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Three Sacred Treasures ③ 『36面』

池袋駅の東西を繋ぐ地下道。
その西口側、東武百貨店のエレベーターへと導くプロムナードに、36台のテレビモニター(勿論ブラウン管)が並ぶショーウィンドウがあった。

池袋駅の待ち合わせのランドマーク。

その名は『36面』。

いかにも「昭和」なネーミング。
でも至って「シュア」なネーミング。

『36面』。

80年代を生きた僕たちにとって、『36面』は人と人とを繋ぎ合わせてくれるターミナルであり、出会いを求める魂の集う「パワースポット」みたいな場所だった。

友達同士の集合場所として。
就業後の恋人たちの約束の場所として。
時には疲れたスーツ姿のオジサンと爪長ハイヒールのお姐さんの怪しい逢瀬の場所として。
Etc..

『36面』の使い方には人ぞれぞれ様々なHow toがあり、待ち合わせの数だけ「ドラマ」があった。

当時、お金は無いけど「時間」だったら掃いて捨てるほど持ち合わせていた僕らにとって、『36面』は約束までの時間潰しの場所としても機能していた。

36面のモニターでは、相撲だって甲子園だってタダで見ることができたし、時間潰しの間に同じ思考の友達がヒョッコりと現れ新しく予定が生まれたりすることも稀じゃなかった。

待ち合わせの人たちの行動心理をイメージし「観察」する、そんな楽しみ方も『36面』にはあった。

残念ながら「観察日記」は記していなかったので若干記憶は曖昧ではあるが、当時(19歳)の僕にとって衝撃的すぎた観察の記憶を文字にしておこうと思う。

■登場人物A
若干バーコード頭のおじさん(僕の隣で待っていた人)
■登場人物B
40代後半くらいの女性(あとからやってきた人)
■登場人物C
鼻息の荒い角刈りで柔道部っぽいおにいさん(更にあとからやってきた人)
■エキストラ


Scene-1:おじさんの「独り言」

とある夏の木曜日の午後。
16時を少し回った頃だったと記憶している。

西口の「牛丼太郎」で遅めのランチを済ませ、夕方の約束までの時間を潰すため『36面』に足を進めた僕。

ショーウィンドウの演出やモニターに映し出されたコンテンツが何だったかは全く覚えていないけれど、何気なく足を止め、暫しモニターを眺めていた。

少し時間が経った時、僕より先にいたのか、僕のあとから来たのかはわからないが、僕の隣に一人のおじさん(登場人物A:若干バーコード頭のおじさん)がいることに気づいた。

小綺麗な鼠色のスーツ姿で少し大きめの紙袋を持ったバーコードおじさん。
細面で、どこか「教頭先生」風なイメージを醸し出していたおじさん。
僕がおじさんの存在が気になりだしたのには訳がある。

「独り言」。

最初は全く気づかなかったのだが、おじさんはず〜っと何か独り言を繰り返していた。こういうのって気になりだしちゃうと後戻りできないもので、僕の耳はおじさんの独り言にロックオン状態となる。

「・・・・・・・・・・」

よくわからない。
僕はそ〜っと一歩、二歩、左(おじさん側)へ。

「サブロク、サブロク、サブロク・・・」

サブロク、、、36 ??

なんだ、おじさんは(待ち合わせの場所である)「36面」の名前を、呪文の様に繰り返しつぶやいていたのか。。。

と、最初はそう思ったのだが、ドラマはそこからあらぬ方向へ動き出した。



Scene-2:お姐様、登場

おじさんの独り言への関心も薄れてきた頃、僕の鼻は微かな「甘い香り」を察知した。
その香りは少しづつ強くなり、僕の鼻はある種の機能不全に陥った。

「くるまにポピー♪」の匂いとは一味違う怪しい香り。

その香りは、白い影となり僕の前を通り過ぎ、そして僕の隣で歩みを止めた。
怪しい香りの発生源は、白いタイトなワンピースにrenomaか何かのバッグを持った40歳くらいの女性だった。

19歳の僕(その時まだチェリーだったかどうかは忘れたが。)にも、恐らく男子の本能的に、彼女が所謂「プロ」のお姐様なんだと察し、妙にドキドキしはじめた自分が懐かしい。

