テアトロ・デ・オカシオンの『アナのはじめての冒険』を見て

2017年8月3日 グランシップ中ホール 大地
『アナのはじめての冒険』
テアトロ・デ・オカシオン(チリ)

「グランシップ世界のこども劇場」は今年で8年目を迎える。国内外の優れた子ども劇を見ることができるまれな機会だ。今年は、フィンランド、デンマーク、チリの劇団がやってきた。この日は運良く滑り込みでチリの劇団「テアトロ・デ・オカシオン」による『アナのはじめての冒険』を見ることができた。ちなみに『アナのはじめての冒険』は日本語版タイトルで、パンフレットによると「One Morning I Left」となっている。

中ホールの舞台上に黒い幕で覆われた場所があり、そこに靴を脱いで入っていく。子ども劇は距離感が大事であり、この劇も客席がせいぜい100くらいの空間に留めている。演者は三人、一人は音楽を担当し、ほか二人が身体をめいいっぱい使って演じていく。劇が始まる前に、演者が観客に自己紹介するするのだが、このときからすでに彼らはパフォーマンスに溢れている。例えば口で物音を立て、それに合わせてパントマイムする。彼らの話す内容も、一工夫あって子ども心を掴んでいる。「もし、お父さんやお母さんが泣き出したら、あっちの方へ(入り口の方を指しながら)連れていって、それから慰めながらまた戻ってくるんだ」。これは、もし子どもが泣き出したらどうするか、という説明をしているのだが、こういうふうに通常とは逆の立場で言われると子どもはニヤニヤとしながら親の方を見る。

小道具がいろいろと置かれてにぎやかな赤い台が、舞台後方真ん中にあり、そこに音楽家が座って、ギターやカリンバ、リコーダー、縦笛などなど、さまざまな楽器を用いて音を生み出していく。動きに合わせて音を鳴らすのと並行してバックミュージックが演奏されるが、その際はループマシンが用いられていた。ループマシンを用いれば、小節ごとに音を録音し、それを繰り返して流すことができ、単純な音を繰り返す演奏ならばマシンが代わりにしてくれることになる。一つの音を背景として録音したら、今度はリズムに合わせて、また別の音を重ねていく。こうして、音楽家一人で重奏的な音楽をつくることができ、観客からすれば音楽がまさに生み出されるさまを目の当たりにすることができる。

『アナのはじめての冒険(One Morning I Left)』はそのタイトル通り、朝から始まって、冒険へと展開していく。演者の一人がアナを演じ、もう一人の俳優が物語で出会う動物たちを演じる。このパフォーマンスの特徴として、日用品を見立てた遊びが挙げられる。例えば朝の牛の乳搾りのシーンでは、ダンボールに描かれた牛のおっぱいから、牛乳に見立てられた布がスルスルと絞り出され、バケツに落ちていく。しばらくバケツからバケツへと移す動作をダンスのように繰り返すことで、布が液体の牛乳であることが強調される。こうして観客が布を牛乳として認識しているとき、ふいに乳搾りに疲れた演者が、汗を拭くためにこの布を用いるのである。牛乳であるはずの布が、もともとの使われ方をされることで、布は「拭くための布」と「牛乳に見立てられた布」の二つの間で揺れ動く。

牛乳を入れたバケツから鳥の鳴き声がする。バケツの中が見えるようにバケツが掲げられると、その中には目玉が二つ付いた漏斗がある。これが鳥の雛を示しており、その胴体はまたもや布で示され、やがては人が乗れるほどの大きな鳥になる。この鳥に乗って砂漠の世界にたどり着く。そこには危険なヘビがいる。このヘビは一本のロープで表現され、片側を丸めることでヘビの頭としている。二人の俳優によって動くヘビの、そのうねうねとしたさまはなかなかに見事だった。ここでもまた、ロープの輪っかが解かれて反対側に輪っかがつくられ、頭の位置が逆になることにより、「ロープそのもの」と「ヘビに見立てられたロープ」を同時に認識することになる。ヘビは布を覆われることで捉えられ、ヘビを見立てていたロープは二つ山の稜線を描き、ラクダとなる。

今度は水の中。音楽家の席では、バケツの水をかき回したぴちゃぴちゃという音がループマシンに録音され、それに加えて円錐が震える鈍い音が加わり、瑞々しい音が奏でられている。青い照明と青い布により、冷たく気持ちいい水の世界が表現される。三人の演者はシュノーケルを付け、水の中を漂う身振りをする。そこにクラゲがやってきたので、波を起こして遠ざける。水の中を漂うクラゲも演者も水の抵抗ゆえにゆっくりと動く。

以上のように観客は小道具と身体によって展開していくイメージを見て物語を紡いでいくことになる。また、各動きに合わせてさまざまな音が奏でられることによりシーンごとに感情や雰囲気が色付けられる。このようにして、身体的な動きと音のもつイメージとが結びつき、優れて演劇的な体験が生まれる。このようなパフォーマンス性の高い子ども向けの演劇ほどに、演劇的な知覚が求められることがあるだろうか。エンディングには紺色の布が広げられ、そこに白色で動物たちが登場した順番に描かれている。ここで今までの演じられてきた冒険は、夢か空想であったのだった。冒険した世界を示すために使われた小道具は日常のなかのありきたりのものである。これらのものと想像力さえあれば、いくらでも世界を創造することができることが美しく例示されている。


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