映画『GOLDFISH』公開記念 藤沼伸一インタビュー
取材:タダーヲ・とみさわ昭仁
文:タダーヲ
伝説のパンクバンド「亜無亜危異」(アナーキー)のメンバーで、そして泉谷しげるをはじめ数々のミュージシャンとの活動でも知られるギタリスト藤沼伸一。大の映画好きでも知られる彼が初監督した映画『GOLDFISH』は、アナーキーをモデルにしたバンド再結成の物語を、ミュージシャンのリアルな葛藤を込めて描いた、見応えのある作品となっている。今回は『GOLDFISH』公開を記念して藤沼伸一監督にインタビューを行い、制作の裏話、そして本作に込めた思いなどを聞いた。
なお、本インタビューは発売中の雑誌「昭和39年の俺たち」5月号に掲載された記事を、大幅に加筆したものである。同誌には筆者が寄稿した、アナーキーのヒストリーをまとめた「アナーキー伝説」という記事も掲載されているので、併せてお読みいただければ幸いである。
■ただのバンド映画にはしたくなかった
―今回の映画を監督するきっかけを教えてください。
藤沼:メンバーのマリ(逸見泰成)が亡くなって4人でアナーキーをやってるとき、デビュー当時のスタッフさんでいま映画プロデューサーをやっている方から、アナーキーをモチーフにした映画を撮りませんか?って話が来まして。俺は基本、断らないので(笑)。ただ実話として撮って後で「実際とちげーよ!」とか言われるのも面倒なので、自分が思ったことをぶち込めるフィクションとしてならいいですよって。
―元々、映画を撮りたいという欲求はありましたか?
藤沼:(東日本大震災の)3.11以降に、YouTubeで「らっきーデタラメ放送局」って番組を始めまして、自分で脚本書いてカメラ回して編集して配信してるんですが、元々そういう作業が凄く好きなんですよ。人のPVを撮ってみたりとか。
―今回の『GOLDFISH』ですが、主人公のイチがドキュメンタリー撮影でインタビューを受けながら、パンクバンド「ガンズ」で活動していた過去を回想するという構成が、ドキュメンタリー映画『アナーキー』(08年)と重なりました。
藤沼:今回、還暦で初めて映画を監督するので、しっかりした脚本家がいないとグダグダになるんじゃないかということで、俺の好きな映画『あゝ、荒野』(17年)とかの脚本を書いている港岳彦さんとタッグを組むことになって。で、港さんにドキュメンタリーの『アナーキー』や『ノット・サティスファイド』(81年製作の初期アナーキーのドキュメンタリー映画)、あとYouTubeにある昔のアナーキーの映像とかを観せて、ディスカッションしながら2年ぐらいかけてシナリオ作りをしました。
―脚本に相当時間をかけたんですね。
藤沼:港さんとは、ただのバンド映画にはしたくないという共通認識があって。映画って、例えば食べ物とか飢餓とか戦争とか、セックスとか恋愛とか失恋とか、観客が共有できるテーマが多いじゃないですか。で、バンドだと興味のない人もけっこういると思うんですよ。昔バンドの奴に殴られたからムカつく、という人とか(笑)。だからバンドをベースにしていても、絶対的に観客が共感できる要素をメインにしないと、と考えていましたね。
―そう言われてみれば、バンド映画の割に演奏シーンは少なかったように思えます。
藤沼:実際にミュージシャンをやってる身からすると、音楽とかロックを扱った映画の演奏シーンってなんかダサいというか、白けちゃうんですよ。どの映画とは言わないけど(笑)。だから演奏シーンはあんまり入れなくてもいいか、その分、人間ドラマをメインに描けばと。だから後半の、イチのライブにハルがゲストで出るシーンは、普通のバンド映画には無いリアルなものを描きました。
―アナーキーのみなさんがライブで演奏しているシーンもありましたね。
藤沼:あのシーンは、ぜんぜん売れていないおじさんバンドがダサい服を着て演奏しているって脚本に書かれてたんで、じゃあ俺ら出せばいいじゃんと(笑)。最初は泉谷(しげる)を出そうかとも思ったんですけど(笑)、やっぱアナーキーのほうが面白いんじゃね?ということになって。
■GOLDFISH(金魚)というタイトルに込めたもの
―イチには別れた妻との間にニコという娘がいます。彼女のちょっとした一言がイチにガンズ再結成を決心させますが、同時に「お父さん、パンクロックの奴隷じゃん」と棘のあることも言う、独特な存在として描かれています。
