バロックの演技論

バロックの演技術の話がおもしろかった。読んだテクストは、Franciscus Lang (1654ー1725)の「演技芸術論」(1727)で、ドイツ最古の演技論とされている。この本はラテン語で書かれたが、授業で読んだのはドイツ語の翻訳である。

この授業はある意味、演劇歴史記述(Theaterhistoriographie)の態度の実践でもあり、そのため最初に先生が要点を確認した。説明すると長くなるので、キーワードだけ挙げると、何か演劇の歴史について記述するときには、①歴史を特定の視点から論じているということ(再主体化 Resubjektivierung)、②歴史を部分的に論じているということ(部分性 Partialität)、③自分と距離を取ること、④史料を批判的に扱うこと、の4つを心に留めておかなくてはならない。

Langの演技論の重要な点は2つ。1つは、情動を呼び起こすこと(Affekte zu erregen)、もう1つは、自然を模倣すること(die Natur nachzuahmen)。ここでいう「自然」とは、自然主義のような日常生活での身ぶりのことではなく、イデアとしての自然である。つまり、演技とは、動作を完全にすること(Vervollkommung)、あるいは美しくすること(Verschönerung)だった。

Langのテクストによれば、俳優は美しいポーズをしなければならない。そして、常に観客の方を向いていなければならない。なぜなら、観劇においてもっとも重要な部位は「目」であり、俳優の目から、観客は情動を読み取ることができるとされていたからで、これについてはデカルトのテクストと合わせて、当時の身体に関する議論の文脈を確認した。

テクストにはポージングの詳細な説明と絵が載っているが、今の感覚からすると滑稽に見える。常に前を向き、美しいポーズを崩さないよう、手足、腕脚、さらには胴までもが、身体全体が様式化されている。常に正面を向かなければならないので、登場から正面を向いている。とりわけ滑稽だったのが、ほかの俳優との会話するときで、そのときは前後にズレることで、正面を向きつつ、会話相手の方も向けるという戦略が取られていたそうな。先生がテクストをもとに真似しようとしたらぎこちなくて、笑いが起こった。訓練された俳優の演技であれば美しく思えるのかもしれない(スズキメソッドとか歌舞伎とか能のことが頭をよぎった)。

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