左氏春秋のよさげな言葉を 2
左氏春秋のよさげな言葉を 2
岩波文庫の「左氏春秋」のよさげな言葉とか載せます。
僖公 二年
虢{カク}は必ず亡びる。下陽を失っても心配せず、かえって戦果をあげた。これは天を映す鏡を虢から奪って、その{驕り}罪を重くさせているのだ。必ず晋を軽視して、自国の民を安撫しなくなるだろう。五年はもつまい。
僖公四年
「貴君がもし徳によって諸侯を安んじたまわば、服せざる者は一人もおりますまい。しかい武力も使われれば、楚国は方城を城エンとなし、漢水を濠としておるゆえ、いかに多勢でも役に立ちません」
僖公五年
「このように徳がなければ民は和せず、神も祭祀を享けぬもの。神が降るのは、徳ある人にかぎるのです」
僖公五年
「会合して、奸人を国君に列したりすれば、どうやって後代に模範を示せますか。諸侯の会合に際しては、その徳、刑、礼、義について、どの国も記録します。もし姦人を君位につけたことが記録されれば、君{わが君}の盟約は台なしになってしまいます。記録されてまずいことをするのは成徳と申せません」
僖公十九年
「小さな祭祀に{馬や牛}のような犠牲を用いることはなく、まして人を犠牲に用いたりしなかった。 祭祀は人のために行うものであり、民は神の祀り手である。人を犠牲に用いても、それを受ける神がいるだろうか。~まともに死ねねば幸いなくらいだ。」
今日はこの程度
お読みくださりありがとうございます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?