藤沼:それについては『GOLDFISH』というタイトルをつけたことから始まるんですが、先週観たある映画で「古代ローマの支配者は、貧民を支配するためにパンと娯楽を与えて、教育を制限していた。それが常套手段としてずっと使われている」というようなことが描かれていて、その娯楽は今だとアイドルやロックとかのエンターテイメントも含まれるじゃないですか。そこでエンターテイメントと、人が観賞するためだけのために鮒から作り変えられた金魚をリンクさせようと考えて、『GOLDFISH』というタイトルにしたんです。で、ニコはそんな世の中が俯瞰ですべて見えている、別次元の女の子みたいなイメージのキャラクターにしました。だからイチが「今度はあいつらを逆に利用してやるんだ」みたいなことを言っても、ニコは「お父さん、分かってないね―」って感じで返すっていう。
―なるほど。その辺も含めて本作からは、大人の不自由さも伝わってきました。
藤沼:それは金魚の不自由さなのかもしれない。例えば映画でも言ってる、ジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)やジャニス(・ジョプリン)が27歳で亡くなったとか麻薬云々とか、ミュージシャンってそういう話が多いじゃないですか。そういった金魚たちの、ロックの様式美とかに押しつぶされてしまいそうな気持ちの狭間を描きたいと思ったんです。
ロックってストリートから生まれてきたようなイメージがあるけど、実際は操られていると思うんですよ。そう考えると、ああ俺も金魚かもねと思い始めて。
―別のインタビューで、コインランドリーのシーンで赤や黄色の衣類が回っているのはマリさんのギターの色をイメージしたとおっしゃっていましたが、これは金魚の色ともリンクするんじゃないかと思いました。
藤沼:そうですね。マリは金髪だったので、金魚のゴールドともリンクしますし。
―冒頭でイチと一緒にスタジオに入る若手2人が着ていたスカジャンも、それぞれ赤とオレンジでしたね。あれもリンクするのでは?
藤沼:そうそう、よく分かりましたね(笑)。あとスタジオの水槽に金魚の稚魚がいたりとか。あれはこれからエンターテイメントの世界に出される若い金魚たちという意味を込めています。
■実話とフィクションの狭間で
―マリさんをモデルにしているハルですが、古い平屋に住んで、家の中には未だにアナログテレビやファミコンがあるなど、まるで彼だけ時間が止まっているかのように描かれていました。
藤沼:これは港さんと何度も話し合ったんだけど、実際のマリはそうじゃなかったとしても、ハルをこう描かないとドラマが成立しないという所はデフォルメしていこうと。こんな描き方したらマリのファンにぶっ殺されるんじゃないかとか思いながらも、これはフィクションだからと覚悟を決めて。
―一方で、ハルがガンズの親衛隊と親しくしているのは、実際のマリさんとアナーキーの親衛隊との関係性に近いと感じました。
藤沼:あそこは映画のテーマと合致するところで、例えば金魚って見られていることで価値があると思うので、ハルはいつも恋人や親衛隊に囲まれて見られている金魚というニュアンスを出したかったんです。
―スタジオでロバート・ジョンソンの「クロスロード」をかけながら、若き日のイチとハルの音楽に対する価値観がずれていくというシーンも印象的でした。
藤沼:あれは本当に近い話で。(アナーキーの中で)マリはスポークスマンで、シゲル(仲野茂)はフロントマンということで、じゃあバランスをとるために俺は音楽をやろうと。で、22、23歳くらいのときにパンク以外の、レゲエとかジェームズ・ブラウンとかを聴いてたら、じゃがたらとかTHE FOOLSのメンバーと仲良くなっていろいろ教えてもらって。パンクだけじゃなくてこういうのもカッコいいぜと(バンド内で)やってたら、俺が抜いたみたいなイメージになっちゃって。
あのシーンはそれを出したくて、『シティ・オブ・ゴッド』(02年)って映画の、時系列が(定点撮影で)バーって変わるシーンがあって、これをやりたいと。周りは服が変わってるのに、イチは同じ場所で同じ服でギターを黙々と弾いているという。
■自由に演じてもらう
―イチ役の永瀬正敏さんにハル役の北村有起哉さん、アニマル役の渋川清彦さん、テラ役の増子直純さんにヨハン役の松林慎司さんと、ガンズのメンバーに扮したみなさんが絶妙なアンサンブル演技を見せていました。みなさんに演じてもらうにあたって、なにか心がけたことは?
