彼女たちのコズミック・イラ Phase10:狂気と希望の調和

アウラに変調が見れらますが、まだ元気な状態です。ギルが一緒ですからね。

現実世界に目を向けると、もうデスティニープランを投入した方がいいんじゃないかなぁ……とたまに思ったりも。でも実際にやることなんて、近代化以前に回帰するものかと。

次回は成長したオルフェが登場します。あと裏ヒロインも出てきます。


クライン博士の死からしばしの月日が流れ、メンデルではアウラが研究室へと籠り、遺伝子改良の計画に没頭していた。

「はぁ……そもそも、ナチュラルにしてもコーディネイターにしても、人口が増えすぎているわ。遺伝子で人間を管理するには……人が多すぎる。」

遺伝子による人類の管理、統制。出生率低下の問題を改善したコーディネイターが大半を占める社会を形成するために、現在の社会はあまりにも膨大な人口を抱えているとアウラは感じた。

「いっそのこと……大きな戦争でもあって人口が減ればいいのに。コロニー落としとかで。」

無駄な諍いを繰り返し、資源や社会インフラを消耗、破壊するだけの人類。管理が行き届かない社会ゆえに、自由を標榜して争い続ける人間たちのことを、アウラは見下していた。

「中々に物騒な考えを口にしているな、アウラ。」
「あら、聞かれちゃった?でも私、ウソは言っていないわ。不確定な未来しかない命なんて、最初から生まれてこないほうがいいのよ。生まれて不幸になるくらいだったら、初めて存在していないほうがマシね。」

室内に入ってきたギルに対して、自らの本音をはっきりと告げる。彼女はこの世界から不幸な人間をなくすことを、遺伝子改良を通じて達成するシステムを作り上げようとしていた。

「しかし、今を生きる人々のことも少しは考えたほうがいいんじゃないか?あなたの計画であれば、それも可能なのだから。」
「可能かどうかと、受け付けるかどうかは話が別よ。人間という生き物は、どういうわけか自分の定めに抗って生きようとする生物なのだから。幸せになれない、不幸になると分かっていながら、その道を選ぼうとする愚かな存在よ。」

既に人間の遺伝子情報に解明されてない領域はほとんど残っておらず、現在の遺伝子工学においての研究は実行へ移せる技術、あるいは倫理観だけが障壁となりつつあるのだった。

「知れば誰もがなりたがるような存在。生まれた時から将来の不安はなく、約束された幸福を享受出来る世界。ギル、私たちの計画はそんな世界への礎となるのよ。」
「……そうだな。僕も争いはしたくはない。世界は可能限り、平和であるべきだと思う。」

アウラの現世を捨てたかのような言葉に戸惑いつつも、ギルは彼女を肯定する。その未来を見据えた彼女の瞳に宿るのが希望か、あるい狂気か。彼は一抹の不安を抱きながらも、パートナーとして支えようとしていた。

「それで、今回の報告は?」
「プラントの情勢は相変わらずだ。一応この中に最新の研究データと一緒に入っている。」

そうしてギルから研究成果とプラントの近況が記載されたデータを受け取るアウラ。研究室に籠った彼女は、外部の情報をメンデルとプラントの間を行き来していたギルに依存しているのであった。

「どうせまた黄道同盟が一層幅を利かせるようになっただけでしょ。まぁ……スポンサーであるザラ委員の有力さ増すのはいいことなんだけど……」

社会情勢の変化に辟易した様子を見せ、近況情報を流し読みして、肝心なギルの研究報告へと目を通していく。それらを読み進めて中で、彼女は興味深い資料を発見する。

「んっ?ギル、あなた確か遺伝子工学だけじゃなくて、薬学も専攻しているのよね。」
「ああ、メンデルでも研究をしていたからね。」

ギルに問いながら資料を読み進めるアウラ。そして彼女は彼に対して、一つの要求をする。

「この薬のサンプル……出来れば今度戻ってくるときに分けてくれないかしら?」
「老化防止の……アウラ、まだそんな歳ではないだろ。」
「失礼ね。別にすぐ服用したいわけじゃないわ。ただ、計画に使えるかもって思っただけよ。」
「まぁ……どうしてもというんだったら、わかったよ。」

些か訝しさを感じたものの、特別厳重な管理がされている薬剤ではなかったため、ギルは彼女の求めに応じる。そして、さらに気懸かりであったことを正直に口へと出す。

「オルフェとは顔を合わせているのか?その様子だと、既に2、3日はまともに休んでいないように見えるのだが。」
「オルフェとは……最後に会ったのはいつかしら?確か最新の脳波テスト報告を受けた時だから……」
「はぁ……あまり会っていなさ過ぎると、顔を忘れてしまうかもしれないぞ。」

オルフェたち子供の世話は研究所のスタッフが行っていたので、衣食住や教育などに大きな問題はなかった。そのため、“あの日以来”アウラが積極的に育児へと参加することはほぼないのであった。

「そういうギルはちゃんと会っているの?」
「ここへ来る前に会ってきた。元気そうで安心したよ。他の子とも仲良くやれているみたいだしな。」
「そう……私も、たまには顔を見せてあげようかしらね。」

メンデルへと帰ってくるたびに薄れていくアウラの人間らしさ。ギルは自らが不在の間、彼女がどのような暮らし方をしているのか、彼はあまり考えないようにしていた。

「そんなことより、ねぇギル。これを見て。AIを用いた遺伝子の調査、改良のシステム案。やっと完成したのよ。」
「そんなことよりって……ん?おお……このシステムならコストも抑えられそうだし、市や町といった区画単位で試験的運用も出来そうだな。」
「でしょ!?あとはこのシステムをより大規模なものにして、いずれは世界中全ての人が必ず幸せになれるようにするだけよ。」
「まだ卵を温めている最中だろう。それでアウラ、この計画の名前は決まっているのか?」

そう問われたアウラは顎に手を当てて、しばしのあいだ思索する。そして、いつになく明るい表情でギルへと言葉を返す。

「うーん……思い付かないから、ギルが決めてくれる?」
「なっ……!そんないい加減で本当にいいのか!?」
「いい加減じゃないわよ!あなたが付けた名前なら私も納得するんだから。」

突然の要請にギルは声を荒げて困惑する。しかし、何かしら提案をしなければアウラは納得しなかった。致し方なく彼は自らのネーミングセンスを振り絞り、一つの名称を口にする。

「それじゃあ……アコード・プロジェクト、とか?」
「アコード?調和?」
「全てが整った世界、調和(accord)された世界で人々が安寧を手にする。アウラが目標とする世界に一致する名前だと思うのだが。」
「そう……アコード、うーん……そうねぇ。」

ギルからの提案を聞き、再び思索をするアウラ。そして、彼女は思い立ったかのように返答を出す。

「ダメね、却下よ。なんかイマイチぱっとしないわ。ギル、もっとネーミングセンスを磨いておきなさい。」
「なぁっ……!ひ、人に任せておきながら……よくもそこまでこき下ろせるな……!」

ギルとアウラの声が聞こえる、2人きりの研究室。希望と狂気で満ち溢れていたアウラも、彼と話をする時だけは人並みの感情を取り戻すことが出来ていた。彼女は心を閉ざしながらも、僅かに訪れる一時の安寧を無意識のうちに享受しているのであった。

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