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#2021年観光とわたし

2021年は6月に一度来日して14日間の自主隔離を体験しましたが、来日はそれだけで、米国内出張が1回、欧州往訪が2回(欧米間はワクチン接種済者は出国前の陰性証明で自主隔離相互免除)の年でした。多い年で年に10往復ほど太平洋線に乗っていたのと比較して、外から日本を凝視する事が出来た年でした。
当方は「今だからこそできるインバウンド観光対策」には金銭的機会や業務機会を得る目的は無く、日本在住の方々が何を考えて何を疑問に思っているのかを知るメデイア媒介としてチェックさせて頂いているという、米国フロリダ州オーランドという全米最高数の年間訪問客数(75百万人)を記録する観光地で永住・勤務している米国大学ホスピタリテイ経営学部の研究系教員です。日本勤務時は銀行が長く、役所は日本時代の最初と最後に外務省にお世話になりましたので、個人メドレーで産官学を泳いできました。海外在住が合計30年ですが、合計24年の米国の他にも中東6年、旧ソ連諸国も1年程度は居ると思いますので、一部の感性は日本人と違う点はあります。

2021年、個人的に旅行のハイライトは11月のウクライナのチェルノブイリ原発往訪でした。Dark Tourismで引用されることが多いですが、自分で世界二大原発事故の現場を見ておくことは、実はLuxury Tourismの新形態である、超真正な他で体験出来ない感覚に近いのではと思ったのですが、その通り、いやそれを超える強烈な体験でした。でもそれは別の機会に。

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チェルノブイリから7~8キロの位置にある旧ソ連エリート科学者・技師と家族5万人が住んでいた街「プリプヤット」にある小学校。36年前に居住者全員が「3日間の退避」と言われて1,200台のバスで退避して以降無人のニュータウンとなり、崩壊が進む。

1. 観光産業への期待とCOVID-19中・後の構造         改革

COVID-19は過去2年間弱猛威を振るいましたが、世界の富裕層のデータを見ると、何と富裕層の純資産は2019年以降増えています。米国の場合は3回給付された最後の個人給付金が出た2021年3月以降、将来の不安に対する引当金のように積みあがった現預金とクレジットカード借金残高返済による新欲枠余力増加が、高齢者ワクチン接種が進んで将来への不安感が減少すると、どっと復讐消費(Revenge Consumption)の燃料となって、それが流れ込んだ産業セクター3つが、(1)外食(2)芸術エンターテインメント(3)宿泊産業、でした。
それで米国田舎(=もともと物価は安い)ながらも観光地であるオーランドはホテル産業の初任給時給が$10程度から一気に$15-17に上昇しました。 一日8時間勤務で週5日勤務、年間で2週間は休暇取得として暗算すれば、ホテル産業の最低年間収入$30~$34,000(約3百万円)が一気に実現出来てしまった訳です。COVID-19がなければ普通ならば何年もかけてしか実現出来ないことが労働市場の需給バランス崩壊で一気に出来たのです。当地ではWalt Disney World という巨大企業があり、そこで組合も入れて2021年には最低時給を$15にするという取決めがCOVID-19の最中に決定され、次に組合の無いUniversal Studio Orlandoの経営陣が自主的にアルバイトも含めて全従業員の最低時給を$15にすると追随した訳ですが、COVID-19による労働市場需給バランス崩壊で自然に$15が実現出来てしまった訳です。
日本の昭和時代からの経営者は「利鞘の薄いホテル経営で人件費増は無理です。人手不足ならば政府にお願いして外国人労働者ビザ出してもらうように陳情します。当期利益出たら、将来何が起こるか不安なので、使わずに内部留保にします」という発想でしょう。
世界の流れを見て、特に米国のホテル・観光産業で起こったことをしっかり予習していれば、今後近いうちに発生する日本での労働力不足状態の時に「当社は非正規雇用も正社員も全員時給1,500円相当をオファーし、女性でも年収3百万円を実現します」と宣言してみれば、実は「人手不足」ではなく観光産業の「職場の魅力不足」だったという事がわかるはずです。米国で何故観光産業が急復興したのかの詳細はこちらにあります。