藤沼:今回、監督するにあたって、映画の技術的な本をたくさん買って読み漁ったんですよ。タランティーノ監督術とか(笑)。で、周りから「絵コンテを用意したほうがいいよ」って言われたので、絵コンテの通信教育を受けたりもしたんですが(笑)、永瀬さんと仕事したことある人から「永瀬さんはフレームの中に閉じ込めるよりは、自由に演じてもらうほうがいいよ」とアドバイスを受けたんで、じゃあ絵コンテはやめて自由に演じてもらおうかと。なのでシーンでどうしても必要な動きだけはお願いして、それ以外は自由に演じてもらって俺らはそれをカメラで追うというやり方にしました。
あと永瀬さんや北村さんあたりになると、現場で本読みも必要ないくらいで、段取りを確認してすぐに本番に入ってと、すごくスムーズでした。
―ガンズの面々はみんな同い年という設定ですが、永瀬さんと増子さんは60年代生まれで、北村さんと渋川さんと松林さんは70年代生まれと、実年齢はそれなりに離れています。それでもまったく違和感がなく、すごくバランスがとれていました。
藤沼:それは多分、俳優さんたちが脚本を読み込んで各シーンの状況をきちんと把握していたからだと思います。ちゃんとドラマを考えてくれて、それでいいバランスがとれたのかなと。
―ちなみに撮影中の思い出はありますか?
藤沼:撮影初日が永瀬さんのシーンだったんですけど、俺、演技に見入っちゃってカットをかけ忘れて(笑)。永瀬さんはプロの役者だから、カットかけるまでずっと演技するんですよ。で、スタッフに(小声で)「カットですよ!」って言われて、あ、そうか!ってカットして。永瀬さんは「(演技が)ダメなのかと思って、ずっと演技してました」っておっしゃってました。
―若き日のガンズを演じた俳優さんたちも、かつてのアナーキーを思わせるほどにハマっていました。みなさんオーディションで選ばれたのですか?
