日平の夕日~しんちゃん轢かれた~
こんにちわ。多田ビニ本と申します
ビニ本作っている人ではありませんがビニ本的なコンテンツを愛してます
#西野亮廣さんの #帝国に挑む に触発されて昔のことを思い出しながら
つらつらとつづっております。
~しんちゃん轢かれた~
中学生にあがると、しんちゃんとの関係も少し変わった
上下関係がやたら厳しくなり、先輩を「さん付け」
で呼ばないとならなくなり
女子なんかは部活の先輩に廊下で会ったら90度
で頭を3回下げる宝塚みたいな礼儀があったり
大変そうだ
男子も、小学生の時は気弱だった奴等も上下関係という武器を手に入れて何か偉そうだ
しんちゃんと同じ部活に入ることになったが、例に漏れず「さん」付けしないとならないので
「しんちゃんさん」
と呼んでいたら、しんちゃんじゃないイキった上級生に呼び出されてシメられた
僕はバトミントン部だったが、1年はラケット持たせてもらえず、ひたすら筋トレ
まだ、「水飲むと体力なくなる」というヤバい都市伝説がまかり通る時代だったから
トイレに行くと言って、隠れて手洗い場の水を飲んだ
「空気椅子」
という壁を背に膝を曲げひたすら耐えるという筋トレというかイジメや拷問の類いの練習もあった
すごい時代だね、世紀末だね
バトミントン部なのにラケットを握れない毎日だったが、土曜の夜に体育館に行くとバトミントン出来る場所があったので
しんちゃんと二人でチャリンコで行っていた
しんちゃん先頭で僕は後ろを
何年も慣れ親しんだ隊列だ
多分当時は世紀末だったこともあり道路交通法もフワッとしていたんだと思う
しんちゃんは右に左に縦横無尽にチャリンコ飛ばしていく
疲れるという理由で灯火もつけていなかったと思う
その瞬間をハッキリと覚えている
ある直線道路で、しんちゃんが左から右に
まるで吸い込まれるように曲がっていった
僕には対向車のライトが見えていたから
『しんちゃん!危ない』
叫んだか、思っただけだったかは憶えてない
気がつくと、曲がったしんちゃんのチャリンコと、血まみれのしんちゃんが倒れていた
そのあとは、夢中でしんちゃんを危なくない路肩へ引っ張っていき
たまたま近くに親戚の家があったことを思い出して
救急車呼んで欲しいとお願いに行った
そっからどうやって帰ったのか、警察に何を聴かれたのかはよく憶えてないが
家に帰って家族に話すと、大騒ぎになったこと、テレビから流れてくる
マンガ日本昔話のエンディング「熊の子見ていたかくれんぼ~」が、何故か頭にこびりついている
しんちゃんは幸い命に別状なく、数ヶ所骨折していたらしいが、後遺症は残らないくらいのケガらしい
数日後に病院へお見舞いしたら、元気そうにしていた
ありがとな!
ニカッと笑ったしんちゃんの前歯は、ほぼ全部なくなっていた
あれ以来、自分の目の前で事故があって救急車呼ぶ経験が何度かあるが
しんちゃん轢かれた事件を思い出すし、不思議と落ち着いて行動出来る
しんちゃんは僕にレスキューのスキルを与えてくれたようだ
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