007
九月十五日
今日は僕のローディーだった、るゆの命日です。健流(たける)とも呼ばれてました。
僕が20歳ぐらいの頃知人から「ローディーやりたい奴おるから今度紹介するわ」って言われて紹介されたのがきっかけ。
当時なんとそいつはまだ中二で
学校行かず女の家を転々としてるようなまるでNANAに出てくるシンみたいな奴でした。
内心こいつ大丈夫かな、、って心配でしたが
根は真面目だし礼儀正しいし、僕や僕の周りの人間、先輩からもとても可愛がられバンドマンとしてもスクスク成長していきました。
↑↑↑2006年頃。西九条の公園で戯れてる僕達。右が当時の僕、左が当時の彼。僕の真似をして赤髪?
確かあいつが16になったぐらいの頃、手に大きな怪我を負ってしまいギターが弾けなくなりました。
その辺りから少しバンド活動から遠のいてしまい夜職を始め、そういうのに無縁な僕としては少し遠い存在になってました。
それでも付き合いが途切れることはなくたまにライブに手伝いにきてくれたり一緒に旅行したり。
↑↑↑多分旅行した時の写真。なんちゅー顔や
そうこうしているうちに僕が当時のバンドを中途半端な形で辞めてしまい、彼にも合わせる顔がなく本当に誰にも会わない日々が続いてた頃、どうにか僕の連絡先を探し真っ先に会いに来てくれたのも彼でした。
その頃の彼は彫り師を目指す傍らでギターからボーカルに転向しラウド系のバンドをやっていたそうです。
↑↑↑その頃の彼。ガラ悪すぎ。。
「今度クラブでTATOOのイベントがあってそこに僕の店からバンドで出ようと思うんで是非ギター弾いて欲しいです!」
とお願いされました。
その時の僕はもう2年程ステージには立ってなかったので断っていましたが、熱意に負けて出演する事になりました。
メンバーは
vocal るゆ
guitar 俺
bass 彫り師の人
drum 後の834君
という面子でMarilyn MansonやNirvanaのカバーをやりました。
久々にステージに立った僕は
バンドを辞めた後悔とかやっぱりバンドがしたいという色んな感情が入り交じって混乱してましたが、
結局のところ今僕がバンドをやっているのは間違いなくそこがきっかけです。
↑↑↑そのライブやった頃の。やはりガラ悪い。
その後ぐらいからは彼は上京したり、バンドのプロデュースをしだしたり電車の事故にあったり相変わらず波乱万丈な人生を送っていて会う機会もめっきり減っていましたが「何があってもあいつはきっと元気でやってる」という過信をしていました。
だから、、亡くなったって聞いた時も絶対嘘だと思って
アイツのことだからきっとそういうドッキリでも仕掛けてるんだろうって皆思ってて。
お別れ会に行くまでは本当に信じれなかった。
正直今でもひょっこり急に現れても全然不思議じゃない。
やっぱり寂しい。
会いたい。
何で急に居なくなるんだよって。
よく笑顔で「僕、ロックスターなんで30ぐらいで多分死にます!」
って実現すんなよ。。
あれから3年経ったけど奴の居ない世界はやはりつまらん。
人生に「もしも」は無いけど
もしも今生きてたらって考えてしまう。
あいつの分まで生きていくなんて偉そうな事はいえないけど、
せめてあいつにダサいと思われる様な生き方だけはしないと決めた。
だから僕はこの命が絶えるまで音楽を辞めないと思う。
PS. ろくな写真がなくてスマン。。
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