彼女たちのコズミック・イラ Phase13:不完全な技術

後の歴史を考えると割とガバガバな展開です。老化防止や若返りといった薬を作った人間を、世界が放っておくのか?という意味合いで。

種死で議長があの2人へ提供していた薬を思い起こせば、これくらいのことはしていたんじゃないかなぁ……という話です。

次回はいよいよアウラとギル少年の関係性に変化が生じます。


ギルに貰い受けた薬を改良し、身体を幼体化させて生き長らえることに成功したアウラ。過労、心労による身体の負荷は、幼体化に伴う体細胞の退化によって改善されているのであった。

「本当に……一度死んだような気分だわ。」

小さくなった身体には不釣り合いな研究デスク座り、生を実感する言葉を口にするアウラ。その傍らでは呆れ顔をなったギルが座っており、戸惑いを隠さないまま声を上げる。

「部屋に入った時は何事かと思ったぞ。床一面が血だらけで、その先を見れば身体が縮んだアウラが倒れていたのだから。」
「驚かせてごめんなさい。まぁ、死にかけていたのは本当だし、服用は一か八かって側面も大いにあったわ。確実性を捨て置くなんて……研究者失格ね。」

アウラが嫌う不確実性という要素。寸分の狂いもなく人々を幸福に導く計画を作り上げている彼女にとって、自らの命が掛かっていたとはいえ、賭けに出てしまったことは屈辱以外の何物でもなかった。

「服のサイズは大丈夫か?一応、子供たちのものの中で合いそうなのを取ってきたのだが。」
「ええ、大丈夫よ。ほとんどピッタリって感じ。ありがとうギル。」

急を要した状況であったため、ギルは研究所で育てられていた子供たちの衣服を拝借して、アウラに渡し着させていた。そうして子供用の衣服を身に纏った彼女は、誰が見ても幼い少女にしか見えなくなっているのであった。

「その姿を他の研究員や子供たちにはどう説明するつもりだ?」
「うーん……そうねぇ。実験の失敗だって言ったら嘘になるし、成功だとも中々言いにくいのよねぇ。」

アウラがこうして生き長らえていた以上、彼女が服用した薬の実験は成功だといえた。しかし、神の領域に足を踏み入れたような実験である故に、ギル以外の誰かにその子細を明かすことには躊躇いが残っていた。

「しかしまさか……僕が渡したあのサンプルから、こんなものまで作っていたとは。」
「そんなに難しいものじゃなかったわ。老化防止の有効性は証明出来ていたのだから、成分を弄って退化、細胞の意図的な自己破壊を促進することも可能だとすぐに判明したわ。」

その結果、アウラは若返り、そして不老という人類の夢ともいえる神の領域へ至っていた。しかし、その元となった老化防止の薬の出処について、彼女はギルに懸念も示すのであった。

「それを言うのならギル、あなたがあの薬の研究をしていることに私も驚いたわ。確かにご両親がヒビキ博士のもとで働いていたあなたなら、知らないなんてことはないのでしょうけど。」
「……すまない。別に隠していたわけじゃないんだ。ただ、どうしても安定した製造と改良が必要になっていてね。」

かつてアウラが秘匿していた事実をギルが知っていたことに、彼女は複雑な心境となっていた。このメンデルにまつわる研究をしている以上、いずれはその事実に触れることが分かっていたとしても。

「クローン技術の研究開発。資金難に陥ったヒビキ博士の機関が、スポンサーを獲得するために手を出した所業ね。ギル、あなたの両親もそのクローン技術の関連施設に勤務していたのよね。」

アウラの言葉に小さく頷き、肯定の意を示したギル。互いに事情を知りつつも、禁忌の所業を知っていた彼女と、その所業に関わっていた彼は意図せぬまま話題を避けていたのであった。

「既にメンデル内部でクローンの研究は行われていないが、僕が籍を置いている研究室では事後経過を追っているんだ。僕の両親はもう携わっていないがね。」

ブルーコスモス襲撃の一件で、ギルの両親は我に返ったかのように遺伝子研究の世界から退いていた。しかし、その子供であったギルは、親の尻拭いではないにしても、遺伝子工学と薬学を専攻して、その研究結果を引き継いでいるのであった。

「事後経過って……あの研究は失敗に終わったと私は聞いたんだけど。」
「ああ。成功したとはいえないな。しかし、生まれてしまった命はまだ存在している。そうさ、今この時も、この世界で。」
「存在しているって……!?」