米国経済復興・観光需要復興の現状考察に基づく日本の経済・観光需要復興の仕掛け方(2021年7月)

https://note.com/tadhara3/n/n06b0df340ba7 


2. 持続性ある成長:ホテル観光産業でSDGチェ      ックリスト以上のコミットをする方法


SDGの17目標については、米国もそうですが、日本でも「とりあえず当社もやっていますチェックリスト」として広報部が対応しているというケースが多いのではと推察します。

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SDGsの日本語訳(赤字フォントは筆者添付)

でも、よく見るとチェックリスト以上のコミットメントが出来そうですよね。前項で述べた非正規雇用女性の年収を現在の150万円から300万円に倍増させると、目標5だけでなく、目標1、目標8も対外的に公表出来るほどの営業実績になりますね。ならば広報課から経営企画課の業務として「当社の経営は国連のSDG目標1,5,8を実現することを理念としております」と年次報告書に謳うだけでなく、実際に「日本の平均年収―正規・非正規―男女別vs当社従業員の平均年収―正規・非正規―男女別」を比較した表を明示する事で、今後毎年SDG目標に対し「現状はこうです。昨年と比較して向上(悪化)しています」という営業報告書を世界に向けて発信できます。日本の貧困層の定義もありますので例えば「日本の貧困層は総人口の16%、当社従業員(正規・非正規・男女別)中ではxx%、最終目標で社員の貧困層ゼロの最終目標に向けてxx%到達、というデータを開示する事も出来ます。設備投資は必要なく、既存の管理会計データに人事部のデータも入れて作業すれば出来る話です。

目標12ならば、ホテル観光産業の場合は労働投入は圧倒的に地域調達ですし、雇用面でも外国人従業員が少ない分、地域労働力の吸収においては構造的に優位です。食材やリネン等の調達も地元産業からの中間財投入が多いはずです。


3. 持続可能性と収益性

今年は大学院生向け授業で過去18年ほど行っているSustainabilityの話を自分の大学だけでなく、日本の複数の大学やエクアドルの大学に講義したのですが、よく出てくる誤解が、「持続可能性と当期利益最大化は相反する」という思い込みです。(1)自社の当期利益最大化を通じた株主価値最大化
(2)地域住民への恩恵還元(3)周辺環境保全
への貢献の3つを同時に実現するのがSustainable Tourismの基本概念ですが、多くの企業経営者は「当期利益が出るほど儲かれば、地域住民とか環境保全をする余力も出てくる」というSurplus-Baseの発想でSustainable Tourismを考えているケースが多いようです。その裏には「当期利益が出るほど儲からなければ、地域住民とか環境保全をする余力は無いので勘弁してくれ」という発想が透けて見えます。

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3つの目標を同時に常に達成する事が持続的開発の原則。経済的目標でしっかり稼がないと他の二つの目標の財源が確保出来ない。


結論から申し上げますと、Sustainable Tourism を株式会社で実現する(究極の商業化)には、消費者から十分な利鞘を確保する、しっかり儲けれる価格設定で販売出来れば実現出来ます。当方の把握する実例では、当期利益率34%程度を計上している会社で、営業利益の配分で「従業員への給与福利厚生に60%、国への配分(税金の事)に6%、株主への配当額が9%、内部留保25%」という株式会社があります。儲けた金をどうやって分配するかという観点で、こういう情報は欧米日本の会計基準を見慣れた人には斬新に見えますね。従業員への配分が一番大きいのですが、これは人件費分をコストと見るのではなく、地域社会への恩恵分配と見做している訳です。
またこの会社は営業費用内に環境保全費用を計上しています。地域の絶滅危惧野生動物の保全や地域住民・従業員への継続教育やソラーパネル発電設備等です。
後は、消費者に対してセグメンテーションをかけて、価格敏感性の高いような消費者を無理に誘致せず、「一生に一度の強烈な体験のために一泊数千ドルで連泊してもらえれば凄いものを体験してもらえますよ、というマーケテイングをする訳です。実は日本でも類似の観光商品はありますね。ななつ星、米国の「世界の究極の豪華列車」で紹介されていました。

