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寝る演劇「Bed & Breakfast」

4月12日 Markgrafentheater
Bed & Breakfast
コンセプト、歌:Heike Schmidt
作曲、チェロ:Thilo Krigar

エアランゲンではじめて見た演劇。タイトルの通り、劇場に一泊して朝ごはんを食べるという作品である。夜の22時半に開場し、23時に開演する。朝は7時前に起きて朝食を食べる。開園から朝食を食べて劇場を後にするまでを上演時間と考えると、23時~7時なので、8時間となる(思ったよりも短い!)。エアランゲンの劇場のレパートリーではなくゲスト公演のようだ。歌手とチェロ弾きの二人によるパフォーマンスである。今年はMarkgrafentheater設立300年で、記念プログラム用のパンフレットもあるが、この作品もその一つのようである。

開場が夜の22時半なので、それまで家でごろごろしてから劇場に向かった。なんだがお泊り会に行くみたいでワクワクする。着いたときにはすでに劇場のロビーに何人か参加者が舞っていた。一人の参加者も多いが、友達と参加している人もいた。老夫婦の姿もちらほら見られる。泊まる演劇に慣れていないためか、遅れる参加者も多くいた。そのためか、上演の開始時間が少し押した。荷物はロビーで預けることになった。歯ブラシなど、お泊りに必要な道具は、「300」と書かれたオリジナルバックに入れて劇場内に持っていけた。ロビーでは、お湯と数種類のティーパックが用意されていた。カフェインの入っていない、リラックス効果のあるティーパックである。

スタッフの案内のもと、舞台に上がる。舞台上には即席のベッドがいくつも並んでいた。折りたたみベンチにシーツがかけられた簡単な作りであるが、ベッドの下に荷物を置ける。ベッドが並んでいる上には、いくつものランプが浮かんでいる。天井からつる下げられているのだ。舞台に案内されたときに目に飛び込んできたその光景はかなり幻想的だった。これからこんなところで一睡できるなんてロマンチックだなと思う。老夫婦の参加者が多いのもうなずける。ベッドは隣りあっているものもあれば、一つぽつねんとしているものもある。もちろん孤立しているベッドに真っ先に飛び込んだが、隣り合っているベッドでいちゃいちゃいている老夫婦や若いカップルを見ると、友達でも誘えば良かったなとか思ってくる。ベッドに寝転がって、「これから何がはじまるんだろうねー」とか会話したら、楽しそう。

観客は寝るというとてもプライベートな行為をすることになるため、ふつうの演劇にはない配慮が求められる。ベッドが決まると、スタッフによって着替え部屋やトイレの案内がされる。上演がはじまる前に寝着に着替えたり、歯を磨いたり、トイレを澄ませておく必要があるのだ。舞台上でベッドに寝転んで、老若男女問わずお互いに寝着姿になっている光景はなかなかの非日常だったが、妙な安心感があった。

ベッドについて若いカップルがいちゃいちゃしているのを眺めていると、髭を蓄えて丸々と太ったチェロ弾きの男性がやってきた。それと同時に、白いドレスに身を包んだ女性が美声で歌いながら舞台に歩み入ってきた。どうやら上演がはじまるようである。女性が歌を歌い、チェロ弾きは前衛的な弾き方で独特の音を奏でる。宙につる下げられているランプには、半透明の紙でくるまれていて、そこには歌詞や楽譜が書かれているようだ。ドイツ語だけでなく、フランス語やほかの言語の歌も聞こえる。二人は歌や曲ごとに場所を変える。それぞれの別々に動くので、四方八方から音が聞こえる。この感覚が眠りを誘う。ランプごとの歌や曲が終わるとそのランプが消える。そうやってだんだん暗くなるようだ。僕はランプが少なくなるまで起きていたが、それでも最後のランプが消えるまでは起きていなかった。

気が付くと遠くから歌声が聞こえる。そして、チェロの独特の音も聞こえる。どうやら朝が来たようだ。参加者の睡眠がパフォーマンスでサンドイッチされている。眠った感覚はあり、今が朝であることもなんとなく感覚で分かる。歌の選曲も違うのかもしれない。照明は明るく、だんだん起きる人は増えていく。

一通りパフォーマンスが終わると、朝の支度が済んだ人から舞台を後にしていく。劇場内になるカフェテリアに移動したのだ。カフェテリアでは、コーヒーとお茶が用意されていた。朝食は近くのパン屋から調達するようで、開店時間の都合もあって、少し待つことになった。席にはパフォーマーの二人も参加していた。観客から直接、感想を聞いているようだった。観客のなかにはラジオの取材マンらしい男性がいて、紙きれに文章を書きこんでいた。

朝食の時点で上演は終了となり、あとは自由解散となる。なんだか変な経験だった。生活リズムが乱れていたので、早起きできたのはうれしかった。残念だったのはオリジナルバッグが回収されてしまったことだ。てっきり記念に持ち帰れるものだと思っていた。

劇場に泊まるというのは刺激的な経験だった。観劇のあり方には見る、聞く以外にもあると思っていたが、寝るという観劇の仕方は考えたこともなかった。朝食のときに配られた作品パンフレットによれば、歌われた歌、演奏された曲は、各国の子守歌のようである。「寝る」という人に普遍的なテーマにアプローチした演劇だった。このテーマについては、ほかのドラマトゥルギーもありえそう。

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