アウラは言葉を失っていた。彼女はギルが単に薬学を用いた開発に勤しんでいるのだと考えていた。しかし、実際にはクローン技術の開発研究は全て終わっていないのであった。

「あの時生まれた子供が……まだ生きているなんて。失敗だと聞いていたから、もう生きていないのかと思ったわ。」
「先天的に遺伝子に異常が生じてしまっていてね。スポンサーであった、フラガ氏が満足する結果ではなかったそうだよ。そういった意味で、実験は失敗に終わったということさ。」

そうして生き残った命の責任を誰が取れるというのか。アウラはギルに問いはしなかったものの、彼がその責任の一端を背負っていることだけは理解したのであった。

「それにしても……若返りと不老の薬を作り上げるとは。アウラ、いっそのこと学会にでも発表してしまえばいいんじゃないか?」
「それはやめておきましょう。結果はどうあれ、これは基を質せばクローン研究に繋がる技術の応用よ。私たちが直接関わっていないにしても、誇って世に出せるような代物じゃない。」
「しかし、いずれあなたの姿を見た人間は、その技術の存在に嫌でも気付くはずだ。そうなる時まで隠しておくほうが、余程世間の反感を受けることになるのではないか?」

ギルの言い分にアウラも納得はしていた。しかし、倫理や法という問題以上に、彼女は自らがこの薬に手を出した経緯に後ろめたさを感じていた。さらに最終的には切羽詰まった上で博打的に服用を試みたという、研究者としての屈辱も枷になっているのであった。

「私の服用したものは、私自身の遺伝子に合わせて調合した一点物よ。動物試験でマウスやサルに投与した時も同じ。臨床試験については……私が唯一の被験者ってことになるわね。」
「それじゃあ、クローン体に合わせた遺伝子調整と調合をすれば……!」
「元となった老化防止の薬を飲んでいなければ、効果の出るものを作ることも出来るかもしれない。そう、寿命を無理矢理伸ばしていない身体なら……ね。」
「そうか……そう上手くいく話ではない……か。」

何より、いくら個人単位で調整を試みたとしても、作られるものが劇薬であることに変わりはなかった。アウラはギルに明確には伝えなかったものの、動物試験の段階で彼女が費やした命は両手の指でも数えきれないのであった。

「酷い拒否反応を起こした例だっていくつもあった。特に元の薬を服用した後にこれを飲んだサンプルは……あまり思い出したくないわ。」
「うぅぅっ……もうあまり、聞かないほうがいいか。」

アウラは言葉を濁す程度には、凄惨な光景が広がったのだとギルは察した。あるいはギルがこの場に足を踏み入れた時、彼女がそうした変わり果てた姿と化していたかもしれない可能性に、彼はそれ以上何も言うことが出来なくなっていた。

「そして何よりも、成功例といえる私だって、飲んだ時に発生した副作用は……」

自らの死を覚悟したアウラでさえ、服用時の苦痛はこの世のものではないと感じるほどであった。だが、そうした死や痛みといった概念を想起する最中、彼女はある言葉を思い出す。

「そうね……死ぬほど痛いってことは、生きているって実感出来るってことでもあるかしらね。」
「……アウラ?」

何かを思い出して寂しげな表情浮かべる、幼い姿のアウラ。ギルがその様子を目の当たりにしていると、彼女はすぐに前向きな顔をなって返事をする。

「いいわよ。この薬、発表することにしましょう。被験者と成功例は私自身ね。もちろん、元となった研究については秘匿したままでね。」
「いいのか?まぁ、そうしてくれたほうが僕としても助かるのだけど。」
「ただし、条件があるわ。この薬の研究開発は私一人のものじゃない。ギル、あなたにも名前を出してもらうわ。」

アウラの条件と提案にギルは僅かに驚いた表情を見せる。確かに彼はベースとなった薬のサンプルを提供した身ではあったものの、開発という点では一切関わっていないのであった。

「本当にいいのか?僕は開発と改良はおろか、本格的な実験にも立ち会ってはいないのだけど。」
「いいのよ別に。それに……私が名前を売る必要はないけど、ギルの名前は少しでも世の中に知られておいたほうがいいでしょ。」

研究者としての名声。アウラにとっては不要であった一方、ギルにとっては今後必ず求められるであると彼女は考えていた。それを踏まえて彼女は、自らが被検体となった研究の成果を公表することにした。

「これであなたの名前にも箔が付いて、多くの人間が注目を集めることとなる。きっとそれが、これからあなたの武器となるはずよ。」
「分かった。アウラがそう言うのであれば、必ずものにしてみせよう。」
「ふふっ、それじゃあ……これからもよろしくねギル。いいえ、デュランダル博士。」

そう言いながらギルは、幼い姿のアウラが差し出してきた手を握り締める。一人の助手や弟子ではなく、対等な研究者として、彼女は彼が大成することを心から願うのであった。

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