彼女たちのコズミック・イラ Phase07:親心

無印SEED本編でも言及されたあの事件の直後となります。何がやばいかって、件の襲撃があった後もメンデルでは研究活動が続いていたことなんですよ。

というわけで本作はスーパーコーディネイター誕生後、そしてさらにブルーコスモスに襲撃を受けたメンデルの光景を書いていきます。

次回は今話から約3年後。C.E.58へと話が移ります。


ユーレン・ヒビキ博士が世界に研究成果を発表して少しの月日が流れた頃、その事件は発生した。

コロニー・メンデル内にブルーコスモスを名乗る集団が侵入。ヒビキ夫妻の研究所を中心に多数の施設が襲撃を受け、多くの死傷者、行方不明者が出る事態となっていた。

「とにかく、あなたたちが無事でよかったわ。」
「アウラも無事でよかったわ。ギルも難を逃れたみたいだし。」

幸いにもアウラの研究所に大きな被害はなく、彼女自身もクライン博士の無事に安堵していた。

「アウラ!博士!」

遅れてギルも研究室へと駆け付けてくる。そうした彼を見た彼女たちは、より深く安堵の表情を浮かべるのであった。

「はぁぁぁ……あなたも無事で安心したわ。」
「ギル、あなたのご両親は無事だったのかしら?」
「うん……一応、なんとか。でも、研究していた施設はヒビキ博士の研究にも関わっていたから、結構大きな被害を受けてしまって……」

人的な被害も少なからず出たと話すギル。その惨状を聞いたアウラは、苦い顔となって口を開く。

「やっぱり……ユーレンはやり過ぎたのよ。あんな誇るように、世界へ見せつけるように研究成果を出してしまえば、必ず敵が出来てしまうことは分かっていたはずなのに……!」

自らの欲望のままに研究を進めたヒビキ博士に対し、アウラは少なからず憎悪を募らせていた。しかし、そうしてアウラたちにも類が及ぶこととなった元凶の人間たちは、その多くが命を落としたか行方知れずになっているのであった。

「でも、どうしてあれほどの襲撃が容易く出来たの?確かにここは軍が管轄や常駐する場所ではないけど、決して警備が手薄な場所でもないはずなのに……!」
「このメンデルには、私たちのようなプラントの関係者だけじゃなくて、地球連合の国家からの支援を受けた施設も少なくないわ。」

地球上の国家、そこには襲撃を実行したブルーコスモスも大きな影響力を与えていた。そうした経緯もあり、多様な勢力の機関が置かれたメンデル内部にもまた、ブルーコスモスの活動を支援する組織が存在しているのであった。

「それにここは、プラントはおろか連合の警察権や法律も及ばない、いわば治外法権ともいえる場所。あの国際法破りで有名な大西洋連邦よりも、国際法を意に介さない連中がいても不思議じゃないわ。」
「法律って……そんなに大切なものなんだ。」
「そうよギル。本来人間が持つ倫理の枷が外れた時、それを抑え込む最後の手段は法という名の文字列。でも、法という概念ほど曖昧で使いやすいものもないわ。」

為政者たちが自らの正当性を主張するのも、戦争を押し進めるのも、全ては法という概念を都合よく利用することが出来るからであった。そしてその法の多くもまた、為政者たちによって作られ、都合よく書き換えられるものなのであった。

「そんなことよりも、今は早くここの安全を確保しないと。アウラの言った通りなら、いつまたこんなことが起こるか分からないんでしょ?」
「そうね……今回はユーレンの施設が標的にされただけで、私たちが標的にされる可能性も絶対にないとは言えないわ。」

このメンデルにいる誰もが今、その身に命の危機を感じていた。再びブルーコスモスが襲ってくる可能性、あるいは内部にいる友好的ではない組織の暗躍。恐怖と疑心が人々の心に巣食っているのであった。

「ギル、あなたの両親はどうするつもり?」
「施設がめちゃくちゃになったから、一度プラントに戻るって。」
「そう……だったら、あなたも一緒についていきなさい。」
「えっ……!?」

アウラの言葉にギルは驚きを隠せなかった。彼女が自らと離れることを、平気で切り出したことに些かショックを受けてもいた。

「だったら、アウラやオルフェも一緒に……」
「私はこの施設の責任者よ。当分の間はオルフェとこれから人工子宮から生まれてくる子たちのために残らないと。」
「それなら、僕もアウラとオルフェと……!」
「親の傍にいてあげなさい。あなた一人がメンデルに残って、ご両親が安心していられると思う?それに、もう昔みたいにそんな冷えた関係でもないんでしょ?」

アウラやクライン博士と交流を重ねたことで、ギルは実の両親との関係も多少は改善していた。それ故にアウラは、彼は自らではなく実の両親の傍へ置こうとしているのであった。

そうしてアウラに諭されたギルは、小さく頷いて彼女の提案を受け入れた。そしてまた、アウラはクライン博士に向き直って、真剣な面持ちで言葉を口にする。

「クライン博士、あなたも一度プラントに……」
「ええ。そうしたほうがよさそうね。ただ……」

いつになく真剣な表情のアウラを前に、博士は目を泳がせてしまう。それはもちろん、自身ではなく自らが産んだ娘のことで悩んでいるからであった。

「……ラクスも一緒でいいわよ。あなたの大切な娘なんだから。他の育児スタッフについても、子供と一緒にプラントへ戻ってもらう予定だから。」
「アウラ……!」

アウラの中には少なからず葛藤が存在していた。長い付き合いとなった親友との一時的な離別。彼女は内心穏やかではなかったものの、博士を信じて彼女自身の娘を託そうする。

そして何よりも、博士と娘のラクスを引き離すことで、彼女の悲しませることが本意ではなかった。だからこそ、自らの名を呼んで晴れやかな笑みを見せてくれたクライン博士に安心をするのであった。

「それから博士、これをあなたに預けておくわ。」

そう言うとアウラは、自らの研究デスクに保管されていたケースを取り出し、その中身を博士とギルに見せる。

「これは……指輪?」
「本来であれば、2人がもう少し大きくなってから渡したかったのだけど、今のうちに渡しておいた方がいいと思ってね。」

ケースの中に仕舞われていたのは、金と銀の対となった2つの指輪。その一方である銀の指輪を取り出し、アウラはそれをクライン博士へと差し出す。

「これを、オルフェとラクスに?」

ギルはアウラと博士の顔を交互に見ながらそう声を上げる。一方の博士はその銀の指輪に手を伸ばしつつも、アウラに対して口を開く。

「アウラと私のもの、ってわけじゃないのよね」
「なぁっ……ち、違うわよっ!これはギルの言う通り子供たちのためのものよっ!ヘンな冗談を言わないでちょうだいっ!」

向きになって怒るアウラを前に、苦笑いを浮かべる博士とギル。状況は切迫していたものの、3人はいつもの関係を思い出すように一時でも和むことが出来ていた。

「分かったわ。いずれ私がラクスにちゃんと渡すから。あなたやオルフェ……多くのものを背負っていく運命と共に。」
「ありがとう博士。これでもう、気懸かりなことは何もないわ。」

いつか再会することを信じて。クライン博士はアウラの手に握り、その掌に置かれた銀の指輪を受け取る。そして、共にこの世界で生き長らえることを誓い合うのであった。

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