"These are the world's most luxurious train journeys" by Lucy McGuire


つまり高額な価格設定が出来るほどの非日常性ある観光商品を少数の払える人達に売るというビジネスモデルは、二酸化炭素の排出負担も低く、低環境負荷で同時に従業員には十分な給与を確保し、地域社会からは多くの中間財投入を仕込み、少し当期利益が減少しても環境保全に営利企業として貢献してそれを年次報告書でしっかり紹介するのが企業経営の本業だというスタンスで経営する、その営利企業としての枠組みが、2022年以降のサステイナブルツーリズムビジネス経営モデルとなっていくでしょう。 

まずは今後必ず訪れる需要サイド復興時の労働市場需給崩壊時に、産業界経営者自らのリーダーシップで「低賃金で夢も人生設計も無い」レベルの低賃金を駆逐する人件費増額で他の産業に流れていきそうな人材を老若男女確保して世界の流れを先取りしたらインパクトは大きいでしょう。経済成長が低く、可処分所得が増えない日本人相手の業務よりも、インバウンド観光だと、より多くの利鞘は取りやすいはずです。円安はただでさえ安い日本の物価がインバウンド客にとって更に安く見えます。


4. 地方での新規業務・起業機会



少子化高齢化で人口減が進む日本では、当然に国内総生産額にはマイナスの圧力がかかっています。人が居なくなると、固定資産税収も所得税収、消費税収も減る訳です。で、この人口減は日本全体で均一に起きる訳でなく、東京都や政令都市へは人口流入が起こり、同時に地方の大部分で大幅に減少します。故に地方で直接に外貨を獲得できるインバウンド観光は経済効果の観点から地方創生の切札なわけです。であまり議論されていない重要な観点があります。それはインバウンド観光は地方で多くの新規業務立上げ・起業機会を誘発する点です。企業レベルでは当然DMC(着地型地元の観光会社)がありますし、個人レベルでは、個人ガイド、専門分野のある特殊なガイド業務や、アドベンチャー系ガイド、meeting planner, event planner業務、各地でのコンシエルジュ的なサービス供与、多くの機会が生まれます。労働力不足になる時代で、例えばスペイン語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、アラビア語、ポルトガル語のような特殊言語の日本語同時通訳が出来る人材が各都道府県県庁所在地でそれぞれ複数名確保できるでしょうか? 或いは伝統工芸品や美術品を欧米の博物館キュレーター(専門学芸員)レベルで正確に同時通訳出来る人材が各地方地区町村の博物館・美術館に居るか、居なければ地元でそういう人材が確保できるか、つまり希少価値があるほど市場時価は上がりますが、地方に居なければ、東京から出張で出張旅費もプラスして確保し、付加価値分は皆東京に吸い上げられる構造が続きます。

この状況は、埋もれた人材と価値を引き出す機会が生まれます。例えば地方都市でそういう言語を勉強したり美術史に詳しい人材へのニーズが発生しますが、結婚等を機に地元に戻った女性や外務省や各省庁の海外赴任経験豊富な定年退職者、或いはメーカー等で海外赴任し、ご子息は現地校から現地大学卒業しているような人材等、特殊能力はあってもそれに見合う需要が無かった人材が一気に起業する機会が発生します。年収1百万円のパート主婦が、学生時代ポルトガル語学科で実は男子学生より優秀だったというような人材だと、1日5万円の業務を2週間行えば70万円、20週間行えば700万円になります。日本各地の地方に回遊するインバウンド観光客がもたらす高収入機会を地元人材で取れれば、地方創生の経済効果は目に見えて違います。中高年日本人男性が組織文化を牛耳るのが昭和時代の日本企業経営モデルですが、令和のインバウンド観光による地方創生モデルでは、老若男女関係無く能力のある人材には市場価値を払うという当り前のモデルになっていくわけで、その意味ではこれまで正当な評価を受けていなかった女性や定年退職後の高齢者の能力が地方で花開く時代が来るでしょう。

