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台湾の兵役義務延長、プロ野球への影響は?


兵役義務変更の概要

台湾当局は昨年の12月27日、18歳以上の男子に義務付けられていた4か月間の兵役を、1年に延長することを発表しました。

兵役義務延長の背景や詳細は上の記事に譲るとして、当記事では台湾のプロ野球選手にどのような影響があるのかを中心に掘り下げていきます。

兵役義務延長の影響を受ける世代

台湾球界でも兵役義務延長はここ最近の大きな話題となっていますが、その理由として現在高校3年生の選手から適用される点が挙げられます。具体的には2005年1月1日以降に生まれた選手が対象になります。台湾は学年の区切りが8月31日までのため、9月1日からが新学年。現在の高校3年生は2004年9月1日〜2005年8月31日生まれですので、単純計算で全体の3分の2が兵役義務延長となります。

・高卒選手が今年のドラフトに参加した場合どうなるのか
・プロ入り後に兵役をどう解決するのか
など、今後具体的なルールが決められ、アナウンスされることになるかと思います。

台湾プロ野球と兵役の歴史

CPBLがスタートした1990年当時の兵役期間は2年。特別な事情があって兵役が免除されない限りは、兵役を終えてからでないとプロ入りが許されない時代が続きます。

その間アメリカでプレーする台湾人選手は大学に学籍を置くなどといった形で兵役を先延ばしにし、五輪、アジア大会、アジア選手権といった国際大会で代表選出され、好成績を残すことで補充役(後述で説明)の資格を取得。12日間のみの兵役に服すことで兵役問題を解決するパターンが多くなりました。

兵役期間は2000年1月に1年10か月、2008年1月に1年と短縮されていき、2013年2月からは義務兵役から全面志願制に変更。1994年1月1日以降に生まれた男子は4か月の軍事訓練のみとなりました。

4か月の軍事訓練のみとなったことで、高校卒業後すぐのドラフト参加が可能になりました。2013年6月には唯一となる高校生ドラフトが開催。日本で応援歌の知名度がある陳子豪は兄弟象(現:中信兄弟)から2巡目で指名されています。

1994年1月1日以降に生まれた選手も最低4か月の軍事訓練を受ける必要があるわけですが、果たしてプロ入り後どのようにして兵役を解決しているのでしょうか?大きく二つのパターンがあるため、次章で詳しく見ていきます。

現在の兵役の解決方法

ドラフト後、またはシーズンオフに軍事訓練に参加する

まず一つ目はドラフト指名後、またはシーズンオフの期間を利用して、兵役を済ませる方法です。現在は期間が4か月のため、この方法を採り、出来る限りシーズン中に影響が出ない形で兵役を解決することが一般的です。

より具体的なケースで理解を深めていただくため、直近のケースをニュースを通してみていくことにします。
前者の例として藍翊誠(味全)、後者の例として辛元旭(富邦)の記事を下に掲載します。


前者の藍翊誠は昨年のドラフトで味全から指名を受けた後、兵役に行きました。兵役期間中は契約を正式に結ぶことができないため、球団側と大方の条件だけ先に話し合っておき、兵役を終えてから正式に契約を結ぶケースが一般的です。

後者の辛元旭はプロ入り4年目の昨年10月27日から兵役がスタート。単純計算だと4か月後の2月末に兵役終了となりますが、国防に関する授業を高校や大学で履修している場合は「役期折抵」という兵役期間の短縮制度があり、辛元旭もこの制度が適用されれば旧正月前(1月20日前)に兵役が終了し、チームの春季キャンプに間に合うとのことです。

なお、一般的に高卒でプロ入りした場合は、すぐに兵役に行く必要がありますが、大学に学籍を置いておく形で、大学に在籍している最長4年間は兵役を先延ばしすることが可能のようです。

現在はこのケースで兵役を解決することが一番多いです。ただし、実力のある選手は大きな国際大会に代表選出され好成績を残すことで、先に少し取り上げた「補充役」の資格を取得し、兵役に参加する期間を短縮することが可能です。

