彼女たちのコズミック・イラ Phase2:ドクター・クライン

本作第3の主人公、あるいはヒロインともいえるクライン博士に関する話となります。オリジナルキャラではないのですが、設定はほとんどオリジナルです。存在自体が考察ともいえる人物かもしれません。

特におねショタを書くつもりはなかったのですが、年齢差が年齢差でしたので、物書きとしては自ずとそういった展開になってしまったというもの。暫定主人公であるギル少年のイメージを壊しつつあるのは気のせいじゃないと思う。

次回からはいよいよ『計画』が動き始めます。


「アウラ、この本の引用元となった書籍って置いてある?」
「ん?あぁ……これか。確か大学時代に読んだやつだから、どこかに仕舞ってあるとは思うんだけど……」

アウラがギルと出会ってから1年以上の月日が流れていた。研究所へ頻繁に足を運ぶようになったギルは、アウラのもとで多くの学術、知識を学び、目を見張るような成長をしていた。

「どうしたの?何か探し物?」
「ああ……ギルがまた読みたい本があるそうなんだ。私は手が離せないから、探すのを手伝ってもらえる?」
「ええ、いいわ。すぐに見つかるはずよ。書籍の整理はアウラじゃなくて私がやっているから。」
「あぐぅっ……よ、よろしくお願いするわ。」

ドクター・クライン。医師免許を取得しており、アウラの研究施設では医者として勤務をしていた女性。しかし実際はアウラとは大学時代の先輩後輩という間柄であり、医療知識の豊富なスタッフも所内には多く在籍していたため、実質的にはアウラの身の回りを世話する助手のような存在なのであった。

「えーっと、薬学、薬剤の……本は、多分この辺りかしらね。」

ギルと共に書籍を保管した部屋で目当て本を探すクライン博士。そして、2人で探しているとギルが先にそれらしき本を見つけ出すのであった。

「あっ!あの本かも。」
「ああ、そうね。あれっぽいわね。ちょっと待ってて、すぐに取ってあげるから。」

ギルが成長期真っ只中とはいえ、未だ身長はアウラやクライン博士のほうが高かった。彼の手が届きそうにない場所に収納された本を博士が取り出し、ギルへと手渡すのであった。

「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとう。」

僅かに身体を屈めて、ギルと目線を合わせようするクライン博士。そうした年上を感じさせる振る舞いに、彼は変な意識をしてしまうのであった。

「あのっ、博士……!」
「ん?どうしたの?まだ欲しい本があったりした?」

唐突にギルから呼ばれて、不思議そうに彼を見つめる博士。そしてギルは、意を決した様子で博士へと問う。

「博士って……その、本当に結婚しているんですか!?」
「えぇぇっ!!!えぇっと……それは、まぁ……」

ギルは大体のことを知っていた。クライン博士が既婚者であること、クラインという姓が結婚相手の男性のものであることも。アウラや博士の会話を聞いている中で、彼は多くのことを知っていたのであった。

「ええ、本当よ。私の夫はシーゲル・クライン。黄道同盟の創設者の一人といえば、ギルにも分かってもらえるかしら?」

プラントの世事には疎かったギルであっても、黄道同盟やシーゲル名前程度は聞いたことがある存在であった。しかしそれ以上に、クライン博士が既婚者であったという事実に彼は心を複雑にしていた。

「ごめんなさい。別に隠していたわけじゃないの。ただ、あなたにははっきりと言う機会も、言う必要もないと思っていただけだから……」
「そ、そうだったんですか……」

学生時代から現在に至るまで、数多くの男たちから憧れの存在とされてきていたクライン博士。才色兼備、さらには歌唱力にも定評があり、いずれはプラントを代表する歌姫になるのではないかと噂もされていた。

しかし彼女がそのような道を選ぶことはなく、学生時代の先輩であったアウラの研究所に職員として働くようになったのであった。

そして彼女はまた、ギルが自らに向けていた恋慕の眼差しにも気付いていた。そうした彼に対して、博士は再び身体を屈ませ、膝を曲げてしゃがみ込んで語りかける。

「落ち込んだりしたらダメよ。あなたにはまだこれから、きっと素敵な出会いが待っているはずよ。私なんかよりもずーっと、素敵な出会いがね。」
「そういうもの……なんですか?」
「きっとそうよ。だって、未来なんて誰にも分からないでしょ。もし今ここで、ギルが私を心に決めた人だって思っていても、後から運命を感じる人だって出てくるかもしれないのよ。」

ギルに対して、自分の将来を簡単に決めないでほしいと諭すクライン博士。多くの男に求められていた彼女らしい対応である反面、未だ幼さが残るギルを守りたいという親心も言葉には込められていた。

「ほら、早く戻らないとアウラが心配しちゃうでしょ。色恋沙汰に現を抜かしていると、彼女にこっぴどく叱られちゃうわよ。」

そうしてギルに語り掛ける博士の顔は、いつも通りの明るいものであった。ギルは小さく頷きながら、彼女と共に書籍の保管部屋を後にする。そして、自らの問いと気持ちを受け止めてもなお、今まで通りに接してくれる博士に彼は安堵しているのであった。

ギルが帰った後の研究室。疲労困憊な様子のアウラと、その傍で資料のチェックをするクライン博士は言葉を交わす。

「はぁ……やっっっっとここまで漕ぎ着けることが出来たわぁ。」
「お疲れさまアウラ。データにも資料にも不備はないわ。」

アウラの研究は一つの大きな区切りを迎えようとしていた。黄道同盟の創設者、パトリック・ザラからの研究依頼。第2世代コーディネイター以降の急激な出生率の低下を解決するという難題に、一つの方策が完成しようとしていた。

「施設の稼働も順調だし、参加者たちのメディカルチェックもほぼ終わり……あら?ねぇ、この欄に参加者の名前が書かれていないのだけど。」
「えっ……?ああ、それね。そこはあえて空欄にしておいたの。私と一緒に参加してくれる、パートナーの名前を書き入れるために。」
「パートナーって……」

訝しそうな顔でアウラのほうへと顔を向けるクライン博士。そしてアウラもまた、机に突っ伏していた身体を起こして向き合う。

「博士、今まで付き合ってきてくれて本当に感謝しているわ。だから、もう少しだけ……私に付き合ってくれないかしら。」
「アウラ……あなた。」

2人きりの研究室に緊張の空気が駆け巡る。しかし、博士はアウラの気持ちを理解していた。10年来の付き合いとなった彼女たちの関係は、僅かに形を変えようとしていた。

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