僕とおじさんの間に入り、壁にもたれた彼女。
彼女はおじさんに(確か)こんな風に話しかけた。

「コバヤシさん?(何故かこの名前は鮮明に覚えてる)」

おじさんが少し戸惑った表情で言葉を返す。

「はい。」

おじさんの名前がコバヤシさんだったという事実。

「ごめんぬゎすゎ〜い、少しおまたせしちゃってぇ。」
「今日は暑いのにスーツで大変ですねぇ〜。」
「冷たいものでもお飲みになります? あっ、もう時間的にビールの方がいいかしらぁ?」
「暑いからなるべく近いところがいいかしら? 北口でも?」

捲し立てるように話すお姐様。

「あの、人違いでは?」

戸惑うおじさん。
耳がダンボになる僕。

「小林さん、、あら、違う小林さん?」

明らかに営業トーンから素に戻ったテナーボイスのお姐様。
ため息交じりのこの一言の後、あの甘く怪しい香りの中に、確かなニコチンの香りを感じた僕。でも胸のドキドキは止まらない。

会話は途切れ、次の展開への扉は閉ざされた。

と思ったその時、この噺のキーマンである第三の登場人物が、颯爽と現れた!



Scene-3:去りゆくふたり・残されたふたり

おじさんとお姐様の会話が途切れた時間。
恐らくほんの数秒の凪。

永遠に近い長さに感じた沈黙の時から僕(たち)を救ってくれたのは、AdidasのTシャツにブルージーンズ、角刈りで胸板の厚い柔道部(っぽい)おにいさんだった。

「すっせん!(恐らく「すみません」) お待たせしゃした(お待たせしました)。ハア、ハア。」

『時間に遅れて慌てて走って来た人』コンテストがあったら間違いなくポディウムに乗れる荒い息遣い。

え? どっちの待ち人?

僕に考える時間も与えぬ間に、その答えは僕の目の前で形になった。

「サブロウくん! 久しぶり〜。」

角刈りの救世主は、バーコードおじさんに促されながら、今来た方向に足早に消えていった。

「サブロウくん..? サブロク??」

おじさんの“あの”独り言が、頭の中をリフレインした。

待ち人を想い名前を繰り返し呼んでいた(としか思えない)おじさんの純真。
このあと二人を待ち受けるドグラ・マグラ的な真夏の夜の夢。

もしかしたら考えすぎかもしれないが、僕の脳内はそんなイメージ図で占拠された。

かくして『36面』からふたりは去り、『36面』の前に僕とお姐様は残された。
もちろんこのドラマの中で、僕は「登場人物」ではなくただのエキストラである。
エキストラには台詞は無いし、主演女優との会話など許されるはずもない。

でも百戦錬磨の主演女優は、エキストラへの配慮も忘れなかった。

じっと感情を殺し、36台のモニターを“そぞろ見”する僕に、彼女はこう言ってその場を去った。

「女の方がいいわよ。」

ともすると母親と変わらない年齢の女性からかけられたこの一言。

『36面』は、人生の交差点だったんだな、と、しみじみ思う。


〈追記〉
上記出来事から10数年後。
独立し、今の仕事を始めて間もない頃。
とある学習塾の情報誌の制作の仕事で、弊社で撮影したポジフィルムを編集者さんに急ぎ届けなければいけなくなった。
編集部があったのが成増だったので、池袋駅でその方(女性)と落ち合ってポジフィルムを手渡しすることになった。
まだ携帯電話も普及していない時代。
待ち合わせの場所に彼女が指定したのが、なんと『36面』だった。

ひざしぶりに聞いた『36面』の響き。

これまで話すことも会うこともなかった彼女に、急に親近感が湧いた。

(仕事を頂いているものの礼儀として)待ち合わせの時間の少し前に『36面』に到着。
その頃はもう「36台のモニター」ではなく、当時と環境は変わっていたと思うが、それでも『36面』として相互理解し、待ち合わせできることが嬉しかったことを覚えている。

約束の時間を少し回った頃、彼女が到着した。
彼女が想像以上に美人だったことで、僕の笑顔はブーストアップ。
そして僕の前にたった彼女はこう言った。

「お待たせしました! コバヤシさん!」

おいおい、小林さんは印刷会社の営業担当者だよ。

それでもこの一言で、僕のスマイルがレッドゾーンに突入したことは言うまでもない。


*これ、本当に実話です。念のため。*

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