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オーストリアの片田舎の演劇フェスティバルに参加して

6月15日、16日

オーストリアの片田舎ホルンを訪れた。ドナウ川の支流が流れ、青々とした小山が並ぶ自然豊かな土地。この小さな町で「SZENE WALDVIETEL」というフェスティバルが開催されている。エディンバラ・フェスティバルと同じように、さまざまなフェスティバルから構成されていて、6月中旬から7月中旬にかけて、テーマの異なるフェスティバルが開催されている。「STADT DER KINDER(子どもの町)」はその内の一つで、その名前の通り、子ども向けのプログラムが用意されている。

どうしてこのフェスティバルのことを知っているのかというと、卒業論文でウィーンにある児童青少年劇場Dschungel Wienについて研究したときに、そこの初代芸術監督シュテファン・ラブルがオーストリアでいくつかフェスティバルを運営していることを知ったからだった。その内の一つが「SZENE BUNTE WÄHNE」であり、それが今回訪れた「SZENE WALDVIERTEL」である(名前の経緯についてはあまり調べていないので分からない)。卒論を書いていたころからフェスティバルのFacebookのページをフォローしていたのだけれど、今月に入った頃、芸術監督自らによるフェスティバル案内動画が流れてきたので、これは行くしかないと思ったのだった。

メインの会場はKunsthaus Hornで、フェスティバルの事務所があるほか、多くの演目の上演場所、ワークショップの会場もここにある。中庭があって、広場のようになっている。プログラムとプログラムの間は、ここで寛ぐことができるほか、アーティストによるパフォーマンスもある。宿泊設備もあり、一般の人も泊まれる。アーティストはこの施設に寝泊まりしている。

驚いたのは、お客さんの数が少なすぎて、最初に見ようと思った作品が、観客が自分一人で中止になったほどだったことだ。そのときの会場はCampus Hornという施設で、Kunsthausから歩くと20分ほどかかる。車による送迎もあるが、ベルギーのカンパニーの作品が上演される以外にプログラムがないので、同じ時間にKunsthausの方で演目があると、ほとんどのお客さんがそちらに行ってしまうようだった。ただ、そのおかげでフェスティバル側とお客さん側との距離が近く、コミュニケーションを取りやすかった。

12時から17時の間、町の公園で、子どもの権利についての催しがあるとパンフレットに書いてあり、この時間、特に他に見るものもなかったので行ってみることにした。メイン会場のKunsthaus Hornがある場所は、ホルンの中心街と言った感じで、いくつかお店が並んでいるほか、景観もきれいに整っている。公園もそのすぐ近くにあり、町を代表する公園として機能しているのだと思われる。公園の道沿いには写真が飾られていたが、これはフェスティバルとは別の展示だろう。屋外の写真展と言った感じで、趣向の異なる写真が飾られている。

さらに進むと、少し開けたところで二人のおじさんが作業をしていた。その内一人はシュテファン・ラブルだった。地面には木材が家の骨組みのように置かれ、彼らはそこに白い風船たくさん付けていた。風船には、「夢」や「権利」などの言葉が書かれていた。広場の正面には子どもの権利についての石碑があり、だからこそこの場所で風船を飾っているのだった。このときにシュテファンと話すことができ、彼によればオーストリアにはここを含めて2カ所、子どもの権利についての石碑があり、だからこそ子どものためのフェスティバルを辺境のこの地で開催しているそうだ。作業中にベビーカーの親子がやってくるとシュテファンはすかさず近づいて、子どもに向かってベロベロベーしたり、母親と話したりしたあと、白い風船を上げていた。それから、僕にも一つ、白い風船を渡して、風船について聞かれたら公園に案内するように言われた。広場には、白い風船以外にも、屋外で遊ぶためのおもちゃが用意されていた。

パンフレットにはどの作品がどの会場で行われるのかが書かれているものの、会場内のどの部屋で行われるのかは書かれていない。これはフェスティバルの後半で分かったことだけど、基本的にお客さんは広場で過ごし、目当ての演目の開演が近くなるとスタッフから案内が入る。スタッフの人は「○○見る人~」みたいな感じで声をかけて、それに従ってお客さんは移動する。

どうしてパンフレットに具体的な場所が明記されていないのか。このフェスティバルには30年の歴史があるので、その間、この点に関してあまり不満が上がらなかったということになる。どういうことなのだろう。

フェスティバルのお客さんと言えば、数ある演目のなかから作品を選んで見に行くものだと思っていたが、このフェスティバルでは違うのかもしれない。演目を見ることが目的なのではなくて、フェスティバルの時間をほかのお客さんと一緒に過ごすことが目的になっているのではないか。お客さんの様子を見ていても、コンテンツにこだわりはなく、次から次にいろんな作品が見られるという状況を楽しんでいるように思える。

子どものころに参加していた地元のお祭りのことを思い出す。屋台を回しながら、公民館などの各ポイントに停まり、そこで料理を食べたり、踊りを見たり、太鼓の音色を聞いたりしていた。このとき、各ポイントでどんな催しがあるのかということに多少興味はあったのかもしれないけれど、それ以上にお祭りの雰囲気のなかにいることの方がよほど重要だった。SZENE WALDVIERTELはそういう地元のお祭りに近い。

そう考えると、よくある演劇フェスティバルがどういうものかよく分からなくなってくる。フェスティバルとは銘打っているものの、作品のマーケットだったり、専門家の交流の場だったりすることが多い。それは別に悪いことではないけれど、そういうものを期待してSZENE WALDVIERTELに臨むとがっかりするだろう。実際には、演目やワークショップの内容が劣っているわけでも、アーティストとの交流が少ないわけでもない。要はモード(態)の問題なのだと思う。購買者のモードや専門家のモードではなく、お祭りの参加者くらいの気持ちでのんびりと過ごすのがいい。

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