【アートを所有する】芸術とともに生きるということ
創作の専門家であるアーティストはどこまで、コレクターを理解しているだろう。このトピックでは、「作品を生かす人々」を、知ることができる。生み出すことには懸命でも実は作品の世話を依存している意識に低いアーティストの、ために書く。
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アーティスト情報局:太一監督
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日本未発表の国際映画業界情報 あるいは、
監督がスタジオから発する生存の記
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『 作品は、アーティストの手を離れて生きる 』
こと“創る”ことには懸命でも、手放した後の作品について努力を重ねているアーティストは多くない。さらには、その責を負ってくれている人々がフィーチャーされることはもっと。
作品はアーティストの手を離れてはじめて、生きる。これはマーケティングやフィロソフィーの話ではない。「その後、作品、どうしてる?」についてだ。アーティストたちが“作品のその後”を気にしなくなったのには、映画や音楽の場合が顕著である。“複製品”が増殖し続けた先の話になることから、作品の“保護意識”も希釈されているのではないか。これはわたしの推定であるので、確証はない。
ただ、その“保護担当者”の話を知っていれば、無視できるものではない。
そこで、日本に入っていないニュースをお知らせしておこう。
■ 最新国際ニュース:コレクターのカール&マリリン トーマ夫妻は、手入れが大変な美術品を恐れずに購入し、保存している
カール トーマは、シリコンバレーで働いていた1970年代から美術品の収集を始め、先駆的なデジタル作品に惹かれていた。一方、妻のマリリンは、17世紀から18世紀にかけてスペインの植民地であったメキシコや南米で制作されたヴィセガル アートに夢中になっていた。現在、夫妻は合計で約1,500点の作品を所有している。
どちらのカテゴリーにも独特の課題がある。デジタルアートの場合は、作品が正常に動作することを確認しながら、急速な技術の進歩に対応する必要がある。「画廊に行って絵を買って、家に持ち帰って楽しむのとは違いますからね」
ピカソからNFTまで、彼らは大型作品を獲得してきた。トーマ社では、このような作品を最新の状態に保つために、2人の専任コンサバターを雇っている。カール トーマが語る。「芸術作品を購入する前に、その作品を使い続けられるかどうかが問題なのです」
トーマが初めてデジタルアートを購入したのは、2008年。歴史的なビデオアートや実験映画にも大きな関心を寄せているが、この分野を専門とするディーラーが少ないため、その追求は困難を極めている。30年以上前にこの分野を開拓したベテランのアーティストを探し出し、彼ら(または彼らの遺族)から主要作品の売れ残りを購入する、というように逆算していくことが多い。
アートを収集することは、何世紀も前に描かれた絵画の背後にある歴史を解明することを意味する。これらの絵画は、往々にして実績が乏しく、状態も良くない。「それは多くの人を脅かすものだ。私たちは一般の人々と共有するために購入しているのです」と語り、求めている美術品は「歴史の一部」であると付け加えた。 - OCTOBER 15, 2021 ARTnews -
『 ニュースのよみかた: 』
傷みの進んだアートを“保護意識”からコレクションしてくれている老夫婦が、デジタルアートの未来を案じている、という記事。
実に地味な内容ながらその状況をつぶさに想い浮かべたならアーティストならずとも、涙を堪えられないのではないか。“作品は生きている”とはよく聞く言葉だが、“老いた作品を保護して生かす努力をしている”という話を知る機会はなかなか無い。
アーティストである私たちは敬意を込めて、彼らのような美しい人々のことを想いたい。
『 作品を保護する生き方 』
“コレクター”という人々がいる。目下世間で言われるコレクターの多くは単なる量産プロダクトを購入するだけの消費者だが、本来のコレクターとはアーティストにとって実に尊い存在であることを忘れてはいけない。
個人の「パトロン」は、アーティストにとって姿の観える直接的な支援者である。「キュレーター」は、アーティストたちに未来を観させてくれるビジョナリーだ。「企業」は生活を支えてくれる親であり「ギャラリー」は輝くステージ。「興業」という夢の向こうには「オークション」というサプライズを含む「マーケット」という宇宙が存在している。そのどこにも属していないのが、「保護」である。保護するためにはリスクをとり、自らの手を離れるときのために備える、崇高な覚悟と努力が必要になる。
作品を生かす人々とは、アーティストにとっての正義である。
彼ら“保護する人々”がいてくれるから、アーティストは作品を生み出せるのだ。
『 美術館という“保証”について知っておいても良い 』
ルーブルのような巨大美術館は年間に、500作品を売りに出して現金を調達している。保管作品の維持管理と修復のためだ。修復して価値化して売却し、利幅を活用してまた別のタイトルを購入してもいる。“来館サービス”と“作品貸し出し”の影で知られていない、最大規模の事業だ。
作品は美術館を経由することで磨かれ、生きながらえている。“売られた作品のその後”や、“売れ残った作品の運命”など詳しくは、またの機会に。
『 作品を生かし続けるアーティストの作業とは 』
“心の話”で追われたなら美しくて温かいがここ「アーティスト情報局」はこそ、アーティストの“現実”を支援する非情機関。ならばこそ今日の最後に、温度の無い「再現性」をシェアしておこう。
作品を“生かし続ける”ことがアーティストの責務だと、理解した方がいい。数々の作品同士をLINKさせ、それらの情報価値を更新し続けることで“生かし続ける”ことが可能になる。作品のファームアップだ。
デジタル時代にこそ、アーティスト自身が“未来”を保証しなければならない。間に美術館に変わる企業やコレクターが存在しないことも多い現在だからこそアーティストは、手を離れた作品のために有益な情報を、更新し続けるべきだ。それが、作品購入者の安心になり、“保護する者”を生み出す切っ掛けになるのだから。
『 編集後記:』
個展2日目にして初の“週末”を迎えた。歩行者天国に隣接する会場前を行き交う人々が、来館して下さる。既に複数の商談フェーズにディーラーは、「個展会期終了までは展示させて頂けますか?」などと。アーティストの胸中を察してみても、わたしレベルにはまだ判断がつかない。
映画人のわたしは目の前で自身の作品が取引される場面に、遭遇したことが無いことに気がついた。作品を鑑賞している人々と、購入を検討している人、価格商談段階のひとびとは表情から、瞬時に判断がつく。彼らの視線の先で作品たちは、何を感じているだろう。
わたしレベルには到底、判断がつかない。
創作への意識高くしかし送り出す作品への永遠の愛情を忘れず、映画製作の現場へ帰るとしよう。では、また明日。
■ 太一(映画家):アーティスト業界情報局 × 日本未発表の国際映画業界情報 あるいは、 監督がスタジオから発する生存の記