世界を変えるもの

11年前のブログなぞ恥ずかしくて読めないのだけど、いくつかのポストは覚えているので恐る恐る読み返してみた。2005年、23歳の頃の僕は、世界を変える一番強い力は連鎖の力で、自分一人だけで完結せず、周りの人々の行動も巻き込めるような行動こそが世界を変えるのだと書いていた。2011年に「働きながら、社会を変える」が世に出た時も、大勢の人が少しずつ変わることによって、世の中はゆっくりと確実に変化すると書いていた。

それじゃあ何がそういった大勢の人々の変化をもたらすのかということについては結論が出ないままで、そのあとも10年くらいぼんやりと考えていたのだけど、最近結論が出た。

世界に革命的な変化を起こすのは人間の思想であり信念だ。

もう少し正確に言えば、こういった思想や信念が強烈で、かつ時代の人々に受け入れられた場合、その人は世界を変えるんだと思う。

ちょうど今日出た連載で書いたのだけど、人類の歴史を変えるような変化は、人々が自分の生き方を意識的に変えることによって起きるもので(無意識的に少しずつ変えていくのは技術進歩といった物質的な変化で、その点でマルクスは今も正しい)、それくらい強い変化をもたらすのは強烈なパーソナリティ以外には存在しないんだと思う。釈尊やムハンマドに始まり、ガンジーにいたるまでそれは変わっていない。いくら技術が進歩しても、世界が人間の世の中である限りにおいて、そうあり続けるのだろう。

じゃあ何が思想や信念を強烈なものたらしめるのかというと、それはその人の一貫性と言語力なのだと思う。信じること、考えること、やっていることが一致していて、その上でその信じるところを言語で表明できたとき、思想や信念は人を動かす力をもつ。

決して道徳的な人間になれと言っているわけではなく、自分がこだわりを持っている点に関しては、この3つのことを完全に一致させるべきだということだ。ゲバラは女好きだったけど、人間による人間の搾取を無くすという点において(これが彼の社会主義の定義)はとことんピュアだった。この一貫性が強烈なパーソナリティとなり、それが言葉の力を借りて強い思想や信念として現出する。

そうやって強い思想や信念をつくれたとして、それが世界から受け入れられるのかは分からない。そんなことを考えてもどうしようもないので、自分自身の首尾一貫性を毎日考えながら、言葉の力を日々つけていく他にはないのだろう。

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