ガバナンスのこと1

 だいぶ前にガバナンスについて本を書くお話を頂いていた。その後、仕事での体験を通じて、ガバナンスとはいったい何なのだろう、自分にガバナンスについて書く資格はあるのか、というのが分からなくなり、結果として本を書く手も止まってしまった。でも、ようやく答えが見つかってきたので、少しメモしておきたい。

 ところで、ガバナンスというのは、よく権力のチェックアンドバランスについての話と思われがちだけど、それはガバナンスの一部の側面であって、本当の役割(少なくともPE投資の文脈でいえば)は、「組織の課題解決を促進するための、役割分担(権限定義)とお約束の総体」だと思う。
 政治でいえば、国をもっとよくするために、三権は分立しましょう(役割分担)、議会を構成する議員は国民の選挙で正当に選びましょう・議員は国民のために働きます(お約束)というわけだ。

 どうすればガバナンスは機能するかというと、一番の要諦は人の心を掴んで、約束事がきちんと守られるようにすること、という結論で、もうほぼブレることがなくなった。(考えの軸がブレなくなったときが、本を書くいいタイミングだ)
 多分、これは万国共通だと思う。約束事が守られるのに大切なものの一つは長期のコミットメント。外国、特に途上国でよくガバナンスが機能しないのは、他所からやってきた人は「どうせすぐいなくなるだろう」と思われがちだから(現地の言葉を覚えようとしないのもその典型)。行動を持ってそうではないことを示す必要がある。短期売買の株主の言うことを人々が聞こうとしないのも同様のこと。
 プラトンの説いた哲人政治、すなわち人格にすぐれた哲人王による統治(そこにはコミットメントが多分に含まれている)は、まさにこのことを指しているのだろう。

 仕組みはその次に必要なもの。約束事が守られないままに役割分担・権限定義(それは例えば、株式の持分だったり、その他の契約による縛りだったり)をしても、それは全く機能しないことをたくさんの場面で見てきた。
 例えば、いくらファンドが会社の株の100%を持っていても、その会社の社長を全社員が慕い、かつその社長に余人をもって代え難い能力がある場合、会社の実質的なコントロール権は株主でなく社長に存在している。会社役職員と株主の関係性が最悪の場合、株主のできることは経営陣をクビにすることくらい。それすらも、経営陣に人望がある場合には相当に難しい。
 もちろん、役割分担を事前によく協議しないために混乱が生じ、結果として関係性が悪化するということもあるので、その設計は当然に必要。しかし、繰り返しになるが、ガバナンスにおける制度設計というのは必要条件(時には必要条件ですらないこともある)であって、十分条件には決してなりえない。設計にあれこれと時間を割くのも大切だけど、投資先の経営陣との信頼関係をどのようにして作るのかのほうがはるかに重要なのだろう。
 一番尊敬する上司が話していた、「この仕事の本質は人の心を動かすことである」という言葉の意味が、ようやく理解できた気がする。これは決して夢のような理想論を述べているわけではなくて、冷静な観察から導き出された結論なのだと思う。


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