陶器、日本刀、神楽、茶道、華道、伝統芸能等の文化財を師匠について学びたい、体験してみたいというニーズも出てきますが、これは近年収入源に問題があり政府補助金や減少する富裕層の支援で細々と生きてきた文化芸能が自ら世界からキャッシュフローを稼ぎ、明日の世代に文化を繋げる資金を自分で確保出来る機会となる訳です。


この辺りの発想がよく見えてくる、また次の一手を熟考出来るのは、実際の業務が無いCOVID-19が直撃している今です。


5. 継続教育と離職率


SDGの目標4に入っている生涯教育(継続教育:continuing education)は実は観光・ホスピタリテイ産業が今後人材確保と人材保持戦略を検討する際に大いに役立ちます。一年間に従業員が何人辞めるかを全従業員数で割ったものが離職率で、全米平均が38%、日本の離職率が年間42%ですが、米国当地地元のホテルグループで年間の離職率がたった3%という会社があります。そこでは米国では一般国民には存在しない健康保険を会社全体で与えて、且つ自社のクリニックは無料で利用可能、そして従業員の継続教育の費用を全額還付します。さらに従業員自らがその特典を利用しない場合は自分の子供に利用させても良いという制度があります。

給与水準は市場平均以下の場合は給与上昇で満足度が上がり離職率は下がりますが、市場平均を超えるとやみくもに上げても離職率には影響がないのです。そこで継続教育への支援は離職率低下に大いに効果があります。OECDのデータにもありましたが、日本人は継続教育(社会人教育)への支出が低いのです。新しい知識や手法がこれだけ沢山出てきている時代に、「学校卒業したら後は勉強は終わりで社会人」という発想では、自分の市場価値を上げる事が困難です。

当地のデイズニー、ユニバーサルスタジオ、米国大手ホテルチェーン等は従業員の修士号取得を奨励しており、これは離職率を下げるのに大いに効果がある、と人事担当者から聞いています。日本でも2021年観光庁の継続教育プログラムがあり、当方学部で実施しましたが、MICEやLuxury Tourismについてすべて英語で修士号レベルの勉強をされ全員完了、受入側同僚教員たちの意見も前向きなものばかりでした。米国大学はオンライン教育インフラは日本と比較して15~20年程度進んでいますので、実はオンライン教育でも物理的教育と同じ内容の知識習得が可能です。

離職率を下げるには従業員の継続教育支援に投資、これは米国ホスピタリテイ企業の知恵ですので、経営者・人事部の方々はぜひ覚えておいてください。

6. 2022年以降

東洋経済の記事(https://toyokeizai.net/articles/-/477223)全く気にする必要ないです。若い銀行調査員の方(あら、今はお騒がせの自分が居たのと同じ系列となった銀行)、観光が産業として機能している国・地域に年単位で住んでみる経験をしてから、また新たな記事を書いて頂くと世界観・観光産業感が異なって見えると思います。自分の場合は20才の感受性の高い時期にエジプトのカイロに2年間一人で住んで、観光が産業として国を動かしている点を体感してしまったので、余暇余興ではなく基幹産業だ、国民の生活水準向上のための手段だ、という意識が深く植え付けられた体験があります。

17年在籍した日本の銀行と出向中の役所を辞めて観光産業に賭けるべく米国博士号に転身したのが2000年でした。今後もずっと産業としての観光を研究し、論文発表し講義をしていく米国生活は継続すると思います。

日本の皆様の生活水準の質の維持・向上のための「手段」として、最低でも今後30年程度は、インバウンド観光奨励による外貨獲得・地方創生を実現する事が需要だと思います。その間に次の日本の花形輸出産業が生まれますし、それまではインバウンド観光がロング中継ぎリリーフの外貨獲得トップの花形産業になります。 そこに貢献出来ればうれしく思います。

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ウクライナ中部の地方都市の公園にて。東スラブ系の東ローマ・ビザンチン帝国の文化を継承したウクライナ・ロシア正教地域ではクリスマスは1月7日。しかし飾付は世界のクリスマスよりも早くから初めて、西欧のクリスマス・新年・正教系のクリスマス全てを祝っています。故に西暦年号は2022年になっている訳です。




大変恐縮でございます。拙文、宜しくご笑納頂ければ幸甚です。原 忠之(はらただゆき)