藤沼:ドラムとベースは実際に演奏できないと目立っちゃうので、いまソニーで活動してるバンド(WENDY)の子たちにテラ役とヨハン役で出てもらったんだけど、いっそのことみんな出しちゃえってことで、ボーカルとギターの子も、さっき話したスカジャン着た若いミュージシャンとその友達の役で出てもらいました。それ以外はオーディションで選んで。イチ役の子(長谷川ティティ)とアニマル役の子(篠田諒)は役者で、あとハル役の子(山岸健太)は音楽もやっていて。彼とはマリのお墓参りにも一緒に行っていろいろ話したんですが、撮影中に芝居がどんどん良くなっていきましたね。
―ニコ役の成海花音さんも素晴らしい存在感でした。
藤沼:彼女はオーディションで百何人の中から選んだんですが、後で女優の佐伯日菜子さんの娘って聞いて、えっ?となって。しかも脚本に書いてあるニコのフルネームが「佐伯ニコ」なの(笑)。すごくいい役者で、物怖じしないし台詞回しも自然だし。彼女、台本の相手の台詞までぜんぶ記憶していて、そういうのが好きみたいなんですよ。
あとロケ撮影の現場に一度、お母さんが来たんですが、「私もエキストラで出ていいですか?」って言われちゃって。アナタじゃ主役になっちゃうでしょ!何言ってるんですか!っていう(笑)。
―ハルの恋人に扮した有森也実さんの正統派で力強い演技も印象的でした。
藤沼:有森さんは俺の好きな三池(崇史)さんの『新・仁義の墓場』(02年)にも出ていたけど、パンクの映画だから髪を染めましょうか?とか、こういう服はどうですか?とか、アイデアをバンバン出してくれたんですよ。だからどうぞどうぞ!お好きなように!って感じで(笑)。
ー町田康さんが演じた、ハルの前に何度も現れる死神のような男・バックドアマンですが、終始無言かと思ったら終盤で突然ハルに語りかけます。その時の喋り方が、いわゆるお芝居の台詞回しとはぜんぜん違う生々しいタッチで、かなりゾッとしました。
藤沼:実はキャスティングで一番はじめに決めたのが町田なんですよ。釣り糸を垂らして金魚が食いつくのを待っている死神というイメージの役で。やってみない?って聞いたら、「俺、本当は映画とかもうやらへんのやけど、これならやるわ」って。で、脚本には台詞が標準語で書かれていたんですけど、現場で「いつもの町田みたいな、人をなじるような関西弁でやってくれない?」ってお願いして(笑)。「なんや、それモロ俺やんけ」「そうそう、そんな感じで」って(笑)。ということでイキイキといつもの町田康をやってました(笑)。相手役の北村さんは「芝居の間がぜんぜん取れなかった」とこぼしていましたね。
■映画への思い
―藤沼監督が好きな映画を教えてください。
藤沼:なんでも好きですよ。最近は韓国映画が大好きで、映画監督やらない?って言われた時に300本くらい観て(笑)。あと、こないだシネマート新宿(『GOLDFISH』の上映館)にお邪魔したとき、俺の大好きな『バニシング・ポイント』(71年)がやってて、ポスターが『GOLDFISH』のと一緒に並んでたんで、小さい頃の俺に教えてやりたくなった(笑)。あとはラース・フォン・トリアーとかミヒャエル・ハネケとか、あのへんの説明せずにぶん投げる感じの映画が好きですね。パーンと投げてポカーンとさせられちゃうのが心地よくて(笑)。なので今回は若い頃のハルと恋人が団地の前で仲直りするシーンで、音楽と台詞なしでノイズだけが乗ってるのをずっとフィックスで撮ってるっていう、ハネケっぽいことをやってみました。
―ちなみにアナーキーが83年にリリースした書籍「REVEL ROUSER」に、藤沼監督ご自身がお描きになった『ゴッドファーザー』(72年)や『タクシードライバー』(76年)のイラストが載っていまして、あまりによく描けていたので今日お持ちしました。
藤沼:おっ!俺の描いた絵だ!これ、後でコピーしていい?(笑)
―どうぞどうぞ(笑)。細かいところまでこだわりを感じるイラストで、これを見てそりゃ映画監督もやるでしょうと、すごく納得しました。
藤沼:子供の頃は家で絵を描いてるのが好きだったんだけど、学校に行くようになるとカツアゲされたりぶん殴られたりするんですよ。こりゃヤバいな暴走族にでも入るかとか思ってて、その流れで当時不良のやることだったロックをはじめたという感じで。で、自然と悪い仲間たちと一緒に……それはいいか(笑)。ということで元々、絵とか映画がすごい好きだったんですよ。
―次回作も撮りたいですか?
藤沼:絶対撮りたいです!ギターを弾ける映画監督ってことで(笑)。スピルバーグ、ギター弾けねえだろ!みたいな(笑)。次は韓国のノワールものみたいなのを撮りたいですね。
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