サステナブル資本主義

著者の村上さんとは以前にお話をしたことがあり、とても聡明な人だ。その村上さんの初の著書を頂いたので読んでみた。タイトルの、The Sustainable of Capitalismってあまり見ない英語表現だけど、本のいくつかにも同様に書かれていて誤植ではないと思うのだけれども、どういう意味なのだろう。(Sustainable Capitalismならわかる)

ちょっと前にインパクト投資についてのイベントに登壇することがあり、そこでも話したのだけれど、僕は個人的にインパクト投資やESG投資が資本主義の変節であるようには全く思っていない。世界中のインパクトファンドの人たちと話しているけれども、リターン目線の厳しさや投資期間などは普通のメインストリームのPE/VCファンドと大した違いを感じていない。(なお、一部にはそういった目線も優しいファンドがあるが、それはだいたいフィランソロピー系の資金が入っている)

インパクトファンドに何か違いがあるとすれば、特定の産業には投資しないことや(例えば火力発電は極めて不人気だ)、既存の金銭的リターンに加えてステークホルダーに対するインパクトの報告が求められるようになったことだと思う。発行体である企業側からすると、お金儲けについては厳しく見られるが、同様にインパクトも厳しく見られるようになったという感じだ。

なお、個人的には、ESG投資が最近になって盛り上がってきた一番の理由は、人々が環境について気にするようになったからでなく、技術進歩によって再生可能エネルギーが経済的にも合理的になったからだと思っている。イノベーションは、綺麗事と儲けを両立させることができるし、事業者はそれを追い求めるべきだと僕は思っている。

実際世界のESG投資のほとんどは再生可能エネルギーや環境負荷の小さい不動産であって、格差是正などの社会課題解決にはほとんどお金が回っていない。イギリスのBig Society Capitalから話を聞いたときも、お金の向かう先のほとんどが再生可能エネルギーと住宅だった。理由は、それが安定したキャッシュを生み出すからだ。

なので、資本主義はどこまでいっても資本主義であって、その資本を預かる機関投資家の超過利益へのあくなき追求は変わっていないし、それはこれまでも、これからも、大部分(全てとは言わない)の企業を利益追求に駆り立て続けるだろう。どんなにステークホルダー資本主義を掲げたところで、会社法を大幅に変えない限り会社は株主のものだ。

なお、僕は多くの機関投資家の投資行動はそうあるべきだと思っている。大手の機関投資家はたいてい年金基金などのお金を運用している。年金加入者には、社会的インパクトにプレミアムを払うことを望む人もいるだろうけれども、そうでない人もいる。そういう人たちのお金を、「お金を儲ける」という最小公約数以外の方向性で使うことは、ある種の信任義務違反だと僕は思っている。機関投資家はお金儲けに専念し、そうやって儲けたお金の分配を受けた個人が寄付するなり好きにすればよい。

そんなことだから、インパクト投資が今後増えるようになったとしても、それが格差是正に役立つことは無いだろう。格差を是正するのであれば、国際的な協調課税が一丁目一番地だ。ビル・ゲイツなどの個人の慈善活動は素晴らしいけれども、それよりも租税のほうが有効だ。例えば個人的には相続税率は1億円以上は100%でいいと思っている。

 

それでも近年において変わっていることがある。それは個人の行動だ。機関投資家は社会的な意義にプレミアムを払わないけれども、意義にプレミアムを払う個人は若い層を中心に増えてきている。僕自身もそうで、最近は多少高くてもちゃんとした会社がつくったものを長く使うようになった。また、ちょっと給料が下がったとしても、そういった社会的な意義を追求している企業に入りたいと思う才能ある人も増えている。

これはもしかして歴史的な必然なのかもしれない。技術が進歩し、生産性が向上したことによって、先進国に住む多くの人が自分が餓死する心配から解放された。結果として、他人のことにも気遣える人が増えたことが、こうった流れを生んでいるのかもしれない。

個人の消費活動や個人投資家としての行動は、これからの企業行動に影響を与えるだろう。社会的に意義のある行動をとる企業が多くのプレミアムを得て、超過リターンを出せるようになる事例も増えていくのだろう(現時点では例えばパタゴニアとかが良い例だ)。もしくはそういう企業の株を購入する個人が増え、その人たちは相対的に低いリターンでも喜んで受け入れるようになるのかもしれない。村上さんが話しているように、消費者の経済行動はこれからの世界を変える可能性を持っているし、それは多くの人が思っているよりも大きいと思う。


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