補充役の資格を取得し、12日間の軍事訓練に参加する

野球選手における「補充役」とは、「特定の国際大会で一定の成績を残した場合、12日間の軍事訓練に期間を短縮する」という資格を指します。補充役を得た者は「補充兵」と呼ばれます。

補充役の資格を取得できる「特定の国際大会」は台湾の兵役法の「國家體育競技代表隊服補充兵役辦法」で定められており、
・五輪(最終予選含む)
・WBC
・プレミア12
・アジア選手権
・アジア大会
・世界大学野球選手権

などが該当します。

ただし「一定の成績」については明確に定められておらず、大会が行われる際のメディアの報道で確認する必要があります。
(優勝だともちろん補充役の資格は取得できますが、例えば3位だとどうなるのか?は曖昧です)
また、現時点で誰が補充役の資格を得ているのかが分かる資料も一般には公開されておらず、こちらもメディアの報道でその都度、確認する必要があります。

4か月間の軍事訓練が12日間に大幅に短縮されるのはプロ野球選手にとっては大きなメリットです。しかし一方で以下の条件を受け入れなければ、補充役の資格を得ることができません。

・12日間の軍事訓練を終えた後から5年間は、一級国際大会に招集された場合、教育部体育署が決定した場所で合宿に参加し、大会に出場すること
(ただし、五輪で3位以内、アジア大会で優勝した場合は列管が解除される)

補充役を終えた後から5年間の期間は「列管」と呼ばれ、列管の間に「一級国際大会」に招集された場合は、故障などの特別な理由がない限り、選手は招集を断ることができません。

列管に入っている選手は、台湾のスポーツ行政を管轄する教育部体育署によって、「列管球員」(列管選手)として管理されます。

また「一級国際大会」はWBC、五輪、プレミア12など、プロの選手がメインで出場する大会を指します。

このルールはCPBLでプレーする選手、海外でプレーする選手関係なく適用されます。シーズン中に招集された場合は台湾、海外問わず当然チームを離れることになります。

2014年の仁川アジア大会では当時12日間の軍事訓練を終え列管の期間に該当していた鄭凱文、郭嚴文、陳俊秀、林琨笙、羅嘉仁のCPBL球団所属選手5名がこのルールにより代表入りしました。

こうして見ると選手にとってはメリット、デメリット両方ある制度です。
その中でも、実力のある選手は兵役を先延ばししている間に一級国際大会で代表に選ばれ、補充役の資格を得ることを目標にしている選手が多い印象です。やはり列管を考慮しても、兵役に就く期間はできるだけ短くしたい、というのが大方の選手の考えかと思います。

今後どうやって兵役を解決するのか

これについては現時点で決定された事項はありません。ただこれまでと同様に高校生もドラフトには参加ができる見通しで、また入団後にどのように兵役を解決するのか、議論が進められることになるでしょう。

しかし、4か月から1年に兵役期間が延長されると、シーズンオフのみで兵役を解決することは補充役の資格を取得しない限り、実質不可能です。そこで議論となっているのが、「國訓」チームの復活です。

國訓チームの正式名称は「國訓中心棒球隊」。元々あった軍隊で結成されたチームを受け継ぎ、実力がありながら兵役に就く必要がある選手を集めたチームを結成。2003年~2005年、2010年~2017年の二期にわたって活動しました。2017年に兵役期間が短縮され、チームとしての任務を終えたとして解散しました。

「実力がありながら兵役に就く必要がある選手」は「替代役」という資格を持った選手です。替代役の資格を取得することで、兵役期間中にも野球を続けることが可能です。この國訓があった時期は替代役の資格を取得できる人数は多く、2012年には60名が合格。代表入りして一定の結果を残さないと得られない補充役よりはハードルは低いと言えます。
國訓でプレーする期間はあくまで兵役期間中のため規律には厳しく、朝から夜まで野球漬けの日々を送ります。

