子どもの日のお願いごと
今日は子どもの日。こういう日だからこそ書いておきたい。
ある児童養護施設に、タカシ(仮名)という男の子がいた。細い目をした浅黒い顔の上に、なすびのへたのような髪の毛がちょこんとのってて、いつも外で跳ね回っている。人懐っこい性格で、僕が施設に行くといつも真っ先に近寄ってくる。部屋に人がいないと、後ろからぎゅっと抱きついてきて、離れようとしない。好奇心も旺盛で、いたずらが大好き。一度はお酢がたっぷり入ったお寿司を食べさせられて、それにはさすがに閉口した。
タカシの父はもともと暴走族だ。その後に肉体労働の仕事に就いた。しかし、粗暴な傾向が改善されることがなかったため、周囲とのトラブルが絶えず仕事を転々とする。そのうちに結婚し子どもが生まれる。タカシは 生まれつき身体が弱く、生後すぐにヒキツケを起こす、育てにくい子どもだったという。
安定しない仕事と ヒキツケをよく起こす育てにくい子ども。父親のストレスは次第に高まっていき、そのストレスのはけ口が実の子に及ぶまで時間はかからなかった。父親はタカシがハイハイをする前からタカシに暴力を繰り返してきた。そんな父親を母は止めようとするが、そうすると母も殴られた。
保育園入園式の日、タカシは目の上に大きなガーゼをして保育園へやってきた。先生が「それ、どうしたの?」と聞くと、「かゆかった目をこすりすぎてはれた」と答えたという。しかし、ガーゼを外してみると青あざがあった。その後もタカシは大きなアザやタンコブをつくって保育園にやってきた。
ついに保育園から通報され、タカシは児童相談所に保護される。住み慣れた地からいきなり引きはがされ、まったくの他人だらけの施設で1ヶ月を過ごした後に、タカシは児童養護施設に引き取られた。保護された時のタカシの腕は折れ、鼻は曲がり、顔は生傷だらけだった。
タカシの弟であるヒロトに対しても虐待の疑いがあったが立証はされなかった。そのため、タカシが5歳から小学5年生になるまでの7年間、二人は離れ離れだった。その後、タカシにも弟とともに登下校をさせてあげたいという親の意向があり、ヒロトも今年の3月に児童養護施設にやってきた。タカシはヒロトがやってくる前日からソワソワしていて、彼が来た後は嬉しくてたまらないようだった。
虐待の影響もあったのか、タカシには躁鬱の傾向と知的障害がある。IQ は55程度で、普通学校では底辺レベル。中学校から特別支援学校にいくか、普通学校にいくかの選択を迫られた。親は特別支援学校にタカシが通うことを最後まで拒否したが、重なる職員の説得と特別支援学校見学を経て、彼は特別支援学校に行くことが決まっていた。新しい学校の制服を僕に見せてくれた彼はとてもうれしそうだった。
そんなある日のことだった。いつものように児童養護施設に行くと、タカシがいない。もしかして、家庭が落ち着いて実家に戻ったのかなと思った。でも、弟のヒロトはそこにいた。
「先生、タカシを見かけないんですが、今日はどこかに遊びにいっているんですか?」
「ああ慎さん、じつはタカシくんは他の施設に移動することになったんです。新しい学校のストレスも大きいみたいで、ちょっと他の子どもたちに乱暴をしてしまっていて、それが園内でも問題になったんです。こういう問題が生じたときには、私たちは行政に連絡をして、指示を待つということになるんですが、今回は措置変更するということになりました」
「措置変更?」
「はい、情短への措置変更です」
「情緒障害児短期治療施設のことですよね。あそこは結構深刻な精神状態にある子どもが行くところだと聞いていたんですが」
「そうですね。でも、もう今は行政の決定を待つしか無さそうです。彼の乱暴の被害者が施設にいるので、ここに戻ってこれる可能性は低そうです。
しかも、乱暴の被害者の一人がヒロトかもしれないということです。タカシとヒロトの親御さんは、もともとヒロトをかわいがっていて、でもお兄さんが寂しかろうと、彼を施設に送ったという経緯があります。今回のことを受け、「やはりタカシは家にいらない」ということになるかもしれません」
「僕がこれからもタカシくんと連絡を取り続けるにはどうしたらよいんでしょうか」
「難しいですね。全ての施設が私たちのところみたいに外部の人に対してオープンにしているわけではないので。」
罪と罰の絶望的な不均衡。
情緒障害児短期治療施設に行く子どものほとんどは、児童養護施設からの措置変更で移ることになる。住み慣れた環境からいきなり大人の手によって引き離されて児童養護施設にやってきて、大人の虐待の影響で子どもが抱えることになる心の傷によって、別の施設に移される。
親と育つことのできない子どものうち、被虐待児の比率は年々高まっていて、今や7割を越えようとしている。虐待が理由で心に闇を抱え、問題を起こして、施設を里親をたらい回しにされる子どもが増えている。里親家庭のような家庭的環境を提供できない児童養護施設の「ウリ」は子どものケアにおける専門性で、そういった施設にいる子どもたちまでも施設を転々としなければならないのなら、そこは子どもにとって安心安全な環境といえるのだろうか。
4月にLIPは、鳥取こども学園を支援することに決めた。鳥取こども学園は、情短に移る子どもたちが経験しなければいけない施設移動のストレスを和らげたいと思い、20年以上前から児童養護施設に情緒障害児短期治療施設を併設させてきた。この施設は他にも、子どものために必要なものは何でも揃えるという目的で、保育園、精神科クリニックからはじまり、退所者のための職場までつくってきた。
LIPの寄付金ファンドであるチャンスメーカーでも支援をするのだけど、まず短期的にどうしても不足してしまう資金があり、その分の寄付をクラウドファンディングで募集している。不足額500万円に対して、1週間で147万円が集まった。僕も寄付した。
今日は子どもの日。いろんな嫌なことを経験してすっかり根暗になってしまった僕は、大勢の人が楽しむことが当たり前の日に、それが叶わない人のことばかり考えてしまう。
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