訝な顔をされていました。ごもっともです。

戻って来た彼と一息つきながら、ズボンに張り付いた戦いの証(引っ付き虫)をひたすらに剥がし、ネカフェにでも泊まるか???と思案していたら彼の厚意で家に泊まらせてもらえることになった。ありがてえ。

宿泊代代わりにと、帰寮出発前に配布されたという食パンを使って朝食にお手軽フレンチトーストを振る舞わせてもらった。が、どうやら砂糖の量が少なかったのか、その塩梅はちょっぴり味気なかった。

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