(國訓チームの歴史、活動の様子が分かる動画)

現時点では國訓がないため、このまま1年間の兵役延長となれば一部の補充役を得られる選手以外は、シーズン中に兵役に就く必要が出てきます。そのため選手や指導者からは野球に対する感覚を失わないよう、國訓チームの復活を求める声が強いです。

中華民国野球協会の林宗成秘書長も「各種スポーツにも國訓チームはあり、(國訓を)復活させようとしているのは野球協会だけではない。私達は教育部体育署の政策に従い、(教育部体育署が國訓を)復活させる考えがあれば、野球協会もそれに合わせて動く予定だ。」とコメント。補充役を取得できない選手の受け皿として、國訓が復活する可能性が高いです。

補足:張育成のWBC不参加に関する報道

最後に兵役に関して新年早々台湾球界の話題となっているのが、張育成のWBC不参加に関する報道です。せっかくの機会なので、取り上げたいと思います。

張育成は昨季MLB4球団で計69試合 打率.208 4HR 15打点 OPS.604をマーク。
昨年11月17日に決定されたWBC台湾代表のラージリスト50人にも、名前が含まれていると報道されています。(リストの内訳は一般には非公開)
現時点ではFAとなっていますが、台湾人で昨季唯一メジャーリーグでプレーした選手としてWBCへの参加が期待されていました。

しかし昨年12月31日に出たこちらの記事によると、林岳平代表監督は張育成のマネジメント会社を通じて「2023年は野球人生で重要な一年になるため、スプリングトレーニングに全力で取り組む必要がある。シーズンに備えるためにも台湾代表入りはお断りしたい。」と伝えられたとのこと。林岳平監督も張育成の要望を受け入れると話しています。

張育成は2019年のアジア選手権で代表入り、チームが優勝したことにより補充役の資格を取得。2020年12月に12日間の軍事訓練を終えています。つまり、2025年12月までは列管の期間内に該当し、今年のWBCも原則は招集されれば参加する必要があります。

そのため、多くの野球ファンから
「補充役のメリットを享受しているのに、代表不参加はいかがなものか」
「もし代表不参加なら、4か月の兵役に行くべきではないか」
といった批判の声が多く寄せられる事態となっています。

私も張育成が列管の期間に招集されればルールに則って代表に参加すべきだとは思います。また少し前に兵役期間延長が発表されたばかりで、兵役に対する議論が高まっている時期に、タイミング悪くWBC不参加を表明したことも、より世論の印象を悪くさせた感は否めません。

しかし今回の一件は列管の現行制度について考える機会になったとも考えられます。これまで列管に入った選手が出場を拒否したというケースは恐らくなかったため、拒否した場合にどういう扱いになるのかが曖昧なまま現在に至っています。つまり、列管の拘束力がどこまであるのかがはっきりしていないという問題があるのです。

列管に入っている選手を管轄する教育部体育署も、1月1日に「WBC代表の合宿参加者リストについては、CPBLと中華民国野球協会で結成された選考委員が、代表首脳陣の意見を元に作成する予定だ。今後選考委員と代表首脳陣が全体的な戦力と選手の状況を考慮し妥当な評価を下すと信じている。体育署もこれを十分に尊重し、全力で支援する。」とコメント。あくまで教育部体育署としては、列管に入っている選手は必要であれば絶対に招集するという強硬的な態度ではなく、参加者リストを尊重するというスタンスのようです。

今後WBC台湾代表は1月6日に代表候補を35人に絞り(一般には非公開)、1月28日からはこの35人主体で代表合宿がスタート。この合宿で代表メンバー候補が判明し、2月7日に最終メンバー30人が決定します。

張育成については、35人に絞る時点で名前があるのか、ないのかに関わらず引き続き話題になるかとは思いますが、引き続き見守っていきたいと思います。

画像引用:https://udn.com/news/story/10930/6684650


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